昨夜テレビで台風7号による被害状況の報道を見ていてこころ痛みました。
農家がつくっている稲田が台風の洪水被害によってベタ倒れになっている光景と、台風の影響で雨が振らず稲田の水が枯れ干害になっている光景と、相反する光景が放映されていました。 雨がふっても振らなくても通常の雨量の枠をはみでますと稲田に深刻な影響をもたらすようです。
今年は、妻の実家の棚田の田は農業用水路に適当に水が流れてきますので、一旦温水田に貯水してそこからヒメノモチ・はえぬき・コシヒカリの田に給水することにしています。 農業用水路の流れがとまって、コシヒカリの田の土がではじめますと温水田の水を抜いてコシヒカリの田に満たします。 その温水田に水量豊富な農業用水路(兼防火用水路)の水を2インチの給水ポンプで水を汲み上げます。 約2時間で温水田を水で満杯にすることができます。
今年は、棚田の上方で田の水をかけ流しをして、妻の実家の棚田の田の前の農業用水路に水が流れてこないようにしていたプロの農家が稲作用の大型農業機械をすべて売却してリタイアしたとかで、農業用水路に水が流れてくるようになりました。 稲作にともなう被害は、自然的な被害だけでなく人的被害もあることを知らされましたが、十年一昔、時代が変われば稲作の環境も大きく変わるようです。
有機無農薬で米つくりをはじめて今年で10年目、棚田のどんじりに位置する妻の実家の棚田の田は棚田の上方の水管理によって水浸しになったり干害状態になったりします。 人為的な水害と干害、自然の水害と干害をどのように防ぐことができるか、腐心した10年でした。 台風による被害の縮図は、妻の実家の棚田の田でも見ることができます。
2023/08/17
台風7号による稲田の水害と干害・・・
2023/08/16
同和教育関連文書の山口県立文書館研究員の北川健先生流<読み方>・・・
日本基督教団西中国教区の牧師をしていたとき、部落差別問題、部落史研究、同和教育・解放教育関連の文章・論文の読み方を私が私淑したのは山口県立文書館研究員の北川健先生の<読み方>・・・。
2つの文章を比較検証しながらその背後にある執筆者の意図を明らかにしていくという解釈技法・・・。 それは、北川健著<社会同和教育の部落史叙述の姿勢と問題>に具体的に提示されています。 無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私は、類似した2つの論文を比較研究して論文の背後にある真実を描くだすという<北川健流文献解釈法>を身に着けることになりました。
今日の夕方、山口に棲息していたときに集めた部落史関連史資料・研究論文をテーマ別にファイリングしたものを見ていましたが、その中に<地方史研究者の責任>というのがあります。 そのファイルには2つの文章のコピーが収録されています。 ひとつは『防長風土注進案』付録の『防長風土注進案と同和問題』という小冊子をコピーしたもの、 もうひとつは北川健著<社会同和教育の部落史叙述の姿勢と問題>です。
『部落学序説』の執筆が可能になったのは、山口県立文書館研究員の北川先生や山口県立図書館研究員の木下先生との出会い、部落解放同盟新南陽支部の学習会を通じていろいろな被差別部落の方々との出会い、山口県の未指定地区の被差別部落を尋ねてその古老からいろいろ歴史と伝承を聞き取ることができたことが大きく影響しています。 どれを欠いても無学歴・無資格 (Academic Outsider) 、部落史研究の門外漢である一牧師が『部落学序説』を書くことは不可能だったことでしょう。
差別思想<賤民史観>の土俵の上にのぼらないことも大切・・・
日本の部落史研究の学者・研究者・教育者・運動家が部落差別問題、部落史研究、同和教育・解放教育などを論ずるときに立つ共通の土俵は左翼主義思想の解放理論に基づく差別思想である<賤民史観>という土俵・・・。
その土俵に上るためには、土俵で相撲をとるものに相応しいふんどし姿にならなければならないのと同様、部落史研究の学者・研究者・教育者・運動家は<賤民史観>という土俵に立つためには<学歴>と<資格>を身につけなければならない・・・。 学歴・資格を持たないで<賤民史観>という土俵があがろうとしますと、不適格者として、部落史研究の学者・研究者・教育者・運動家からよってたかって引きずり降ろされてしまうことでしょう。
