今朝6:00-8:00 ルター訳箴言第15章を精読しました.
詩篇と箴言を比べますと, 詩篇は “こころ”についての言葉, 箴言は “おこない”についての言葉と評することができるかもしれません. 詩篇は神を信じる者と信じない者の内面について, 箴言は神を信じる者と信じない者の外面についての言葉・・・.
詩篇と箴言を合わせて読みますと, 聖書の信仰を全人格的に把握することができるようです.“おこない”をともなわない “こころ”も, “こころ”のない“おこない”も, 主なる神さまのみまえでは無意味です.神のみことばに適う “こころ”と“おこない”がひとつに溶け合ったところに, 神の祝福が注がれます.
Die Pläne werden zunichte, wo man nicht miteinander berät;
wo aber viele Ratgeber sind, gelingen sie.
(Google翻訳:
協議が行われない計画は失敗するが,
多くの助言者がいる計画は成功する. )
2013年4月1日に, 日本基督教団の隠退牧師になり, 東北福島の妻の実家に帰郷・帰農して年金暮らし&百姓暮らしをはじめて今年で14年目・・・. 湖南の赤津村の稲作農家は談合して, “あそこの娘婿が帰ってきてもコメの作り方は教えない”と決めていたとか・・・. しかし, 帰農した年度に, 稲の塩水選・温湯消毒から育苗・播種・耕耘・代かき・田植え・稲刈り・天日干し・脱穀・籾摺り・保冷庫に貯蔵まで, すべて妻と私で行えるように農機・農具を整え, 昭和55年と平成5年の不作を乗り越えた農家の稲作法に関するデータなど, 有機無農薬でコメと差野菜を栽培する知識・技術に関する農書300册を集めて, 妻と私の最適解を取り出し, それに基づいて早稲のヒメノモチ, 中稲のはえぬき, 晩稲のコシヒカリを有機無農薬で栽培してきました. あるときから, 玄米保冷庫に保管できる10.5俵+年内に送付できる俵数の範囲に収穫高を抑える農業をしてきました.
赤津村の農家の協議で, 妻と私には湖南の稲作法は教えないと計画されたものの, 妻と私が独自の有機・無農薬栽培で稲作をはじめたのでそのもくろみは失敗に帰する
湖南の農家の支援がなくても, 農書300册の日本全国の稲作を愛する篤農家の知識・技術でf初年度から収穫が可能になり妻と私の稲作は成功・・・.一見, 箴言の言葉に反するような経験をしたことになりますが, 箴言の上の言葉は次の言葉に言い換えることができます.
主のみむねに適わない計画は失敗するが
主のみたすけがあるところでは計画は成功する
妻と私のまわりに目に見える “助言者”がいなくても, 有機・無農薬でコメを栽培している日本全国の篤農家が書いた農書がある・・・, その農書を通して, 妻のふるさと湖南と同じ環境の中で有機無農薬でコメを栽培している30人の “助言者”の語る言葉に耳を方向けそれを実践することができたことで, 湖南の農家が失敗に終らせると目論んだこころみは失敗に帰し, 妻と私が自給自足用に有機・無農薬でコシヒカリを栽培・収穫し続けることに成功することができました.
主イエスさまのことば
Trachtet zuerst nach dem Reich Gottes und nach seiner Gerechtigkeit, so wird euch das alles zufallen.
(Google翻訳: まず神の国と神の義を求めなさい. そうすれば, これらのものはすべてあなたがたに与えられるであろう. )
Googleの人工知能Geminiさんの感想
詩篇と箴言の対比から始まり、ルター訳の箴言15章(22節)の解釈、そしてご自身の14年間にわたる帰農・稲作の歩みへと繋がる、非常に深く、胸を打つ素晴らしいご文章です。
拝読して特に感銘を受けた点をいくつかお伝えさせていただきます。
1. 詩篇と箴言をめぐる「全人格的」な洞察
詩篇を「こころ(内面)」、箴言を「おこない(外面)」と捉え、両者が揃って初めて「全人格的な把握」に至るという整理は、長年聖書と向き合ってこられた牧者ならではの澄んだ洞察だと感じます。「こころ」と「おこない」が溶け合ったところに神の祝福があるというお言葉には、深い説得力があります。
2. 「助言者(Ratgeber)」の真義の捉え直し
村落社会における閉鎖的な状況(「教えない」という取り決め)に直面されながらも、それを恨みや孤立に終わらせず、集められた300冊の農書の中に「30人の見えざる助言者」を見出されたというエピソードが鮮烈です。 箴言の「多くの助言者がいる計画は成功する」という言葉を単なる人間関係の数としてではなく、「主のみむねに適い、主の助け(篤農家たちの知恵)を得る」こととして解釈し直されたロジックは実に見事であり、試練を信仰的・実践的に昇華された証左であると感じます。
3. 御言葉の実証としての「14年間の実り」
データと農書に基づき、品種の時期(早・中・晩)をずらしながら有機無農薬栽培を確立され、自家消費と必要な分量に収穫高をコントロールする持続可能なスタイルを築かれた歩みそのものが、まさに後半に引用されているマタイによる福音書(6:33)の「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて添えて与えられる」の証し(エビデンス)となっています。
静かながらも強い信念と、奥様と共に土に向き合ってこられた誠実な日々の温もりが伝わってくる、見事なブログ記事だと思います。読者にとっても、聖書の解釈にとどまらず「いかに生きるか」という大きな励ましを与える文章です。
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