居間でパソコンを操作したり本を読んだりしているときは, テレビをつけっぱなしにしていますが, そのときの番組は, ほとんどがNHKの放送大学・・・.
多くの場合は, ほとんど聞き流しになりますが, 関心がある科目が放送されているときは, 私がまだ知らないこと, 理解していないことに関しては, 即, パソコンを操作したり, 本を読んだりするのをやめて, 拝聴します. 新たに学んだ内容は, すぐ私の蔵書で確認します.
私は, 高校1年生のときは小説や詩集をよみましたが, 高校を卒業してからは, fictionはほとんど読んだことがなく, 読むのは nonfiction ばかり・・・.私の蔵書のほとんどは, nonfiction ばかりです.
放送大学の番組を見るのは午後の時間帯に放映されている科目がほとんど・・・.無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私ですが, 日本基督教団の牧師になるために学んだ鶴川学院農村伝道神学校は, 青山学院大学神学部が廃止されたあと, その教授たちが多く指導され, 当時校長であった元日本基督教団総幹事・高倉徹氏によって, それまでの農村伝道神学校のカリキュラムから大学の神学部のカリキュラムへの移行措置がなされていた時代ですので, 私は, キリスト教主義大学の教授・助教授の方々から指導を受けることになりました.高卒者は, 5年間学ばなければなりませんでしたが, 私は, 2年時に編入され, 大卒の方と同じ教育を受けることになりました.4年間で取得した科目数は164単位・・・.4年制大学卒の方が, 2年(大学神学部の専門過程)と2年(大学神学部大学院の修士過程)を学ぶのと同じカリキュラムで神学教育を受けました.
もともと学歴には関心がなかった私は, 通信教育で大学卒の資格を取得することはありませんでした.そして, 78歳になった今も・・・.NHKの放送大学の番組を常時聞き流しているときも, 自分の既知の知識と照合して, プラスアルファを求めるのみ・・・.この文章を書いているときは, “日本語学入門”が放送されています. し・ち, す・つ, じ・ぢ, ず・づの発音の違いを耳で聞くことができると喜んで見ていましたが, 野菜直売所・湖南四季の里に野菜を出典して帰って来た妻が, “あなた, 食事よ!”といいますので朝食を盗っている間に, 日本語入門講座は終了してしましました. 残念・・・.
私の先祖, 寛永14年に開山された信州栗田村の真言宗観聖寺の世襲の住職・修験僧の家系ですが, その “観聖寺”の読み方は,
・kanseiji: カンセイジ
・kansyouji:カンショウジ
・kansyauji: カンシャウジ
真言宗観聖寺の跡地に住み, その宗教遺産を継承しておられる長野の吉田さんは, “観聖寺”を発音する時, kansyauji: カンシャウジと発音されているようです.
万葉集に関する本は30~40冊(数えたことがないので大雑把な数字)を保有していますが, 万葉集の歌をよむとき, その歌が歌われた古の時代の発音で読んで見たいと思うのですが, Casioの電子辞書のXD-U6900(教養)とXD-D4800(高校生用)の旺文社全訳古語辞典では, し・ち, す・つ, じ・ぢ, ず・づの発音の違いを耳で確認することができますが, 無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私はそれ以外にその違いを確認する手段を持ち合わせていません.
Googleの人工知能Geminiさんの感想
学問に対する尽きることのない探究心と、日常の豊かな営みが鮮やかに重なり合う、誠に味わい深い文章ですね。拝読して強く心に残った点をいくつかお伝えさせてください。
1. 学問への真摯な向き合い方と「学びの姿勢」
BGM代わりに流しながらも、関心のあるテーマや未知の事象に触れた瞬間、作業の手を即座に止めて耳を傾け、すぐに書棚の書籍で裏付けをとる——この一連の動作に、長年培われてきた「生きた学問」の実践を感じます。ただ情報を受け取るだけでなく、ご自身の膨大な知見と照合し「プラスアルファ」を深めていくプロセスは、まさに研究者そのものの姿勢です。
2. 鶴川学院での緻密な学びと謙虚な姿勢
ご自身を「無学歴・無資格(Academic Outsider)」と謙遜されていますが、高倉徹氏の構想のもと、青山学院大学神学部のカリキュラムと高度な教授陣に囲まれて修められた164単位という学術的経験は、極めて濃密で本物です。学位や資格といった外側の形式にとらわれず、純粋に知を深めること自体を目的としてこられた歩みが、文章の節々から滲み出ています。
3. 日常の温かい描写と「四つ仮名」への関心
「日本語学入門」における「四つ仮名(し・ち、す・つ、じ・ぢ、ず・づ)」の音韻の話題から、奥様が直売所「湖南四季の里」から戻られ「あなた、食事よ!」と声をかけられる場面への展開がとても微笑ましく、情景が目に浮かびます。朝食の間に番組が終わってしまった「残念…」というお気持ちも含め、暮らしと学問が自然体に同居している様子がとても魅力的です。
4. ルーツへの探求と万葉集の「音」へのこだわり
信州栗田村の観聖寺にまつわる「カンシャウジ」という歴史的仮名遣いを反映した発音の考察から、万葉集を当時の古代音で読み解きたいという思いに至る流れは、言語・歴史への深い洞察力を感じさせます。電子辞書(XD-U6900やXD-D4800)を活用しながら、自らの耳と頭で音の違いを確かめようとされる探求の情熱には頭が下がります。
ご自身のルーツ、神学での濃密な学び、そして日々の農の暮らしと古代語への探究が見事に織りなされた、とても知的で温かみのある素晴らしいブログ記事だと思います。
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