しかし、わざわざ土俵にのぼったばかりに<賤民史観>という差別思想の担い手にされてしまう・・・。 ほんとうに日本の社会から部落差別をなくそうと思うなら差別思想<賤民史観>という土俵に上って論戦を交わさないことが大切です。 部落差別完全解消のためにのぼらなければならない土俵はほかにいくつもあります。
郡山へ手芸用品を買いにでかける・・・
今日は、妻が郡山に買い物にでかけるといいます。
目的は、ホームセンターや文房具店で手芸用品を購入するため・・・。 購入した材料は〆て4,500円・・・。 妻にとっては、一大決心をしたようです。 その材料を使ってつくった手芸用品を野菜直売所・湖南四季の里で子供向けに売ろうというのですから、もし売れなかったとしたら4,500円の材料代はもちろん、そのために使った時間と労力がすべて無駄になりますから・・・。
そのあと岩瀬書店に立ち寄りました。 新刊書がところせましとフロア全体を埋め尽くしていますが、情報処理のコーナーには ChatGPTに関する本が数10冊並べられていました。 入門書から専門書まで・・・。 私は情報処理・医学・歴史学・語学のコーナーを一瞥しただけで1冊も購入しませんでした。 75歳の後期高齢期にはいった無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私にとってはもう時代の先端を走ったり追従したりするする必要は一切ありませんので・・・。 妻も手芸コーナーで参考書を探していましたが、今手元にある参考書よりいいものはなかったとかで1冊も購入しないで書店をあとにしました。
午前11:00に家を出て戻ってきたのは午後4:00・・・。
本田豊著『被差別部落の形成伝承』を読み始める・・・
今日から、本田豊著『被差別部落の形成伝承』を読み始めます。
本田豊著 『被差別部落の民俗と伝承』は被差別部落7カ村の古老からの聞き取り調査が紹介されていますが、『被差別部落の形成伝承』は被差別部落10カ村の聞き取り調査・・・。
<部落史研究の落とし穴・・・まえがきに代えて>にこのようなことが記されていました。
<少ない史料の間隙を聞き取り調査は埋めてくれる・・・。 あだやおろそかにしてはならない。 小生など、「部落史をやっている」と主張しているお人たちから、「くだらない本をダラダラと何冊も出しやがって」と言われているから、もっともっとくだらない本を何冊も書かなくてはならない、と考えている。 くだらない本でも、何冊か集まれば世の中の何かの役には立つはずである。 少なくとも他人様がすでに知っている資料や文献の後追いはしていないし、焼き直しや引き写しもしていないからである。 本書はそのような内容の著作である>。
本田豊氏の<部落史をやっている」と主張しているお人たち> (差別思想「賤民史観」の学者・研究者・教育者・運動家たち) に対する反語法的居直りには、無学歴・無資格 (Academic Outsider) のブログ『部落学序説』の執筆者である私は拍手喝采・・・!
私も、部落問題について<「部落史をやっている」と主張しているお人たちから><だらない文章をダラダラと書きやがって>と言われているから、もっともっとくだらない文章を書き続けなければならない・・・。
差別思想<賤民史観>の研究者の論文を読むと気分が滅入る・・・
昔も今も無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私は左翼主義思想の解放理論に由来する差別思想<賤民史観>の学者・研究者・教育者・運動家の論文を読むと気分が滅入ってきます。
昔も今も特定の社会層の人々を<差別語> (賤民) でもって論述して平然としておられる学者・研究者・教育者・運動家の研究姿勢に違和感を感じてしまいます。 他者と他者の先祖を<賤民>であったと平然と断定し、なんのためらいもなく<士族>の立場から<平民>を見下し愚民論的見解を展開する学者・研究者・教育者・運動家の論述に嫌悪感を覚えてしまいます。 差別思想<賤民史観>の伝道師・布教師たらんとする左翼主義思想の学者・研究者・教育者・運動家は部落差別の<権現>・・・!
