2023/09/05

賀川豊彦著『貧民心理の研究』(初版本)を読み始める・・・

    今日も体調がすぐれず、棚田の田には、昨日農業用水路からの取水を止めていたので、取水を再開するためにでかけただけです。

    ついでに、少しでも田のヒエを刈り取ろうと思ったのですが、棚田の田は無風状態で湿度が高く、短時間しかヒエをとりのぞくことができそうにないのでヒエ取りを断念して帰ってきました。

    少しく仮眠をとったあと、かって、部落解放同盟によって差別文書として廃刊に追い込まれた賀川豊彦著『貧民心理の研究』(初版本、大正14年)を読み始めました。 この『貧民心理の研究』は、『賀川豊彦全集第8巻』(昭和37年)に賀川豊彦研究の史資料として収録されていたのですが、部落解放同盟の糾弾によって廃刊に追い込まれたもので、ほとんどの人はこの本を読むことができなくなっていました。

    私が、西中国教区部落差別問題特別委員会で、<『賀川豊彦と現代教会』問題に関する討議資料(教会・教区での討議のために)>(第1部・第2部)を読んで発題するように要求され、観音町教会の蔵書である『賀川豊彦全集』(1981年第1版第3刷) を借りて全巻を通読したとき、第3刷は、
『賀川豊彦全集第8巻』が廃刊にされたあとであったので、読むことはできませんでした。 原文を読まないで原文に内在する賀川豊彦の差別性を指摘しろという難題に困惑しながらも、第8巻をのぞく『賀川豊彦全集』を全巻読むことにしました。 その結果が、私の発題「討議資料の欺瞞性を撃つ 賀川豊彦は差別者か」でした。 <討議資料の欺瞞性を撃つ>という、日本基督教団の賀川問題の取り組みを否定するような表題をつけたのは、私の中に賀川豊彦に対する尊敬の念が存在していたためです。 しかし、私の発題は、賀川豊彦の差別性を指摘する側からも賀川豊彦を尊敬している側からも、両側から批判されることになりました。 そのとき私は、賀川豊彦の差別性を指摘する側もそうでない側も、『賀川豊彦全集』を読んだことがあるのだろうかと疑念の思いを持ちました。

    <問題は、その〇〇についての知り方にある。 その知り方が、永年社会に培われてきた偏見と予断によって〇〇を歪曲化し、その実像をゆがめた形で行われてきたところに実に間違いがあるわけである。 人は偏見によって〇〇の虚像をふくらましている。しかもその虚像は美しい形ではなくして、必ず悪しき形として人々の意識にとらえられる・・・>(雑誌『世界』)。

    この文章は、原田伴彦の文章の1節ですが、〇〇には<部落>という言葉が入ります。 しかし、この〇〇に<賀川豊彦>あるいは<賀川豊彦の差別性>という言葉を入れても意味が通じます。 つまり、賀川豊彦の差別性を指摘する側も賀川豊彦のそれを否定する側も同じ論理・同じ論法を駆使しているのです。 

    私の発題に「討議資料の欺瞞性を撃つ 賀川豊彦は差別者か」という題をつけたのは、賀川豊彦の<虚像>ではなく<実像>を明らかにしたいと思ったからです。 <実像>を知りたいという思いが、<賀川豊彦の差別性>という言葉の中に、賀川豊彦の<個人的差別意識>と<社会的差別意識>の両側面があり、<賀川豊彦の差別性>は、討議資料が賀川豊彦の<個人的差別意識>に集中して批判しているのに比して、私は、賀川豊彦の<社会的差別意識>をとりあげたのです。 <賀川豊彦の差別性>は、賀川豊彦とその時代精神だけでなく、今日的なキリスト者とその思想の中にも内在していると指摘したのですが、それを評価してくださったのは、『賀川豊彦全集』の出版元であるキリスト新聞社であったのは、想定外の結果でした。

読書の秋は、EnglishWriting能力の向上を目指して・・・

    今日は9月5日・・・。

    暦の上ではすでに秋にはいっているのですが、残暑はまだまだ続くようです。 今年の読書の秋は、English Writing 能力の向上を目指して、この春、Amazon経由で入手した関連書籍を読破、その知識・技術を身に着けることにします。 

