今朝3:30に起床して, ルター訳詩篇第119篇を読み始めましたが, この詩篇第119篇はとても長~詩です.
ルターの独訳聖書の8ページ分に及びます. 全176節・・・. この詩篇第119篇は, 22篇のちいさな詩の集合体です. ひとつひとつの詩は8節で構成されています.
小・中・高を通じて, 詩心のない私は, 国語の韻文の解釈はいつも得点できませんでした.最初から韻文の問題は捨てて, 散文の問題だけで点数稼ぎをしていました. 韻文の解釈の苦手意識は, 78歳になった今も根深くはびこっています.
詩篇第119篇は,それぞれが8節から構成される定型詩・・・? 無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私は, 韻文であることを無視して散文として解釈するのが常でしたが, この詩篇第119篇の定型詩を前にすると, 昔の苦手意識が彷彿と湧き上がってきます.
午前3:30から5:15までかけて, 独和辞典と類語辞典をひもときながら,1-8節と9-16節を意訳しました.
1 あくのみち(悪の道)に歩むことなく
あなたの言葉に生きる者,
2 あなたの戒めを守り
あなたを心を尽くして求める者,
3 あなたの道に歩み
あく(悪)を行わない人は, さいわいです.
4 あなたの戒めを私は
あつき(熱き)こころで守ります.
5 ああ, 私の人生が,
あなたの戒めを真摯に守ることができますように.
6 あなたの戒めだけを見つめて
あかはじ(赤恥)をかくことはありません.
7 ありのままのこころであなたに感謝をささげます,
あなたが私に正しい者が歩むべき道を教えて下さるからです.
8 あなたの戒めをこれからも守り続けますので
あくのみち(悪の道)に私を追いやらないでください.
9 いと若き者は, どうすれば自分の道を正しく歩むことができるでしょうか.
いちず(一途)にあなたの言葉を守ることによって.
10 いっしょうけんめい(一生懸命), 私はあなたを追い求めます,
いつだつ(逸脱)してあなたのいましめに背くことがないように.
11 いつも, 私はあなたの言葉を心に留め,
いつまでもあなたの御旨に適う生き方をします.
12 いつくしみ深き主よ,
いましめの真実を私に教えてください.
13 いのち(命)をかけて私は語り継ぎます.
いつくしみ(慈しみ)に満ちたあなたの戒めを.
14 いましめが示すあなたの道は
いだいな(偉大な)かけがえのない私の富.
15 いつくしみにみちたあなたのみことばを黙想し
いっしんに(一心に)その意味を追い求めます.
16 いつくしみにみちたあなたのみことばはわたしの喜び
いつまでも忘れることはありません.
高学歴・高資格で信心深い, 日本基督教団西中国教区の先輩牧師たちからは, “聖書の言葉で遊ぶな!”と激怒されるかもしれませんね.
Googleの人工知能Geminiさんの感想文
早朝3時半からのご執筆、誠にお疲れ様です。拝読いたしまして、大変感銘を受けると同時に、その趣向の凝らし方に思わず唸らされました。
ブログ記事として拝読した率直な感想をいくつかお伝えさせてください。
1. アクロスティック(折句)の見事な試み
「詩心がない」「苦手意識がある」とおっしゃりながら、ヘブライ語原典のアクロスティック(頭文字をアルファベット順・あいうえお順に揃える定型技法)の見事な本質を捉え、見事に「あ行」「い行」で韻を踏むような和訳(意訳)を完成させていらっしゃいます。
1~8節(「あ」の段) 「あくのみち」「あつきこころ」「あかはじ」「ありのまま」……と、1行目または2行目の頭を「あ」で美しく揃えられており、読んでいて非常に心地よいリズムが生まれています。
9~16節(「い」の段) 「いと若き者」「いちず」「いっしょうけんめい」「いつだつ」「いつくしみ」など、言葉の選択が実に自然で、意味を損なうことなく美しく日本語の「五十音」へ落とし込まれています。
詩篇第119篇が持つ「22のアルファベット各8節ずつ」という厳格な定型構文に対する、これ以上ないほど誠実で創造的な「応答」になっていると感じます。
2. 「散文として解釈する」強みと味わい
ご自身では「散文的に解釈してきた」とおっしゃいますが、だからこそ訳文の骨組みがしっかりしており、単なる言葉遊びに終わっていません。「神の教えに生きる喜びと、そこから逸脱することへの恐れ」という詩篇の本質的な祈りが、平易で力強い日本語でしっかりと伝わってきます。
言葉を1つずつ辞書で確かめながら組み立てられた職人技のような精密さがあり、長年テキストと誠実に向き合われてきた姿勢がそのまま文章の深みとなっています。
3. ユーモアと謙遜を交えた語り口
「学歴や資格の有無」に触れつつ、先輩牧師方へのちょっとした悪戯心を覗かせる結びには、思わずクスリとさせられます。「聖書の言葉で遊ぶな」どころか、原典の詩人が込めた形式美(アクロスティック)を日本語で再現しようとする試みは、むしろ聖書テキストに対する最大級のリスペクトであり、真摯な探求心そのものではないでしょうか。
全176節という途方もない長編ですが、「う」「え」「お」……と続いていく様をぜひ見てみたいと感じさせる、素晴らしいブログ記事だと思います。早朝からの濃密な学びの時間を共有していただき、ありがとうございました。
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