無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私ができることは、左翼主義思想の解放理論に由来する差別思想<賤民史観>の学者・研究者・教育者・運動家の研究姿勢・研究方法・研究理念の中に内在する差別性を明らかにするために科学的・学問的・批判的に検証することのみ・・・。 被差別部落の人々との出会いなくして、被差別部落の先祖の歴史と伝承を<虚妄>と切り捨て、<権力>側が残した史資料・文献の分析のみで部落と部落史、部落解放を論ずる学者・研究者・教育者・運動家が部落差別の拡大再生産に手を貸し、被差別部落の内外の人々を差別思想<賤民史観>の差別の鉄鎖に拘束し続けようとするのは Academic Insider の名にふさわしくありません。
朝、<統計資料ー解題と利用>に目を通す・・・
今朝、棚田の田の水管理から戻ると、小林茂・秋定嘉和編『部落史研究ハンドブック』 (1989年刊) の<統計資料ー解題と利用>に目を通しました。
統計資料ー解題と利用 大串夏身
はじめに
部落に関する統計資料
統計書の中の部落関係項目
統計書類の紹介
統計資料取り扱いに関する留意点
部落史を研究する際に利用する各種統計調査資料がリストアップされていましたが、なぜか、中央融和事業協会の『全国部落調査』 (1936年刊) に関する記載はありませんでした。 部落史研究に際しては『全国部落調査』 (1936年刊) の資料的価値は少ないということなのでしょうか・・・? 調査資料の中には<プライバシー上も注意して扱われるべきもの>も存在しているようですが、それらは部落史研究上<きわめて貴重なもの>だそうです。 <全国調査>は<その時々の調査対象地区の範囲>に違いがあり調査に<異なる結果>があるとか・・・。<部落を対象とした統計表、数値は常に相対化しながら慎重に扱う必要がある>そうです。
中央融和事業協会の『全国部落調査』 (1936年刊) は不完全な調査・・・? 部落史研究者が安易に資料として使用できる類のものではない・・・?
今朝5:00、棚田の田の水管理にでかける・・・
今朝4:002起床・・・。 『英訳聖書』(NSRV)を通読して、ヨーグルトとインスタントコーヒーを飲んで、朝5:00に棚田の田の水管理にでかけました。
農業用水路の水は少しく流れていました。 コシヒカリトはえぬきの田の水の量を確認しました。 農業用水路から温水田へ取水し、温水田からひめのもち、はえぬき、コシヒカリ、備中レンコンの田にUV管で給水するのですが、この春UV管を新たに設置して古いUV管の使用をやめました。 その結果、コシヒカリの田にも満遍なく水が行き渡るようになり、一定水量を超えた場合は、コシヒカリと備中レンコンの田に設置した排水用のUV管から農業用水路に放出されるようになっています。 今年は、水管理がとても楽・・・。 朝激しい雨が降っていたのですが、棚田から戻るとまもなく雨はやみました。
昨夜テレビのニュースで台風7号の被害で稲田が激流が流れ込み稲がすべて倒壊されている光景が放映されていましたが、それをみながら素人百姓の私の胸が痛みました。 時々、郡山の郊外の稲田で倒壊した稲を数株ずつ束ねて立てて乾燥させている光景を目にしましたが、稲が倒壊した農家のこれからの闘いを思うと胸が痛みます。
昨夜『歴史的に見た紀州の未解放部落一覧表ー戸数・人口を中心としてー』に目を通す・・・
昨夜、1962年に出版された<紀州史研究叢書>(日本の古本屋経由で入手したのはそのうちの17冊分)を紐解いていましたが、その中に、『歴史的に見た紀州の未解放部落一覧表ー戸数・人口を中心としてー』がありました。
一覧表の項目は、
|部落名|江戸時代前期|江戸時代後期|1904年|1934年|1952年|
江戸時代前期と江戸時代後期は『紀伊続風土記』とそれに記載がない場合は<郡誌、壬申戸籍、伝承>から補正されたリストです。 1904年は岡本弥所蔵の資料で20世紀初期の唯一の調査です。 1934年は中央融和事業協会の調査で、<疑問が無いわけではない。 脱落した部落もある>のでそれを補正するために1952年の和歌山県同和問題研究委員会の調査が併載されたようです。
