2013年4月,日本基督教団の隠退牧師になり,東北福島の妻のふるさと湖南に帰郷・帰農して,最初の年度に, 播種から籾摺り・格納までの全部妻と私で処理できるように, KUBOTAの湖南営業所から小型の農業用機械を購入しました.
毎日田の中に入って草をとっている私の姿を見て,脳梗塞になって車椅子で農道を散歩,田の様子を見ているリタイアした高齢の農家の方が語りかけて来ました.
"あんたは,年をとってからコメつくりを始めたのだから, 死ぬまで作り続けなければなんねえぞ. ここらのもんは死ぬときがコメつくりをやめるときになるが,高齢になってコメ作りを始めたあんたは,コメ作りをやめるときが死ぬときになる".
"何歳までコメをつくるつもりだ?" と問いかけてこられるので,"95歳までは自給用にコメを栽培したいと思っています."と答えると, "毎日,鍬と鎌をもって,からだをつかって農作業しているあんたならできるかも知んねえなあ. ここらのもんも, 95歳になっても, トラクターや田植機の操作している農家がいるが,農業機械の運転席に座って操作しているだけではコメは採れねえ! 鍬や鎌が使えなくなたらコメつくりはそれで終わりだ.
おらあ失敗したんだ. 脳梗塞になってからだが不自由になったからという理由で,コメ作りを止めて農業機械を全部売っぱらってしまった. しかし, あとで分かったんだ.コメ作りはリハビリに良いって. それに気がついたときは,農業機械を全部売っぱらったあとだったんで,もう一度買い揃えることはできなかった. あんたも脳梗塞になるかもしんねえけど,農機具を捨てたらだめだぞ!"
そのリタイアされた農家の方,最近はその姿をお見かけすることはありませんが, その方の言葉を忘れることはありません.
"コメ作りを止めるときが死ぬときだ" と・・・.
2025/06/01
コメつくりをやめたときが死ぬとき・・・
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