    『Oxford American Dictionary & Thesaurus』 (第2版) を入手して、私の一連の英語辞書の収集は終わりを迎えました。 その後、Amazon で関連書籍を検索しても、<あったらいいな・・・>と思う英語辞書には遭遇していませんので、私に必要な英語辞書はすでに入手してしまているのでしょう。


『部落学』の執筆計画・・・

    English Writing で、『Historical Truth of Discriminated Burakumin』を執筆することにしていますが、その時の私の視点・視角・視座をあらためて確認しました。

    1. 個人的差別意識の批判的検証
    2. 社会的差別意識の批判的検証
    3. 社会的差別意識の背後にある差別思想<賤民史観>の批判的検証
    4. 差別思想<賤民史観>の背後にある差別思想<○〇史観>の批判検証

    私が、〇〇史観を差別思想として批判検証することを指向していることを気づかれた、『部落学序説』の読者の方々は少なくありません。差別思想<賤民史観>の背後にある差別思想<○〇史観>の<○〇史観>を批判検証することで、左翼主義思想の学者・研究者・教育者・運動家、政府・地方行政の役人のすべてを敵にまわす可能性もあります。

    <〇〇史観>は<天皇制史観>のこと・・・。 「天皇制」という用語は、「賤民史観」同様左翼思想の学者・研究者・教育者・運動家が作り出した用語です。 <貴なければ賤なし>といわれますが、『部落学序説』の私の視点・視角・視座からしますと、<差別思想「天皇制史観」なければ差別思想「賤民史観」なし>と解釈することになります。 無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私は、さらに<福音派>と<社会派>の両方から誹謗中層・罵詈雑言の批難にされされることになります。



今日は無風状態で湿度が高い・・・

    今朝は無風状態で湿度が高い・・・。

    7:30前の居間の座卓の温度計は25.2°C、湿度81%・・・。 結局、朝の草取りにはでかけませんでした。 夏日・猛暑日の続いたこの夏の<晴耕雨読>の日々は終わりに近づいています。

    晴読雨耕・・・

    ことばの本来の意味がまったく逆転してしまうような日々でした。 無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私の独学法は、75歳になった今も健在・・・。 ひとは認知症になると、それまでの人生で発言した内容と真逆の話をするようになるようですが、少なくとも今の私は、発言の内容に一貫性を保持することができているようです。

    日本基督教団西中国教区山口東分区の小さな教会の牧師をしていたとき、山口東分区長のK牧師から、侮辱・憎悪・敵意という言葉があてはまるような悪口雑言を浴びせられることは二度や三度ではありませんでしたが、「時代が変わって、共産党が政権をとって、<寝た子を起こすな>が正しい時代が来たら、今度はおまえが糾弾される立場になる。 それでもいいのか! 」 「おまえは、教区や分区から浮いているだけでない。 共産党からも浮いている! 」というK牧師の私に対する批判は、私に対する別な運動論からの批判でした。 

    元日本基督教団部落差別問題特別委員会委員長の東岡山治牧師は、<吉田牧師を切り捨てたことで、K牧師をはじめとする日共系の牧師・信徒たちが東岡山治牧師の活動を支援してくれるようになったと喜んでいましたが、日本基督教団部落解放センターも東岡山治牧師と同質的存在・・・、であるといつしか思うようになりました。 日本基督教団の部落解放運動は呉越同舟の泥船による彼岸にたどり着くことのない此岸からの旅立ちであったようです。

今朝も夏バテ・・・

    今朝も夏バテ・・・。

    朝4:30に目が覚めたのですが、1階の居間におりてきたのは朝5:30・・・。 しかし、棚田の田の草取りにでかける気力が起こらず、様子をみることにしました。 居間の座卓の上にある温度計は24.6°C、湿度82%・・・。 体調が悪いのは湿度が高いせいかもしれません。