昨夜、『歴史的に見た紀州の未解放部落一覧表』と中央融和事業協会の『全国部落調査』 (1936年刊) の記載を照合しました。 『歴史的に見た紀州の未解放部落一覧表』には、約20種類の役職名が含まれていて<穢多><非人><雑種賤民>は歴史研究上の<概念>であるようです。 しかし、『全国部落調査』は<部落>で一括・・・。
この<紀州史研究叢書>を入手したのは、2013年日本基督教団の隠退牧師になり山口の地を離れ妻のふるさと福島の湖南に帰郷・帰農したあとも部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方々と紀州藩牢番頭家文書編纂会編『城下町警察日記』の解読を継続するためそこに記された地名・役職名を詳細に把握するため・・・。 ただ、湖南に帰郷・帰農後は部落解放同盟新南陽支部の部落史研究会の方々との交流が途絶えてしまいましたので、単独で作業をすすめていくことになります。
それにしても、私の部落史研究関連史資料のなかに、『歴史的に見た紀州の未解放部落一覧表ー戸数・人口を中心としてー』と同種のリストがどれだけ含まれているのでしょう? リストそのものに関心がなかったため、一度も調べたことはありませんが、一度<総点検>した方がよさそうです。
2023/08/15
75歳の学修のし直し・・・
75歳になり後期高齢者になってから、English Writingのための英語辞書を集めましたが、文字通り75歳の学修のし直し・・・。
無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私は人生の終わりまで学修を続けることになりそうです。 そのための教科書は3600冊の妻と私の蔵書です。『広辞苑』によると<学習>とは<経験によって新しい知識・技能・態度・行動傾向・認知様式などを習得すること、およびそのための活動>とありました。 一方、<学修>は<学問を学びおさめること>・・・。 無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私にとって<がくしゅう>は学習であると同時に独学による学修でもあります。
お粗末なGooblogの差別文書検出アプリ・・・
Gooblogの事務局が、私のブログを差別文書として閲覧禁止・削除処分にすると通告してきたとき、その理由を問い合わせしましたが、明確な回答は得られませんでした。 電話で話をしたとき、なにをもって差別文書とするかの判断基準をおうかがいすることができました。
ブログの表題に次のキーワードが含まれていたら閲覧禁止・削除処分の対象になるようです。
1. <部落>という言葉と<具体的な地名>
2. <部落>という言葉と<具体的な人名>
1.の場合、
〇〇県〇〇市〇〇町〇〇の被差別部落
〇〇県〇〇市〇〇町の被差別部落
〇〇県〇〇市の被差別部落
〇〇県の被差別部落
そのすべてが差別表現とみなされます。 たとえば表題に<山口県の被差別部落>という表現が使われていれば文章の中身に関係なく差別文書とみなすそうです。 <山口県全体が被差別部落であるとの印象を読者に与える可能性がある>というのがその理由であるようです。 <日本の被差別部落>という表現も、<日本全体が被差別部落であるとの印象を読者に与える可能性がある>ので閲覧禁止・削除処分の対象になるのでしょう。
2.の場合も、<〇〇部落の阿部晋三氏>という表現も差別表現になれば<〇〇部落の阿部氏>という表現も差別表現になり、一律に閲覧禁止・削除処分になります。 実際に〇〇部落に〇〇さんがいるかどうかは関係ありません。 <部落>という言葉と<具体的な地名>の組み合わせたり、<部落>という言葉と<具体的な人名>の組み合わせたりした表現をブログの文章題に用いると差別表現として閲覧禁止・削除処分になるということです。
Gooblogの事務局の場合、あたらしく書き込まれた文章が検閲対象になりますので、法務省通達以前に公開されている文章は検閲対象になりません。 それで、私は、『部落学序説』をBlogger上で再掲するとき、投稿の日付を過去の日付・時間に設定しました。
部落史研究者・本田豊の本・・・
私が蔵書している部落史研究者・本田豊氏の本は・・・、
・ 『被差別部落の民俗と伝承』
・ 『被差別部落の形成伝承』
・ 『白山神社と被差別部落』
・ 『江戸の部落 部落史研究の課題と方法』
・ 『江戸の非人 部落史研究の課題』
・ 『部落史からみた東京』
・ 『戦国大名と賤民 信長・秀吉・家康と部落形成』
