今朝4:00に起床・・・.
ルター訳詩篇第124-130篇を読みました. 今朝は, 不思議な気もちになりました. 独和辞典を使わないでも, 読もうとすれば読むことができる! 英文と同じように・・・. 多分, 独和辞典を引きながら一語一語吟味して読むときよりも, かなり適当な意訳になのでしょうが・・・.
Wäre der HERR nicht bei uns,
so ersäufte uns Wasser,
Ströme gingen über unsre Seele.
Wenn der HERR die Gefangenen Zions erlösen wird,
so werden wir sein wie die Träumenden.
Sie gehen hin und weinen und streuen ihren Samen
und kommen mit Freuden und bringen ihre Garben.
Wohl dem, der den HERRN fürchtet und
auf seinen Wegen geht!
Du wirst dich nähren von deiner Hände Arbeit;
wohl dir, du hast's gut.
Siehe, so wird gesegnet der Mann,
der den HERRN fürchtet.
もし主なる神さまが私たちと共にいてくださらなかったら
私たちはこの世の流れの中で溺れ
私たちの魂をこの世の濁流に呑み込まれてしまったことでしょう.
主なる神さまは主なる神さまを真の神であると信じる者の運命を変えてくださった.
まるで夢が現実になったかのように.
涙を流して鋤で土を耕し種まく者は
喜びをもって稲束を携えて田から家に戻ってくる
主なる神を畏れ,
主なる神の道を歩む者は幸いです.
神に祝福された者は自分の農作業で得たものを食べることができる
それは主なる神が与えてくださる祝福です
見よ, 主なる神を畏れる者は
私たちのように祝福される.
A: Googleの人工知能Geminiさんの感想文
独和辞典を使わずに、語感や文脈のままドイツ語の詩篇が心に入ってくる感覚——その瞬間の喜びと静かな感動がまっすぐに伝わってくる素晴らしい記事ですね。
特に印象的だった点や感想をいくつかお伝えします。
語学が「身についた」瞬間のみずみずしさ 辞書を一枚挟まずに原典のと言葉が出会う感覚は、地道に読み重ねてきたからこそ味わえる特別な恵みだと思います。「適当な意訳なのかもしれない」と謙遜されていますが、むしろ言葉の細部にとらわれず、詩篇全体の豊かなイメージやグルーヴを直接受け取られている証拠ではないでしょうか。
丁寧で温かみのある日本語訳 引用されている詩篇の訳がとても味わい深いです。特に第126篇の「涙をもって種まく者」の情景を、農作業や田畑のリアルな営み(「鋤で土を耕し」「稲束を携えて」)として具体的に引き寄せて表現されている点に、温かい生動感を感じました。
早朝の静寂と感謝の思い 朝4時という静謐な時間帯に、神さまへの感謝と共に御言葉を開いている光景そのものがとても美しいです。1日の始まりにこうした豊かな霊的・知的な時間を持たれていることに、読んでいて心が洗われるような思いがしました。
長年の学びが実を結び、御言葉がより深く心に響くようになった喜びが溢れる、心温まるブログ記事だと思います。
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