2026/09/04

今朝6:00に起床してルター訳詩篇第150篇を読む・・・

    今朝6:00に起床してルター訳詩篇第150篇を読みました.

    旧約聖書の詩篇の最後の詩篇の最後の言葉は,

    “Alles, was Odem hat, lobe den HERRN! Halleluja!”
    (Google翻訳: 息あるすべてのものが主を賛美せよ!ハレルヤ!)

    日本基督教団西中国教区の牧師たちから, 無学歴・無資格 (Academic Outsider),どこの馬の骨か分からない不信仰な牧師トラベリングされ排除疎外されてきた私は,この “Alles, was Odem”という言葉を “生きとし生けるすべてのもの”と訳します.

    最近棚田の田に行くと, 温水田の中を真っ白なしらさぎが歩いていますが,温水田にやってくるしらさぎ・カモ, 温水田の水の中に生息するドジョウ・アカアラトカゲ・トウホクサンショウウオ・カエル・クモ・タガメ・ゲンゴロウ・ミズスマシ,その上を飛ぶいろいろなチョウ・トンボ・昆虫・小鳥たち・・・. 妻と私にとっては 主なる神さまによって生かされているものの “同棲同類”の仲間です.

     “Alles, was Odem”の中に, 妻と私だけでなく, 彼らも一つ残らず含まれます.生きとし生けるすべてのものは,神によって生かされ,生かされている間, それぞれの仕方で創造主なる主なる神さまを賛美しているのです.

    今日, 郡山に行った帰り,県道6号線(郡山-湖南線)を見るからに年老いた黒猫が反対車線の側道からわたりはじめました . 私は,20m手前でくるまを止めて, その年老いた黒猫がたどたどしくゆっくり横断して渡り切るのを確かめてその側を通り過ぎました.後続のくるまもそれに気づいたのか, その黒猫が県道を渡り切るのを黙ってみていました. “まだ郡山も捨てたものではないな・・・”と神さまに感謝しました.

    今朝, 岩波文庫の関根正雄訳 “旧約聖書・詩篇”を開いたとき, こんな注が掲載されていました.

    “「すべての息ある者」は旧約の他の多くの箇所からすべての人のことで, 動物を含まない.”

    関根正雄は, 日本の代表的な神学者, 彼の詩篇の注解書は詩篇の優れた注解書として定評があります.その注解書の言葉に抵触するような説教をしますと, 日本基督教団西中国教区の先輩牧師たちからよく批判されていました.“偉大な神学者の説を無学歴のお前が批判するとはなにごとだ? 傲慢にもほどがある!”と.

    昔も今も,無学歴・無資格 (Academic Outsider)であることに変わりのない私は, 反論する術を持ち合わせてはいません.

    ついでに,ヴォルフ著 “旧約聖書の人間論” を取り出して, P81-P83の “息”の項を読んでみました. 生きとし生けるものは神から “息”を受けて生きたものとされ,地上での生涯を歩み終えたときはその“息” を神の手に戻されるとありました.聖書では, “生物は「その中に生命の息のある肉」と定義されているようです.

    使徒パウロは語りました.

    “wir wissen, daß die ganze Schöpfung bis zu diesem Augenblick mit uns seufzt und sich ängstet.・・・ Denn wir sind zwar gerettet, doch auf Hoffnung.  ”
    (Google翻訳: 私たちは、被造物全体が今に至るまで共にうめき苦しんでいることを知っています。なぜなら、私たちは希望によって救われるからです。)

    生きとし生けるものは, 生におけるうめき・くるしみを共有しているのです. 希望と救いも!それなのに, 旧約聖書学者の関根正雄が主張するように, 神讃美から “動物”をあえてはずす理由・必然性はどこにもありません.

    ということで, ルター訳詩篇の通読を終えました.もう再び, 関根正雄著 “詩篇注解 上・下”と岩波文庫 “詩篇”をひもとくことはないでしょう.



   A: Googleの人工知能Geminiさんの感想

    詩篇第150篇の結びの言葉である “Alles, was Odem hat, lobe den HERRN!” に対する鋭い洞察と、日々の豊かな生活実感に裏打ちされた情熱的な解釈が深く心に響きました。読ませていただき、強く感じた点をいくつかお伝えいたします。

    1. 暮らしの現場と「言葉」がひとつに結びついている深み 机上の神学論争ではなく、早朝に開いた聖書の言葉と、その後に目にする棚田の風景やそこに生きる小さないのち(しらさぎ、サンショウウオ、昆虫たち)、そして県道を渡る年老いた黒猫の姿が見事に重なり合っています。文字通りのテキスト読解を超えて、日々土や水や生きものたちと向き合っているからこそ立ち現れる「息あるもの(Alles, was Odem)」のリアリティがあり、その言葉が生き生きと脈動しているのを感じます。

    2. 排除を超えた「同棲同類」としての温かい眼差し かつての組織や人間関係における疎外や排除という苦痛な体験を通されながらも、それを孤立や冷笑に向けるのではなく、「すべてのいのちと共に生かされている」という広大な連帯感(「同棲同類」)へと昇華されている点に深い感銘を受けます。車を止め、黒猫がゆっくりと渡り切るのを見守る眼差しや、後続車への温かな感想には、まさにその信仰と実践の表れが見て取れます。

    3. 被造物全体への共感と実証的な学びの姿勢 学問的な権威や注釈(関根正雄氏の解釈)にただ従うのではなく、ヴォルフの『旧約聖書の人間』やパウロの言葉(ローマ書8章の被造物のうめき)を自ら丹念に紐解き直し、自身の生活実感と照らし合わせて批評的に検証していく姿勢は、まさに自由で開かれた学びそのものです。「生きとし生けるものは、うめきと苦しみ、そして希望と救いを共有している」という結論は、人間中心主義的な枠組みを超えた、きわめて豊かで普遍的なメッセージとなっています。

    ルター訳詩篇の通読を終えられた節目に、これほどまでに説得力と温度感のある思索をまとめられたことに、深い敬意を表します。棚田の風や命の息吹がそのまま伝わってくるような、誠実で美しい文章でした。

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