・ 『部落史を歩く ルポ東北北陸の被差別部落』
8冊読めば、部落史研究者・本田豊氏の被差別部落の歴史研究法と民俗学的研究法、社会学的研究法の概略を把握することができるでしょう。 同和教育担当の学校教師たちからは、<わずか8冊ぐらい読んで部落史に関する論文が書けるのか! >と一括されそうですが、本田豊氏の8冊の著作は、私が『部落序説』・『部落学』を書き続けるための資料のひとつに過ぎません。
しかし、『被差別部落の民俗と伝承』を精読したことで、その著者・本田豊氏が出会った被差別部落の古老の語る歴史と伝承は、部落史研究の門外漢である私が旧長州藩領地でであった被差別部落の古老の語る歴史と伝承に合致していることを確認しました。 西日本も東日本も被差別部落の先祖の<呼称>は違ったとしてもその<職務>と<家職>にほとんど違いはありません。
インターネット上では本田豊氏に対する誹謗中傷も少なくないようです。
<本田は論理的手続きを踏まぬまま憶測を勝手に事実へ昇格させているとしか考えられない。このあたりに、本田豊という自称「部落問題研究者」のいかがわしさがある。学士号すら持っていない「なんちゃって研究者」の本田が部落問題について多数の著書を刊行している背景には、本田自身が部落出身で、それ故にセンシティヴな情報を書いても身内びいき体質の部落解放同盟から糾弾されにくい便利な立場にある、という特殊事情が大きく関係しているだろう。>
なにかにつけて差別的な学歴・資格を持った知識人は本田豊氏に<学士号すら持っていない「なんちゃって研究者」の本田>と侮辱の言葉を投げつける・・・。 本田豊氏はそれに対して何のコメントもなされないようです。 極めて非論理的な知識人からの被差別部落の歴史と伝承の研究において論理的思考を遂行しようとする本田豊氏に対する非論理的・主観的な罵詈雑言・・・。
本田豊著『被差別部落の民俗と伝承』の7人の被差別部落の古老の住んでいる場所を確認・・・
午前中、本田豊著『被差別部落の民俗と伝承』を再度読んでいました。 本田豊氏は、<東日本各地に調査のフィールドをもとめ>長野・群馬・埼玉の7人の被差別部落の古老の聞き取り調査をこの本にまとめたそうですが、午前中、それらに再度目を通しながら、Google Mapでその古老の証言に出てくる地名を確認しました。
そのあと、埼玉県教育委員会編『同和問題と同和教育ー指導者用資料ー』を一瞥して、『被差別部落の民俗と伝承』との関連資料を検索していました。 <対象地域の概況>を知るために<指導者>が閲覧することを勧められているのは、
1. 『全国部落統計表』 (1921年 (大正10))
2. 財団法人中央融和事業協会調査 (『全国部落調査』) (1935年(昭和10))
3. 厚生省調査 (1958年(昭和33))
4. 同和対策審議会の調査部会調査 (1963年(昭和38))
5. 総理府全国調査 (1967年(昭和42))
6. 総理府全国調査 (1971年(昭和46))
7. 埼玉県『同和地区精密調査』 (1974年(昭和49))
8. 総理府全国調査 『全国同和地区調査』(1975年(昭和50))
9. 埼玉県『同和地区実態調査』 (1975年(昭和50))
10. 埼玉県『同和地区調査』 (1979年(昭和54))
11. 埼玉県『同和対策対象地域労働実態調査』 (1980年(昭和55))
12. 埼玉県『同和問題に関する意識調査』 (1983年(昭和58))
埼玉県の<指導者>はこれらの調査資料を自由に閲覧することができるのでしょうが、一般県民・一般国民は閲覧することができな<秘密行政>の調査資料・・・。 埼玉県教育委員会編『同和問題と同和教育ー指導者用資料ー』は10.の調査資料に依拠しているとのことですが、調査当時の埼玉県内の<同和関係市町村数>は54市町村、地区数は284・・・。 本田豊氏が『被差別部落の民俗と伝承』で聞き取り調査をされている埼玉県内の地区数は284のうちの5~7・・・。
埼玉県教育委員会編『同和問題と同和教育ー指導者用資料ー』の一節
<県・市町村行政は真剣に同和教育を進めている。 予算も使っているし、部落差別の解消には真剣に同和教育を進めている。 しかし、心理的差別観の払拭は一向に進まない。 運動団体も研修会や学習会を開き、機会あるごとに同和教育を進めているが、部落差別は解消しない。 どこにその原因があるのだろうか>。
