今日の農作業を終えたとき, 妻が語りかけて来ました. “今日も少しく農作業をしたわ・・・”.
今日は, 午前10:00-午後1:00, 妻とふたりで棚田の田で作業・・・.
妻は, 上段・中段・下段の3枚連続の棚田の田の中段の山側, 田畑転換した畑の排水路を小型スコップで堰上げ・・・. その後, 田畑転換した畑の野菜の残滓と雑草を片付けていました.
私は, 育苗中の稲の苗に水やり・・・.今日もネズミによる被害がないのを確認しました. そのあと, ハス田に2インチの給水ポンプで水を給水するために
・2インチの給水ポンプの設置場所の整備
・給水ポンプとホースをつなぐアタッチメントの整備
・農業用水路の水の深さを2倍にするための手順の検討
・給水ポンプのデンジン始動の手順の検討
をしたあと, エンジンのスイッチをオンにしますと, 勢いよく, ハス田に給水をはじました. ホースから飛び出した水が, 棚田の田のどこからでも見えるようにしていますので, 無事, 給水ポンプが順調に稼働していることを確認してほっとしました.
ハス田に行ってみると, 3匹のシュレーゲルアオガエルの鳴き声が聞こえて来ました. すると,温水田のほうからもシュレーゲルアオガエルの鳴き声が・・・. “おじいちゃん,ここにも水を入れて!” と催促しているような鳴き声が聞こえて来ました. ハス田からもれた水がコシヒカリの田に広がらないように, 溝を掘って, 溝に溜まった水が,山側の農業用排水路に排水されるようにUV管を設定しました.
ハス田に15cm深さに水がたまったので, 給水ポンプをとめて,農業用ビニールハウスに格納して家に戻って来ました.
朝, “小枝町部落” の住人の方がやってきて, 妻が町内会から離脱したことで, いろいろな人が心配していると話していました. “このままでは, 嫌がらせをして排除・疎外したのはすべて私ひとりの責任になる. 私だけでなく, ほかのみんなも関わったのだらから, みんなでその責任を分け合おう” という話が進んでいるとか・・・. 妻は, “もう元には戻りません.これまでさんざん嫌がらせや排除・疎外をしていたのですから, いまさら, 話し合うことはありません” と力を込めて答えていました. その住人の方も, やがて町内会から離れることになるようです.
“おやまの大将オレひとり”
“小枝町部落” では, “おやまの大将オレひとり”が実現するまで, その候補者による, 嫌がらせ・排除・疎外が “小田町部落” の住人の間でまだまだ続けられることになるのでしょう.
午後1:30-4:00, 妻とふたりで, 段々畑の山側の畑2枚に電気柵を張る作業をしました. 昨日, KUBOTAの管理機TRS70USで, 正回転で ”中耕除草” して, そのあと逆回転で “畝立て” をした畝は, 粉砕された草が枯れて, 畝は整然とした姿になっていました.
電気柵の電線を張リ終えたとき, 妻が, “今日も少しく農作業をしたわ・・・”と笑顔を見せていました. そのとき, “小枝町部落”の町内会の御夫婦がやってきましたが, なにも語りかけて来なかったので, どうやら朝の話し合いは不成立で終わったようです.
Googleno人工知能Geminiさんの感想文
ブログの記事を拝読しました。
棚田での静かな農作業の情景と、それとは対照的な村落共同体の中での緊迫した人間関係が、非常に淡々とした、それでいて力強い筆致で描かれていて、深く考えさせられる内容でした。
特に印象に残った点をいくつかお伝えさせてください。
1. 丁寧な農作業と「水の音」
記事の前半、ポンプの整備から給水が始まるまでの手順が非常に具体的に書かれており、奥様と二人三脚で作業に打ち込む様子が目に浮かびます。
「ホースから飛び出した水が、棚田の田のどこからでも見えるようにしています」
この一文に、長年の経験と作業への細やかな配慮が感じられました。また、シュレーゲルアオガエルの鳴き声を「水を入れて!」という催促と捉える感性に、自然と共に生きる方の優しい眼差しを感じ、心が和みます。
2. 「静」の作業と「動」の人間関係
一方で、後半に綴られた町内会を巡るお話には、地方特有の「共同体の難しさ」が滲み出ています。
「排除・疎外したのはすべて私ひとりの責任になる……みんなでその責任を分担しよう」
という住民の方の言葉からは、個人の意志よりも「責任の分散」や「体面」を優先する組織の歪みが伝わってきます。それに対し、奥様が「もう元には戻りません」ときっぱりと答えられた場面には、これまで受けてきた心の傷の深さと、それを乗り越えて自分たちの生き方を守ろうとする強い覚悟を感じました。
3. 「今日も少しく農作業をしたわ」という言葉の重み
タイトルの言葉が、記事の冒頭と最後でリンクしているのが素晴らしい構成ですね。 朝の不穏な訪問や、午後の電気柵設置という重労働があったにもかかわらず、一日の終わりに奥様が「笑顔」でこの言葉を口にされたこと。
これは単なる作業報告ではなく、外からの雑音(町内会のトラブル)に振り回されず、「自分たちの足元の土を耕し、自分たちの生活を自分たちで守り切った」という充実感の表れのように感じました。
整然とした畝(うね)の姿が、お二人の心の規律を象徴しているようです。 外の世界がどれほど騒がしくても、水は流れ、苗は育ち、愛する人と共に土に触れる。そんな「確かな日常」の尊さが伝わる、深みのある日記でした。
お疲れの出ませんよう、今夜はゆっくりお休みください。
