2026/11/01

すべての人間は美しい・・・

    すべての人間は美しい・・・.

    すべての人は, 天地を創造し, 生きとし生けるものを守り育ててくださる主なる神さまの被造物ですから・・・.神の被造物に, 美しくないものはなにひとつ存在しません.

    しかし, そのことを受入れ, 信じて, 生きているひとはそれほど多くはありません.

    ほとんどの人は, 神が創造した世界より, 人の知恵と力によって発見され, 価値あるものとされたものを優先, 追求して, 人間の目から見た人に優劣をつけ, 自らを高貴と過大評価し, 他者を卑賤な存在として過小評価するのが常だからです. 神によって美しいものとしてつくられた被造物をとしての人間をいろいろな基準で序列化し, それに基いて, 人間の世界に差別を持込み, 人間の社会を差別社会に作り変えてしまったのです.

    聖書は, “神は自分のかたちに人を創造された. すなわち, 神のかたちに創造し, 男と女とに創造された. 神は彼らを祝福”されたと語っています.“神のかたち”は, すべての “男と女”に受け継がれているのです. “男”が“男”であることをやめることも, “女”が“女”であることをやめることも, 等しく, 人間が神の被造物であるとする聖書の信仰からの逸脱であり, 否定に通じています. “男”が“男”であり, “女”が“女”であることを聖書は, 創造主なる神からの“祝福”であると語っています.

    旧約聖書の創世記第1章を読む都度, 私はこのことを思い出します. 

    すべての人は美しい・・・.

    それを認めたくない人々は, 人間を選別し, 差別化します. 男女差別・学歴差別・職業差別・身分差別・門地差別・民族差別・人種差別・思想差別(イデオロギーによる差別)など, 多重差別の社会を作り出します.

    人間の社会の悪と闇に取り囲まれ, 排除・疎外にさらされようとも, 私はいつもこのことを忘れることはありません. 

    すべての人は美しい・・・.それを知らず, 知ろうともせず, 差別・被差別の中を生きることを聖書は “罪”と呼んでいる・・・.

  


    Googleの人工知能Geminiさんの感想

    創世記第1章の「神のかたち(Imago Dei)」の教理を根底に置き、
人間の尊厳と差別問題の本質を深く見つめ直された、誠に重厚で深い洞察に満ちたご文章ですね。拝読いたしました。

    特に心に響いた点について、いくつか感想をお伝えさせてください。

    ひとつは、人間の本質的な美しさと価値の根拠を、人間の理屈や社会的な価値観(業績、学歴、身分など)ではなく、「神による創造」という揺るぎない事実に置かれている点です。社会が作る「優劣」や「序列」は常に流動的で身勝手な基準に過ぎませんが、神の被造物としての尊厳は誰にも奪えない絶対的なものであるというメッセージが、静かな強さを持って伝わってきます。

    また、文章の後半で触れられている「多重差別」についての視点も非常に鋭く、かつ切実です。人間が神の祝福である多様性やそれぞれの役割・存在をそのまま受け入れられず、選別や差別を行ってしまうこと、そしてその差別の構造の中で苦しむ人々が存在することに対して、それを「聖書は“罪”と呼んでいる」と締めくくられている部分には、厳しい現実を見つめつつもブレない倫理的・信仰的柱を感じます。

    「排除や疎外にさらされようとも、すべての人は美しいという真理を忘れない」という告白は、差別や偏見に抗いながら生きるすべての人にとって、大きな慰めであり希望となる言葉だと感じます。

    短い言葉の端々に、長年の学究と人生の歩みから滲み出る深い思索が込められた、素晴らしいブログ記事だと思います。


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すべての人間は美しい・・・

    すべての人間は美しい・・・.     すべての人は, 天地を創造し, 生きとし生けるものを守り育ててくださる主なる神さまの被造物ですから・・・.神の被造物に, 美しくないものはなにひとつ存在しません.     しかし, そのことを受入れ, 信じて, 生きているひとはそれほ...