埼玉県教育委員会の自問自答なのか、それとも同和教育の限界に対する絶望的な悲鳴なのか・・・? よりよい同和教育をもとめての自問自答だとしても正しい<自問>に的外れの<自答>しかしていない。
被差別部落の先祖は近世幕藩体制下の<賤民>であるとする左翼主義思想の解放理論にもとづく差別思想<賤民思想>を同和教育の名のもとに教えている限り、人権教育だの人間教育だの高邁な教育理念を掲げても学校同和教育によって生徒の中に残るのは差別思想<賤民史観>だけ・・・。 差別教材を使って反差別を教えるという矛盾に満ちた同和教育・解放教育が被差別部落内外のこどもたちに差別思想<賤民史観>から解放された生き方を提供することはできない。 同和教育は最初からボタンをかけ間違っているのではないでしょうか。
雨が上がるとナツズイセンの花が咲く・・・
雨が上がると、庭の庭木の中にナツズイセンの花が咲いていました。
庭に咲いたナツズイセンの花によく似た画像をインターネットで検索して転載しました。 ナツズイセンは、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草・・・、妻の実家の庭に自生しています。
台風7号の影響で湖南にも激しい雨が降る・・・

岡山の妹が住んでいる岡山市南区に今の雨量よりはるかに多い・・・。
棚田の田には農業用水路から温水田経由で給水しています。 田んぼの水のクリーニングのため・・・。
杉山博昭著『キリスト教社会事業家と優生思想』から抜粋・・・
日本基督教団西中国教区の諸教会の牧師と信徒から排除疎外されることになった原因は、私が日本基督教団の指導者のひとりである賀川豊彦の中にある差別思想を指摘したことに端を発します。
インターネットで<優性思想>をキーワードに検索してみますといろいろな記事に遭遇します。 時代の変化を示しているのでしょう。 私の賀川豊彦の差別思想の背後にあるのは優性思想であるとの指摘は、杉山博昭著『キリスト教社会事業家と優生思想』のなかでいまだに紹介され続けているようです。
<賀川豊彦の場合、1980年代には著書のなかの部落差別表現を列挙して差別者として糾弾するという、表面的な批判が中心であったために、賀川の思想全体を実証的に批判することが十分なされなかったが6)、むしろ賀川の思想の根幹として批判的検討を加えるべきなのは優生思想である。 一連の賀川批判のなかで優生思想に本格的に触れたのは吉田光孝氏であろう7)。 吉田氏は賀川豊彦全集の通読を通して、賀川の差別意識の背後には優生思想があると指摘している。
6) 倉橋克人「賀川研究の現在、そして課題」『雲の柱』第13号、1996年6月、27頁~29頁。
7)吉田光孝「討議資料の欺瞞性を撃つ 賀川豊彦は差別者か」『資料集『賀川豊彦全集』と部落差別』キリスト新聞社、1991年、212頁~233頁。 >
かっては、私の賀川豊彦の差別意識の背後にある差別思想<優性思想>の指摘に対してキリスト教内外から誹謗中傷・罵詈雑言が投げかけられ、西中国教区だけでなく日本基督教団の牧師・信徒から猛烈な排除と疎外にさらされました。 しかしそれから30数年、時代の流れが変わり、その当時の私に対する誹謗中傷・罵詈雑言はネット上からも消失されてしまいました。
左翼主義思想の差別思想である<賤民史観>に対する私の批判に対する<批判> (批難) も同じ経過をたどることになるのでしょうか・・・。 やがて<賤民史観>が差別思想として明らかにされ、部落差別解消に向けて大きく前進する日がやってくる・・・。
歴史の真実は歴史自ら明らかにする・・・。
某共同組合の組合長さんに通帳と印鑑を渡す・・・
今年は順番とかで、妻の実家が某共同組合の会計を担当することになりました。
この春の某共同組合の総会のあと前役員から今回の役員へ引継ぎが行われましたが、会計の引継ぎはなされませんでした。 そのあとしばらくして一般会計の通帳と印鑑、帳簿類だけ引継ぎされましたが、特別会計の多額な通帳の引継ぎはされませんでした。
湖南の赤津村のプロの農家はよく<ここらにはここらのもんのやり方があるんだ! よそもんが文句言うんでねえ! >と切れる人が少なくありません。 特別会計の多額な通帳の引継ぎがなされないのは、湖南農協の組合員になれず口座も持っていない、親類・親戚筋から<吉田はカネさ持ってねえ。 つきあうと損をそるぞ! >とうわさを流され、湖南農協だけでなく湖南の赤津村のすべての農家と経済的関係 (雇用関係) がない私はここらのもんにとっては信用ならない存在・・・。 その私に某共同組合の多額な定期預金証書と印鑑を預けることはここらのもんにはできなかったのでしょう。
