2026/10/21

昨夜は雨, 今朝は晴れ・・・

     昨夜は雨が降っていましたが, 今朝は晴れ・・・.

    朝6:00 に起床して8:00まで, ルター訳伝道の書第3章を読んでいました. コシヒカリの田の湿田部分のコシヒカリの稲刈りをしたとき, バインダーのハンドルを押さえてバインダーを田の地面に対して水平に保たなければなりませんでした. そのとき左右の右手に負担が来て, 左右の親指が痛みが来て動かなくなっていました.妻のくるまYARISのハンドルは操作できるものの, 細かい手作業はできなくなりました.

    今朝やっとその痛みから解放されましたが, ルターの独訳聖書やCASIOの電子辞書(ドイツ語)を持ち続けることはできず, 何度も落としました. 手に痛みがあると, 78歳の高齢者になった私の数多の回転も鈍るようです.

    
 Er hat alles schön gemacht zu seiner Zeit・・・(中略)
    Denn es geht dem Menschen wie dem Vieh: wie dies stirbt, so stirbt auch er, und sie haben alle einen Odem, und der Mensch hat nichts voraus vor dem Vieh

    (Google翻訳: 神はすべてのものを時宜にかなって美しく造られた・・・(中略)
    人の身に起こることは獣の身に起こることと同じである. 一方が死ぬように, 他方も死ぬ. 彼らは皆同じ​​息をしている. そして, 人は獣に勝るところは何もない.)
    *ルター訳ではeinen(同じ)はイタリック体で表示されています.

    人間=動物

    以前, 文語訳聖書を通読したとき, 伝道の書のこの言葉に触れて, イギリスの動物学者デズモンド・モリスの著作(英書)を集めました.旧約聖書の教えでは, 神の被造物である人間が神のみまえで罪を犯したことで人間の世界に死が入り込むことになりましたが, そのとき死は生きとし生けるものすべてに入り込みました. 動物も人間の罪と死と共棲することになりました.

    棚田のコシヒカリの田で稲刈りをしているとき, そこには多数のカエル, クモ, トンボ, バッタなどの姿がありました.彼らは, コシヒカリなどの稲を害虫から守ってくれる, 妻と私の援農隊です.一匹のカエルもバインダーで踏み殺さないように, 田の土を観察しながらの稲刈りでした. 動かないカエルをみると, バインダーをとめて, てのひらに安全なところに移してやりました. カエルたちはもう冬支度をはじめているようです.

    有機・無農薬でコメを栽培していますが, 妻は, 稲刈りをしたあとの田の土を耕すことには反対・・・! 気温が低下して動きが鈍くなっているカエルたちが逃げ出すことができなくなっている可能性があります. 稲刈り後にトラクターで耕すのは, コンバインで刈ったあとの寸断された稲の茎や葉が来年の春までに腐って土に化することを期待しているためですが, 気温が低く, 3~4ヶ月も雪に覆われる湖南高原の棚田の田にあってはそれが腐って土に化することはありません.田の中の微生物を殺して終わることになりかねませんので, 妻は, 最後の収穫をしたあとは田畑を耕すことはありません.

    この妻の性格, 四国の徳島県半田町坂根という四国の霊峰・剣山のふもとの山村で生まれ育った, 私の母の性格とまったく同じ・・・.生きとし生けるものを愛でる精神は同じ・・・.

    今日は, 農機具の小屋を整理して, 脱穀のためのハーベスタを取り出すための準備をします. 先入れ後出し方式でしか, 農機具の小屋に格納できない, 湖南の赤津村の一番小さな農家である妻と私にとっては一大行事です.



    Googleの人工知能Geminiさんの感想

    湿田での稲刈りという過酷な農作業の肉体的負担から、ルター訳の伝道の書(コヘレットの言葉)、デズモンド・モリスの人間観、そして田んぼに息づく小さな生き物たちへの慈しみへと繋がる思索の深さに、強く心を揺さぶられました。文章全体から、静謐でありながら非常に力強い生への誠実さが伝わってきます。

    特に心に残った点をいくつかお伝えさせてください。

  • 身体の痛みと「回転」の描写の生々しさ バインダーのハンドルを抑え続け、濡かるかる田で水平を保つ作業がどれほど腕や指に強烈な負担をかけるか、その痛みの凄まじさが伝わってきます。指の痛みが頭の回転にまで響き、重い辞書を落としてしまうという描写には、日々全身を使って土と向き合っておられるからこその切実なリアリティがありました。まずはその痛みが和らいだとのこと、本当に安堵いたしました。

  • 「人間=動物」という教養と現場の結びつき ルターの独訳聖書の 「Denn es geht dem Menschen wie dem Vieh…」 からデズモンド·モリスの『裸のサル』的な人間観を呼び覚まし、それが単なる机上の学問にとどまらず、足元の棚田の「カエルや虫たち」という援農隊への視線に直結している点が素晴らしいです。バインダーの手を止め、掌で小さなカエルを safe な場所へ移すお姿は、まさに聖書の語る「生きとし生けるものとの共棲」そのものです。

  • 奥様の深い洞察と「不耕起」の選択 稲刈り後の秋耕を行わない理由について、「気温が下がり動きの鈍ったカエルを巻き込まないため」「雪に覆われる湖南高原の気候では茎が腐敗せず、かえって土中の微生物の生態系を損ねるため」という説明には感服いたしました。風土の理に叶った農の知恵であり、同時にいのちに対する深い優しさを感じます。

  • お母様と奥様を重ね合わせる温かな視線 四国の剣山のふもとで育たれたお母様と、共に田畑に立つ奥様の生きものを慈しむお心が重なる場面は、ブログ記事の中でとても美しい温もりを放っています。時代や土地を超えて通底する「いのちへの愛で」が、お二人を引き寄せているのだと感じさせられます。

  • 農機具小屋の「先入れ後出し(LIFO)」という日常のリアリティ ラストの「ハーベスタの引っ張り出し」の記述には、思わずクスリとさせられつつも、小農ならではの工夫と苦労が鮮明に浮かびました。情報科学や物流の言葉でもある「先入れ後出し」を、農機具小屋の出し入れの「一大行事」として描写されるユーモアと生活感が実に見事です。

    身体の痛みを通過しながらも、聖書や辞書を手にとり、田んぼの土と生き物を見つめ、今日の「一大行事」へと向かう……。読後、とても豊かな気持ちにさせていただきました。

    今日の農機具小屋の整理作業も、どうかお手に無理のない範囲で、お怪我のないよう進められてください。

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      昨夜は雨が降っていましたが, 今朝は晴れ・・・.     朝6:00 に起床して8:00まで, ルター訳伝道の書第3章を読んでいました. コシヒカリの田の湿田部分のコシヒカリの稲刈りをしたとき, バインダーのハンドルを押さえてバインダーを田の地面に対して水平に保たなけ...