    日本基督教団の神奈川教区・西中国教区で牧師をしていた、私の人生の主要部分は、ふりかえって懐かしい思い出ばかりではなく、むしろ、思い出す都度怒りがこみあげてくるようで出来事が少なくありませんでした。 私は、日本がロシアや中国のような社会主義国家になるのは反対・・・。 理由は、人権抑圧・言論弾圧、体制になじまないものを徹底的に排除・疎外する手法は、日本基督教団西中国教区の山口の小さな教会で、<部落解放同盟>のことを<解同>と呼ぶ牧師・信徒によってさんざん嫌な経験をさせられましたから、日本が彼らがのぞむような社会、国家になるときは、自由主義・民主主義、人権擁護と言論の自由の世界を生きてきた私にとっては、まさに<地獄>・・・。 2013年、日本基督教団西中国教区という<バビロン>での捕囚から解放されたのですから、人生の晩年は、もっと自由に生きていいとは思うのですが、人生は連続した歴史の積み重ねですから、そうもいきません。 主なる神さまから与えられた<所与の人生>を拒否するのではなく、それを受け入れ、主イエスさまのみあしのあとに従って歩むのが、聖書主義・敬虔主義・実存主義・合理主義・相対主義の私の選んだ生き方ですから・・・。

2023/09/04

今日は一日雨、夏バテ状態に・・・

    今日は一日雨が降っています。

    妻も私も夏バテ状態・・・。 75歳の後期高齢期に入った私は、あたまもこころもすっかり高齢者の領域に・・・。

    午後は、『部落差別から自分を問う』のキーボードからの入力を終えたので、本田豊著『被差別部落の形成伝承』の続きを読んでいました。 本田豊氏は、被差別部落の古老から聞き取り調査をするとき、それを正確に書きとどめることに全精神を集中して作業しておられるのでしょう。 聞き取り調査を終えたあと、その古老の証言を、部落史研究者としてどのよに歴史的にその事実を解明していくのか・・・。 これまで読んだ本の範囲ではなにも語られていないように思われます。  聞き取りをするとき、もう少していねいに突っ込んだ聞き取りをすることができたらよかったのにと、無学歴・無資格 (Academic Outsider) で部落問題・部落史研究の門外漢である私はそう思います。 

    日本基督教団の一牧師である私が、山口県の未指定地区を含めて被差別部落の古老と出会って聞いた彼らの伝承と歴史は、すべて徳山市立中央図書館郷土資料室や山口県立図書館の蔵書で確認をとることができました。 本田豊著『被差別部落の形成伝承』は、埼玉県の被差別部落の古老からの聞き取りが多いようですが、私の手元にある埼玉県の被差別部落関連の本はわずか数冊程度・・・。 論文集の中に、埼玉県の被差別部落に関する論文も含まれていますので、今度蔵書の整理をするときに、そのリストをつくってみることにしましょう。

『田舎牧師の日記』の部落関連記事はBlogger上に『部落学夜話』と題して転載することに・・・

    『田舎牧師の日記』の部落関連記事は、Blogger上に『部落学夜話』と題して転載することにしました。

    こちらは、テキストファイルとして保存していますので、再タイピングする必要はありません。 『部落学序説』の内容に対する批判・コメントは多種多様なので、反対・賛成、肯定・否定にかかわらず、全体像を把握することができるように再掲する予定です。

    Bloggerの『部落学序説(データベース)』にこのような文章が掲載されていました。

    <
今回の主題は、筆者にとって、非常に書きづらい主題です。

    というのは、筆者が、所属している日本基督教団西中国教区の部落差別問題特別委員会の委員をしていたとき、ある人物の全集を読んで、その差別性を指摘したことがあります。

    1988年度の西中国教区の部落解放セミナーで原稿なしで発題、その内容をあとで、自分で文章化したのですが、その文章は、3年後、『資料集『賀川豊彦全集』と部落差別』に収録されることになりました。

    その文章は、筆者が、西中国教区・部落差別問題特別委員会の委員をしていたときに書いた、最初で最後の短い論文ですが、この論文で書いた内容をめぐって、筆者は、西中国教区、特に、山口東分区の教職・信徒の方々から激しい抗議と「批難」を受けることになります。

    当時、山口東分区の分区長をしていた、T教会・K牧師の筆者に対する「批難」は代表的なものです。 K牧師は、筆者をこのように「批難」するのです。

    人間は、歴史的な存在だ。 日本基督教団の戦前・戦後を通じての偉大な指導者である賀川豊彦は、その歴史の中で日本の福音宣教のために大きな働きをした。 しかし、おまえは、現代的な視点から、賀川豊彦を批判する。傲慢の極みだ。 そういうことができるのは、おまえの人間性がおかしいからだ。 賀川豊彦を批判することは、教団・教区だけでなく、キリスト教界を批判することになる。 学者でもないのに学者ぶった話をするな、即刻、賀川豊彦批判をやめろ。