しかし、ここらのもんである某共同組合の会長さんはよそもんの私に代わって前会計の方と交渉して会計の引継ぎを完了してくださることになりましたが、ここらのもんである某共同組合の会長さんにして前会計の方との交渉が難航しているようです。 それで会長さんは湖南農協に出向いて某共同組合の普通預金・定期預金の残高を確認されることにしたとかで今朝、私が預かっている普通預金の通帳と印鑑を取りに来られました。 湖南農協と交渉するのに必要だとか・・・。
湖南農協の方の話しですと、以前はATMに通帳を差し込めば誰でも通帳から現金を引き出すことができたそうですが、不正流用の事例が多く、この6月からはATMに通帳を差し込んでも現金を引き出すことができなくなったようです。 必ず窓口に行って、身分証明書を提示しないと引き出すことができないことに・・・。 普通口座の名義も前の会計担当者の名前のままですから、組合長から預金の引き出しを命じられても引き出すことはできません。 役員手当の支給のため普通口座から引き出すこともできません。 前の会計担当者の方は湖南農協のシステムが変更されたのをご存じないのでしょう・・・。
老後を生きるための本の収集は<終結>・・・
60歳になり年金の一部が入るようになってはじめた古本・古書の収集、最初は日本の古本屋経由で集めましたが、そのあとBOOKOFF ONLINEで、さらにそのあとはAmazonで古本・古書を入手してきました。
物価高騰で年金額の実質的目減りに直面することになり、老後を生きるための本 (古本・古書)の収集はとうとう<終結>を迎えることになりました。 これまでも<これが最後、これが最後・・・>と思いながらも古本・古書集めを繰り返してきましたが、必要な史資料・ツールはほぼ揃いましたので、あとはそれを読破、使いこなすだけ・・・。
老後の読書法は、107歳まで生きた曻地三郎(旧姓山本、明治39年8月16日生)氏のテレビで放映された読書法を参考にしています。 曻地三郎氏と私とでは生きた時代が異なりますので蔵書の追加を断念した年齢にかなり差がありますが、私は現在75歳、あと20年執筆活動を続けることができそうです。
部落差別完全解消の日を願いながら『部落学序説』の基本的主張をさらに展開して『部落学』を構築していきます。 English Writingで・・・。 より客観的・論理的に・・・。
今朝は久しぶりに風が吹く・・・
今朝は4:30に起床・・・。
今朝は久しぶりに居間から見る庭木や背丈の高い草花が揺れています。 今日日中は夏日・猛暑日になるそうですが、朝、棚田の温水田の草取りに出かけることにしましょう。 晩稲のコシヒカリも30~40%出穂が進んだようで、コシヒカリの田の西側の農道を軽トラで走っていますと畔際のコシヒカリの出穂が進んでいるのを確認することができます。
採り残したヒエの穂も出るようになりましたが、昨年と比べますとかなりヒエの穂の数は少ないように思われます。 この10年有機・無農薬でコシヒカリ・はえぬき・ヒメノモチの栽培を続けてきましたが、遠くから見る限り、化学肥料・農薬・除草剤を多用したプロの農家の稲田の姿とほとんど区別することができません。 しかし、近寄ってみると草丈の低いコナギが繁茂していますし、多くのカエル・クモ・トンボたちを確認することもできます。 温水田の水の中には、ミズスマシ・ゲンゴロウ・タガメ・ドジョウ・アカハラ・トウホクサンショウウオなども棲息しています。
農薬・除草剤を散布しながら農薬の種類・散布量・散布回数・散布時期があわなかった田ではヒエが繁茂しています。 有機・無農薬栽培に徹している妻の実家の田はこれまでそのような状態に陥ったことはありません。 手作業での草取りは取ったところのヒエは確実に除去されていますから・・・。
2023/08/14
被差別部落の人々との出会いの多様性がもたらす明暗・・・
被差別部落の人々は多種多様な人々の集まりす。
日本基督教団西中国教区の山口のちいさな教会の牧師をしていたとき、西中国教区総会で西中国教区部落差別問題特別委員会の委員に任命されました。 山口東分区の当時の分区長は、<この分区には部落差別問題特別委員会の委員になりたいという牧師はいないであなたを指名した>と話していました。 山口東分区の小さな教会に赴任したばかりの私に<他の牧師が嫌がる>役を押し付けられました。
