今朝読んだのは, 旧約聖書のネヘミヤ記の第9章と第10章ですが, そこに書かれていたのは, 前回も触れたように, 申命記第26章に出てくる "原信仰告白"の解釈と思われる箇所と,そのあとに続く, 信仰者が信仰告白から逸脱するときの諸相についての言葉・・・.
8:00まで, 聖書のことばを読みながら. 8:00-9:00まで, 信仰者が, 最初に受け入れ信じていた信仰告白からどのように逸脱していくのか・・・, いろいろ考えさせられていました.
中学1年生のとき,父から詩篇付新約聖書を譲り受け, 毎日新約聖書を読むようになり, 高校生になったとき, 口語訳聖書と英訳聖書 (RSV) の対訳聖書を読むようになり, 旧約聖書を通読しました.そして, 高校2年生の3学期, 高校のすぐ近くにあった竜王山の麓の Sweden Covenant Mission の宣教師の日本屋敷の教会に通うようになり,日本的基督教を生きることの大切さを教わりました. そして高校3年生の2学期, 12月5日洗礼を受けました.そのとき,求道者会 (私と先輩の高校生2人)で, 日本基督教団信仰告白と生活綱領を暗記させられ, ほかのひとから質問されたときこのように答えなさいといって, ハイデルベルク信仰問答を精読することを求められました.
そして, 神学校での4年間の学びと32年間の牧師の職務を果たしたあと65歳で日本基督教団隠退牧師になり, 東日本大震災と原発事故による放射能汚染にさらされた, 妻のふるさと郡山市湖南町赤津村に帰郷帰農して現在78歳・・・. それまでずっと, 日本基督教団巣鴨ときわ教会の藤原位憲先生から洗礼を受けた妻と一緒に, 日本基督教団信仰告白を私たちの信仰告白として生きてきました. 日本基督教団信仰告白から逸脱することなく・・・.
今朝, 私のあたまのなかを流れていたのは,
歌えど尽きせぬ主のほまれ みさかえハレルヤ
もろとも声上げほめまつれ みさかえハレルヤ
神の子供よ 叫べよ歌え 輝く道に我らは進み
あまつみとのにまもなくいらなん
みさかえハレルヤ!
・神の御言葉に仕えると共に農を生きる人々: レビひと
・神の御言葉に仕えるが農に携わっていない人々: 祭司・門番・聖歌隊
バビロン捕囚から解放された人々は, 荒れ果てたエルサレムの城壁を修復し, 都市国家としての体裁をととのえ,その中にエルサレム神殿を再建していきます. 遠くから巡礼してきた人々が, エルサレムの大門を入るとき,そこにはエルサレムを守る門番がいて, エルサレム神殿から神を讃える讃美歌が聞こえてくる, そして祭司によって祭儀が執行されている・・・. それは決してあたりまえのことではなく, それ自体が主なる神さまの大いなる恵みである・・・.イスラエルは,門番を目で見見て, 聖歌隊の讃美の歌声と楽器演奏を耳で聞いて, 主なる神さまを信じる信仰にともなう喜びをあじわったのではないかと思わされます. 祭司・門番・聖歌隊はそのために選ばれたもので, 農に携わることはない・・・.
しかし, レビひとは, 全員, 与えられた土地で農に従事していた・・・. レビひとは, ほかの農民と同じく, 収穫した農産物をもって神殿に捧げなければならなかった・・・. 私は,"祭司" の末裔ではなく, "レビひと" の末裔として, 生きて来たのかも知れません.



















