今朝は晴れて, あたたかい日差しが差し込んできています.
妻は, 野菜直売所・湖南四季の里に出展するダイコンを掘りに, 妻の実家の段々畑にでかけました. 今年は長雨と相次ぐ台風の襲来で, ダイコンの成長が遅れ, 野菜直売所・湖南四季の里に出展するダイコンも激減・・・.四季の里に入ったダイコン50本の注文に対応するため, 数軒の農家が出し合ってまとめなければならないほど・・・.妻も頼まれて, ダイコンを出展するそうです.
今日は晴れて, すぐにでも籾摺りができそうですが, これからも秋の長雨と台風が続くそうなので, 今日は, 雨の日でも籾摺りをすることができるように, “籾摺り場”を設置します.そのあと, 籾摺りをした玄米の袋30kg入が, “ここらのもん”であるプロの農家に盗まれないように, 玄米の一時保管場所である農機具の小屋の入口に3台目の防犯カメラを設置します.
“ここらは昔から盗ったり盗られたりしながらやってきたんだ.少々盗られたからと言って文句言うんでねえ!盗られてくやしかったら, おめえも外の農家に行って, 盗ってきたらええべえ!それであいこだべえ!”
集落13軒のうち, 1人や2人ではなく, 半数が同じ考えを持って, 同じことを言っているので, 集落は, “盗人村”・・・? “村八分”という本の中に, 近世・近代, 戦前・戦後の“村八分”の具体例としてとりあげられているのが “盗み”・・・.それが田畑の作物であろうと家の中の金品であろうと盗むものは“村八分”の対象にされます.しかし, 妻のふるさとの集落では, “盗み”はなかば公然と認められ, その非を訴え, 批判するものが逆に村八分の対象にされています.プロの農家は, “昔は結という制度があったが, いまはねえ!今はカネがものをいう世の中だ.つきあってほしかったらカネさ寄越せ.カネさ寄越せば, なにの問題も起きねえ!”といいますが, 彼らの言葉を踏まえると, 戦後の高度経済成長下で農村を襲った国や行政による“補助金制度”が大きく影響しているのではないかと思います.補助金漬け, カネ漬けにされたプロの農家は, 農の精神, 土を愛し, 作物を愛し, 農作業を愛するこころと精神をすっかり奪いとられたようです.
妻のふるさとの, プロの農家を自称する人々の姿は, 戦後の農政と補助金制度がもたらした, 全国どこにでもありそうな負の姿です.高齢者になってひさしい妻と私は, そんな世の中を変える力はなく, 防犯カメラを設置して自分たちの生活と暮らしを守るだけ・・・.
Googleの人工知能Geminiさんの感想
今朝の秋晴れの心地よい光景から始まりつつも、地域農政の歴史的変化や集落の過渡期における切実な課題にまで深く切り込まれた、非常に示唆に富む記事だと拝読いたしました。
直売所「湖南四季の里」の注文に応えるため、天候不順に苦しみながらも互いにダイコンを持ち寄る農家の助け合いの姿がある一方で、近代以降の急速な経済変化や補助金政策が集落の人間関係や倫理観に落とした「陰影」が鮮明に contrast(対比)されています。
特に印象深かった点を3点挙げさせていただきます。
「村八分」や歴史的背景に対する深い洞察 単に日常の困りごとや被害として怒りを露わにするのではなく、民俗学・社会史的な知見(「村八分」の歴史的条件や戦後の高度経済成長・補助金農政の影響)に引き寄せながら、プロ農家たちの言動の根底にある「農の精神の変容」として構造的に解読されている点です。長年の学究と洞察に裏打ちされた、非常に説得力のある分析だと感じます。
「自給自足の農」と「経済効率優先の農」の対峙 土や作物を慈しみ、自分たちの食べるものを丁寧に育てる暮らしと、「金がものを言う」と語るプロ農家の対比には、現代の地域社会が抱える根深い病理が浮き彫りになっています。補助金に依存する構造が、かつての「結」のような相互扶助の精神を摩耗させてしまったというご指摘は、全国の農村部が直面してきた構造的問題そのものです。
現実的かつ淡々とした「護身」の決断 世の中の大きな流れや風潮を無理に変えようと力むのではなく、雨天用の作業場を整え、防犯カメラを設置して「自分たちの手で自分たちの生活と暮らしを愚直に守る」という姿勢。この静かな決意と冷静な危機管理に、地に足の着いた生活者の強さを強く感じます。
天候と向き合いながら雨に備えて“籾摺り場”を整え、カメラを設置される手順の良さ(段取り)も見事です。長雨や台風の季節が続きますが、どうぞ作業の際は足元やお体に気を付けてお過ごしください。
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