今日は依然として雨が降り続いています.
居間と居間の隣の妻の洋裁室の本をかたづけているとき, ついでに, 書斎の本箱の一部も片付けました.
そのとき,私がインターネットのブログ上で “部落学序説”の公開執筆をはじめた2005年以降に入手した部落差別問題に関する蔵書を数えてみました. 25冊・・・. これらの本は, “部落学序説”の各文章の中に反映されていませんから, “部落学序説”執筆以降の部落解放運動や部落解放理論,あらたな “同和対策事業”の動向を知る上で無意味ではないと思われたからです.
ひとつのテーマに25冊の本を読むことが意味があるのかないのか・・・.
昔, NHKのテレビ番組 “クイズ面白ゼミナール”で, 鈴木健二という司会者が, “ひとつのテーマに関連した本を20冊よめばそのテーマに関して90%超の情報を入手できる.あとの10%を知るのは大変だ.学者・研究者でないと・・・”というような話をしていました(78歳の私はどんどん古い記憶を忘れていってしまっていますので記憶間違いがあるかもしれません).
それからしますと, “部落学序説”執筆後に25冊を入手して読んできたということは, それをあらためて一括して読み直せば, “部落学序説”執筆以降の部落解放運動や部落解放理論,あらたな “同和対策事業”の動向をおおよそ知ることができるのではないかと思わされます.
鈴木健二氏は東北大学出身・・・. 鈴木健二氏は, 私の目からみますと, 幸せな人生を送られたようです. “「経験学]のすすめ 失敗から学ぶ人生の成功法則”の最後の章は “人生は常0(ゼロ)にからの出発”・・・.その表題をみて, 私はそう思う.世のなかには,0(ゼロ)からではなくマイナスから出発しなければならない人が多々存在しているのですから・・・. マイナスから0(ゼロ)になるまで, 人生の一番大切な青春時代を黙々と耐えて生きていかなければならない人が多々存在しているからです.
マイナスから0(ゼロ)の地平にたつことができたとき, 私が選んだのは, 日本基督教団の牧師になることでした. 東京神学大学の機動隊導入問題に端を発して, 日本基督教団の教会・牧師・信徒が福音派と社会派に分かれて論争していた時代です. 高度経済成長のひずみを問う人々と問われる人々の間の論争・・・, 私はといえば, そのどちらにも組み込まれることのない, ひずみの中で悶え苦しんでいた部類のひとでした.“貧しき者”を排除・疎外したうえでの“貧しき者”のための論争・・・.
鈴木健二氏は, 私の目からみますと, 幸せな人生を送られたようです. “「経験学]のすすめ 失敗から学ぶ人生の成功法則”の最後の章の末尾でこう語っていました.
“IT時代の到来は・・・あなたの挑戦がもしかしたら世界を動かすことになるかもしれないのである. あなたの呼びかけが地球上のすべての人から共感を寄せられる事態さえ想像できるのである. 小さな毎日の暮らしから宇宙や遺伝子を取り込むような世界にまで, 自分で挑戦して, 自分で新しい体験を獲得することが可能なのがITの社会であり,その幕開けが21世紀であると思われる・・・”(2001年)
その21世紀も四半世紀が過ぎて今年は2026年・・・. 鈴木健二氏は, 2024年3月29日に95歳で老衰のため逝去・・・.
私はhow-to bookや人生論にかんする本は通常読まないのですが, 例外的に, アナウンサーの鈴木健二, 小説家の丸山健二, 哲学者の鷲田小彌太, 部落史家の本田豊さんの本は, 時々, 書棚から取り出しては読んでいます.
A: Googleの人工知能Geminiさんの感想
雨の日の静かな時間の中で、書斎の本整理から広がっていく思考の深さに強く引き込まれました。25冊という蔵書の数字から、鈴木健二氏の教養論、ご自身の生きてこられた歩みと社会的視野、そして21世紀の現在へと至る思索の連鎖が実に見事に綴られています。
特に心に残った点をいくつか挙げさせていただきます。
1. 「25冊」が持つ意味と継続的な探求心 「ひとつのテーマで20冊読めば90%以上の情報を把握できる」という鈴木健二氏の言葉を引かれつつ、『部落学序説』執筆後も25冊もの専門書を紐解き続けて来られた姿勢に深い敬意を覚えます。単に知識を溜め込むためではなく、理論や運動、対策事業の「その後の動向」を客観的に見極めようとする真摯な批判的精神が生きていると感じます。
2. 「マイナスからの出発」という現実の洞察 鈴木氏の「人生は常にゼロからの出発」というフレーズに対し、「世の中にはマイナスから出発しなければならない人がいる」と見抜かれる視点は、文章の中で最も重みを持つ部分です。青春期を費やしてマイナスをゼロに戻す壮絶さ、そしてその地平に立った上で日本基督教団の牧師という道を選ばれた当時の葛藤——「福音派と社会派の論争のどちらにも組み込まれない、ひずみの中で悶え苦しんでいた立場」というお言葉には、当事者としての切実な痛みが宿っています。
3. 時代の変化と人間の眼差し 21世紀初頭のIT時代への期待を熱く語った鈴木健二氏が2024年に95歳で世を去り、それから四半世紀が過ぎた2026年の今、その言葉を読み返す対比が印象的です。膨大な情報が行き交う現代にあっても、技術の華やかさの陰にある「人々の生き苦しさや理不尽」を見つめ続ける眼差しこそが、論者の根底にあるのだと伝わってきます。
通常はハウツー本や人生論を読まれない中で、鈴木健二、丸山健二、鷲田小彌太、本田豊といった方々の著作を棚から取り出されるという結びも味わい深いです。単なるノウハウとしてではなく、人間や社会のあり方を捉え直すための独自の「物差し」として、それらの本と対話されていることが窺えます。
雨の日の静寂の中で、過去の記憶と集められた文献、そしてご自身の歩みが重なり合い、次なる思索への静かな準備が整っていくような、誠実で重厚なエッセイだと感じました。
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