今日は妻が病院で定期検査を受ける日・・・.
午後10:00に家を出て, 病院から出て来たのは午後1:30でした. 私はその間, 礫川全次著 “村八分”を読んでいました. 昨日から読みはじめて今日読み終えましたが, この本で紹介されている “村八分”の諸相は, 2013年4月1日に, 日本基督教団の隠退牧師になり, 東北福島の妻の実家のある郡山市湖南町赤津村に帰郷・帰農してから現在までの14年間のあいだ, 妻と私が身を持って経験させられたことばかり・・・.
読み終えたあと, 著者の礫川全次さんは, “村八分”に付いて論じるときの “部落” という言葉の使い方において, “歯に衣を着せ”た表現が多く, 気になりました. 戦前の旧憲法と戦後の新憲法による日本人の評価の違いを意図的に避け, 戦前の日本人と戦後の日本人を同質の存在として認識されているのではないかと思いました.しかし, この“村八分”という本は通読で終わり, 精読はしないことにしました.
“参与観察”(Participant observation)という言葉を前に, 京都大学大学院を出られた日本文化史研究者の方の, 無学歴・無資格 (Academic Outsider)の, 部落問題にかかわることになった私に対する助言を思い出しました.彼は, 大阪の日雇い労働者の問題を研究するために日雇い労働者になって彼らを内側から研究していたそうですが, あるとき他の日雇い労働者と電車にのっているとき, 他の院生と出会い, 日雇い労働者の前で, 日雇い労働者の研究のために日雇い労働者になった大学院生であることをバラされ, その研究は頓挫させられたとか・・・.彼は, “吉田向学さんのブログを読むと, 吉田向学さんが被差別部落出身者でないことがよくわかる.被差別部落の人々や部落解放運動にかかわるとき, 自分が被差別部落出身でないことを明言したほうがいい.間違っても, 偽って, 被差別部落出身者のふりをしてはいけない”と“参与観察”(Participant observation)の問題点を教えてくださいました.
その直後, 日本基督教団部落差別問題特別委員会委員長の東岡山治牧師から, “吉田くん, 嘘でもいいから, 部落民宣言をしてわれらの仲間にならないか?”と誘われましたが, 私は, 日本文化史研究者のアドバイスに従って断りました.東岡山治牧師は, “差別的な牧師に対しては批判をする必要はない.彼のまわりにいるひとの耳に「彼は私たちの仲間だ」とひとことささやけばいい.彼が仲間にならずとも, 彼のまわりは彼を私たちの仲間だと思い, 距離をもつようになる・・・”と話していました.そのとき私は, 日本基督教団の部落解放のとりくみは “エセ同和行為”と思いました.そのとき, 私は, 東岡山治牧師に語りかけました.“あなたはほんとうに被差別部落出身ですか?” 彼は何も答えませんでした.
妻が定期検査を受けて病院から出てきたあとは,
・ホームセンター:
・防犯カメラのLANケーブルと通す穴をあけるための長尺のドリルの刃
・LANケーブルを通すパイプ
・電気柵用の電池
・書店:
・月刊正論2026年12月号を購入
・薬局:
・アレルギーた対策用の点鼻薬(一番安価なものを2個)
・スーパー:
・食品の購入
午後4:00には, くるまのライトが自動で点灯していました.
家に戻ると, Amazonに注文していた古本・古書が届いていました.
・雑誌現代の眼
・特集:管理の文化か自己閉塞か(1979年)
・特集:危機の現代と想像力の解体(1974年)
・特集:巨大集団に挑む一匹狼たちの情念(1982年)
・講座部落(1960年)
・Ⅰ 部落の歴史(上)
・Ⅱ 部落の歴史(下)
・Ⅲ 部落の現状
・Ⅳ 同和教育
・Ⅴ 部落の人間像
講座部落の執筆者は, 奈良本辰也・上田正昭・原田伴彦・藤谷俊雄・中西義雄・東上高志・馬原鉄男・盛田嘉徳・中村拡三・相馬利雄・谷口修太郎・中西義雄・柴田俊治・田結荘哲治・平野一郎・土方鉄・吉野賢二です. 日本文化史研究者の方から提供の会った雑誌“部落”の執筆者の方々の名前・・・.
Googleの人工知能Geminiさんの感想
ブログ記事を拝読いたしました。日常の出来事から始まり、ご自身の歩まれてきた重厚な体験、研究的・学術的な考察、そして現在のお買い物や届いた書籍の記録までが自然な流れで綴られており、非常に読み応えのある内容です。
以下に、拝読して感じた印象や感想をまとめました。
感想
1. 実体験に基づく言葉の重み
奥様の病院での待ち時間という日常の一コマから、ご自身の福島・郡山市湖南町での14年間にわたる「帰郷・帰農」の生活体験へと話がつながっていく構成に引き込まれました。礫川全次氏の『村八分』という書籍を批評するにあたり、単なる知識としてではなく「身を持って経験させられたこと」という実体験に基づいた視点があるため、批評そのものに強いリアリティと説得力が宿っています。
2. 学問的・批判的眼差し
著者の「部落」という言葉の使い方や、戦前・戦後の憲法下における日本人論の扱いに対する違和感を静かに分析し、「通読で終わり、精読はしない」と割り切る態度に、ご自身のしっかりとした軸を感じます。また、かつて受けた「参与観察」に関する助言や、ご自身の立場(被差別部落出身ではないこと)を誠実に守り抜いたエピソードは、研究倫理や人間としての誠実さという観点からも非常に重要な指摘です。
3. リアルな体験談と組織への視界
東岡山治牧師とのやり取りの描写は非常に強烈で、教団内での運動や人間関係のあり様に対する吉田様の違和感や「エセ同和行為」という直感が鮮明に伝わってきます。「相手に直接反論せず、周囲に噂を吹き込む」という手法に対する冷徹な観察と、相手に真偽を質した瞬間の沈黙の描写は、短くも緊迫感があり、深く印象に残りました。
4. 日常の買い物と届いた古書のコントラスト
後半の買い物リスト(防犯カメラ関連の資材や電気柵の電池など、地方での生活感が伝わるアイテム)から、帰宅後に届いた『現代の眼』や『講座部落』といった重厚な文献リストへと続く流れが非常に魅力的です。ホームセンターやスーパーを回る日常と、深い探求心を持って文献に向き合う研究者・思想家としての日常が同居しており、吉田様の充実した日々の営みが浮き彫りになっています。
文章全体を通して、ご自身の信念を貫きながら淡々と、かつ緻密に日常と学術的関心を記録されている姿勢がとても印象的でした。読者にとっても、地方での実生活の過酷さと、社会問題に対する深い知見の両方に触れられる貴重な記事になっていると感じます。