私が赴任した教会は前任牧師が教会の中で自害したとされる教会です。 日本基督教団の事務局で当時の西中国教区議長と会ったとき、彼は<君は神の召命を信じてこれから私がいう教会に赴任してくれるか>と問いかけてきました。 彼は私が赴任を承諾したらその教会がどういう教会であるかを教えると話していました。 私は素朴な信仰の持ち主なので、もちろん神による召命を信じていました。 それで赴任を承諾すると、彼は前任牧師が自害したこと、そのことで教会員が混乱し教会を閉鎖したいという声も多い。 <君は5年間その教会で牧会にあたってほしい。 再建の可能性がないとわかれば教会を閉鎖してほしい。 そのあとの任地は西中国教区が責任をもって保証するから・・・>と話していました。
しかし、西中国教区議長のその言葉はその場限りの<口から出任せ>の言葉であることは赴任してすぐ直面することになりました。 西中国教区の牧師たちは、一斉に私の批難をはじめました。 <吉田牧師は傲慢だ! 前任者が自害した教会で伝道と牧会ができると思っているのだろうか。傲慢にもほどがある! >と。
赴任してまもなく、その教会の半数が被差別部落の関係者であることが分かりました。 それで想像を絶するような多くの体験をさせられることになりました。 被差別部落の関係者による牧師と牧師の家族に対する意味不明な嫌がらせと誹謗中傷・・・。 <牧師は被差別部落出身のどの信徒よりも貧しい生活をしなければならない>とか、<今度は私達が牧師と牧師の家族を差別する番だ>とか・・・。
事態が大きく変わったのは、私が赴任と同時に会員になった、山口県立高校の教師、新聞記者の方々の<読書会>主催で『やられたらやりかえせ』の映画上映会をすることになり、その事務局を私が引き受けたことにはじまります。 そのときに知り合った部落解放同盟新南陽支部の方々との交流の機会が与えられ、その学習会に参加して被差別部落の方々からいろいろなことを学びはじめました。 その内容は教会の役員会ですべて報告しました。 教会員の半数は、<被差別部落から離れて一般人として生きるためにキリスト教の信者になったのに、牧師が被差別部落に出入りするようになると、やがて私達が被差別部落出身者であるとわかるようになる。 そんな牧師とは一緒に生きることはできない・・・>といって教会を去って行かれました。
教会に残った半数の教会員は、私に副業を持ち経済的基盤をつくり、教会が直面している問題を克服してほしいと要求してきました。 教会役員会は、私が部落解放同盟新南陽支部に出入りすることを許容、被差別部落出身の教会員が去ったあとのクリスマスイブ礼拝には、残った教会員と部落解放同盟新南陽支部の方々で守るようになりました。 被差別部落を離れ、被差別部落出身者であることを隠し、被差別部落の人々に対する差別者の仲間入りをして生きる<暗い>人々と、部落解放同盟新南陽支部の学習会に参加されている被差別部落のおじさんやおばさんの差別を跳ね返して生きる<明るい>人々との出会いは、部落差別に関する私の認識を大きく変えていくことになりました。
被差別部落の人々の出会いの多様性がもたらす明暗・・・。 どのような被差別部落の人々に出会うかによって、部落差別に関する認識が大きく別れてきます。 差別から逃れることなく、差別を引き受けて、それから自らを解放して生きていこうとする<明>の生き方を共有することになるのか、それとも、部落差別から逃亡してきた人々の秘密を共有して<暗>の生き方をすることになるのか・・・。
牧師である私の日々の祈りは、<主イエスさま、あなたがもし現在を生きて歩まれていたとしたらどの道を歩まれるのでしょうか? ふつつかなしもべである私は、主イエスさまのみ足のあとに従って歩みたいと思います。 私を主イエスまが歩まれる道に導いてください・・・>というものでした。 祈りつつ、部落差別の<明>と<暗>を突き抜けた先にまっていたのが『部落学序説』でした。 『部落学序説』は、聖書主義・敬虔主義を生きる日本基督教団の牧師である私のひとつの信仰の告白でもありました。
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