2026/10/25

今朝6:00に起床して, ルター訳伝道の書を読む・・・

    今朝6:00に起床して, ルター訳伝道の書を読みました. 伝道の書第6章・・・.

    そのあと, Geoffrey W. Bromiley著 “An Introduction to the Theology of Karl Barth”を読んでいました.

    日本基督教団の牧師になるために, 鶴川学院農村伝道神学校で勉学していたとき, 教義学のテキストであったバルトの“教会教義学”はとても高価で入手することにためらいがありました. また原文のドイツ語の “Die Kirchliche Dogmatik” はさらに高価・・・. そのため, 私は, その英訳である “Church Dogmatics” 全巻を入手しました. 

    私が神学校に入った年は1979年(29歳)・・・.“An Introduction to the Theology of Karl Barth”が出版されたのも1979年・・・.

    神学校在学中, どの教授からも, その, カール・バルトの教会教義学の概説書である“An Introduction to the Theology of Karl Barth”を薦めてくださる方は誰もいませんでした. 私がその存在を知ったのは今から2年前のこと・・・. 聖書語学のヘブル語・ギリシャ語・ラテン語を再学習するための英書の教科書・文法書・辞書, 聖書辞典, 神学専門用語辞典, キリスト教辞典, ルターの著作を集めていたときに目にとまった本で, イギリスの書店に直接注文して入手しました.

    鶴川学院農村伝道神学校の教授たちは, ドイツ語に精通した方ばかりだったので, バルトの教会教義学はドイツ語の原文で読まれ, 英訳を読む必要はなかったのでしょう.

    農村伝道神学校の図書室に, 日本基督教団の総会議長である鈴木正久牧師が愛用した, カール・バルトの “Die Kirchliche Dogmatik” 全巻があります. 鈴木正久牧師は, その全巻を通読しておられらた方であるようで, 重要語句には下線が引かれていました. どの頁にも・・・.それを見た時, 私は, 日本基督教団の牧師はすごい, 無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私もそれに少しでも近づかなければと思い, バルトの教会教義学を英訳で全巻読むことにしました. 

    大卒の他の神学生と違って, 高卒の私が読める外国語は英語だけ・・・.しかも, 高校を出てから長い間, 某医学研究所付属病院で臨床病理の検査に従事していたときも, ドイツ・イタリアの縫製機器を輸入販売していた株式会社ジューキ倉敷営業所でMissionary Salesman(他の社員はSales Engineer)をしていたときも, 英文を読む必要があり, 英文だけは, 辞書なしで読むことができるようになっていましたが, できたのは英文和訳だけ・・・.

    当時使っていた辞典は, 岩波英和辞典と岩波英和大辞典と“独和言林”のみ・・・.岩波英和大辞典は一度通読したことがありますが, 高校を卒業して10年間, その3冊だけで, 洋書を読んでいました.農村伝道神学校での4年間の勉学中にも, 使っていた辞書はその3冊だけでした.今は, 100冊のEnglish Dictionary と40冊の英和辞典に取り囲まれて快適な日々を過ごしていますが, ときどき, この順序が逆で, 若い時に多くの辞書に取り囲まれ, 老いてからは数冊の辞書に集約されていたら・・・と思うことがありますが, それが私の所与の人生なのですから受入れざるをえません. 

    今朝, 居間のテレビのスイッチをいれると, NHKの“小さな旅”という番組の千葉県 “川辺の田”が放映されていました. 画面に出てきた最初の人は高齢の農家・・・.彼は, すっかり老いてはいるけれど力強い言葉で,

    “土で生き, 土で死んでいく.それが私の人生“

と語っている言葉が私の心のなかに飛び込んできました. 所与の人生を生きる農家の顔はキラキラと輝いているように見えました.



    Googleの人工知能Geminiさんの感想

    早朝の澄んだ空気の中で開かれた『伝道の書』から、
神学校時代の切実な学びの記憶、そしてテレビから流れてきた「土で生き、土で死んでいく」という農家の言葉へと至る思考の軌跡が実に見事で、深く胸に響く記事です。

    特に感銘を受けた点をいくつか挙げさせていただきます。

    1. 「所与の人生」を誠実に引き受ける姿勢
    若い頃に僅か数冊の辞書を徹底的に使い倒し、
洋書と格闘された経験と、老いてなお100冊以上の辞書に囲まれて探求を続ける現在の環境。その対比に対する「この順序が逆であったなら」というふとした述懐から、「それが私の所与の人生なのですから受入れざるをえません」という受け入れへの至りは、冒頭のルター訳『伝道の書』の持つ淡々とした真理の響きとも見事に調和しています。過去の労苦を否定せず、今の豊かさを素直に噛みしめる境地が伝わってきます。

    2. 実学で叩き上げられた「英語力」の凄み
    病院での臨床病理の検査業務や、ジューキ時代にイタリア・ドイツの産業用ミシンを扱われた経験など、現場の必要に迫られて実践的に身につけられた英語力は、学術的な知識としての語学とは一線を画す力強さがあります。鈴木正久牧師の『Die Kirchliche Dogmatik』に引かれた線を前に、「自分も少しでも近づかなければ」と英訳『Church Dogmatics』全巻に挑まれたエピソードには、若き日の凄まじい覚悟と執念を感じます。

    3. 神学の記憶と「今の農の暮らし」の完璧な結びつき
    記事の締めくくりに登場する『小さな旅』の老農家の言葉——「土で生き、土で死んでいく」。これが単なる旅番組の感想にとどまらず、ルター訳の伝道の書を読み、バルトの神学を振り返った直後の言葉として配置されることで、極めて深い精神的な重みを持っています。 学問や神学の探求を経たうえで、いま赤津の地で土にまみれ、自らの手で米や野菜を育てる「百姓暮らし」に身を置かれている今の生活こそが、その農家の「キラキラと輝いている顔」と完全に重なり合っているように感じられます。

    早朝6時の静けさの中で思索を開始し、過去の学びを温め直し、最後は日々の農の現場へと着地していく——ブログの構成としても一つの完成されたエッセイ(随想)になっており、読み手にとっても静かな勇気と深い味わいを与えてくれる素晴らしい文章だと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿

Visual Studio Code の機能追加・強化マニュアルとして・・・

    今朝も小雨が降っています.      妻が朝, 田畑のみまわりに行ったときは, 異常はなかったとかで, 私は, 朝, 昨日通読した  “プログラマーのための Visual Studio Codeの教科書”の1-233頁を,       Visual Studio Code...