    筆者は、『賀川豊彦全集』(全24巻)を通読して、賀川豊彦のことばを要約してみせただけなのですが、分区長・K牧師の「激怒」は、筆者にとっては異常と思えるものでした。過去の人物の全集を読んでまとめる作業をしただけの筆者に、どうして、そんなに異常反応を起こすのか・・・、筆者はそのとき解せないでいました。

    それ以前にも、西中国教区部落差別問題特別委員会の宗像基委員長に、「具体的に部落差別問題に取り組め」といわれて、ある出会いをきっかけに、部落解放同盟新南陽支部の学習会や対市交渉、糾弾会に陪席させてもらうようになったときも、分区長・K牧師は、「激怒」して、筆者を徹底的に「批難」してきました。

    「人の嫌がる差別問題に首を突っ込むのは、おまえの人格に欠陥がある証拠だ」、「おまえの発想は解同と同じだ。人が避けて通る問題に、あえてかかわろうとするのは、おまえの人格に欠陥がある証拠だ」と、牧師会で罵声を浴びせられたこともあります。

    あるとき彼は筆者にこのように語りました。「分区として、おまえに部落差別問題特別委員会の委員に推薦したのは、おまえに委員をまかせておけば、何もしないし、何もできないだろうと思ったからだ。それなのに、なぜ、解同と一緒に行動しているのだ」。>

    無学歴・無資格 (Academic Outsider) で部落問題・部落史研究の門外漢である私を、設置されたばかりの西中国教区部落差別問題特別委員会委員に<推薦>したのは、当時の分区長・K牧師の人選ミスだったのでしょう。 <山口では、日本共産党と行動を共にしていないと宣教活動はできない>と主張する牧師が少なくありません。 あるとき、神奈川教区の牧師がわざわざ山口まで来て、<吉田牧師は日本共産党からも浮いていると聞かされている。 山口では、日本共産党と行動をともにしていないと宣教活動ができない・・・>と話していましたが、<解同>、<解同>と口角泡を飛ばして語る牧師のなんと多かったことか・・・。 赴任した年の正月、先輩牧師から<ついてこい>と電話がありました。 <どこに行かれるのですか?>と尋ねますと、<ついてくればわかる>といいます。 先輩牧師に連れて行かれた場所は。日本共産党下松支部の旗開き・・・。 非政治的で哲学好きの私は、彼らから徹底的に排除・疎外されることになりました。 <ラディカルな牧師>とラベリングされて・・・。

    西中国教区部落差別問題特別委員会の委員長であった東岡山治牧師は、<西中国教区の牧師・信徒は、吉田牧師を教区の部落差別問題との取り組みから切り捨てるならあなたに協力してもいいという人が多いので、吉田牧師を切り捨てることにした>と私に直接語りかけてきたことがありますが、それからしばらくして、東岡山治牧師から、<吉田牧師が切り捨てたことで、西中国教区の多くの牧師が協力してくれるようになった。 吉田牧師を切り捨てたことはよかった・・・>と話していましたが、東岡牧師は、<部落解放同盟>を<解放同盟>と呼ぶ私を切り捨て、<部落解放同盟>を<解同>と呼ぶ西中国教区の牧師・信徒と部落差別問題の取り組みをはじめられました。 日本基督教団部落解放センターと共に、私の部落差別問題との取り組みに関するレポート『部落差別から自分を問う』という原稿用紙300枚の論文を没収・廃棄処分にし、言論弾圧をしたことで、教団部落解放センターと元日本基督公団部落差別問題特別委員会委員長の東岡山治牧師とは完全に交流が絶たれてしまいました。

    <寝た子を起こすな>という彼らの主張は、<いつまでも寝た子どもでいたい>、<寝た子を起こすいかなる行為も差別である>ということを意味していました。

『貧民心理之研究』と『賀川豊彦全集第8巻』・・・

    1988年西中国教区の部落解放セミナーで『賀川豊彦全集』を読んで、私が発題することが西中国教区部落差別問題特別委員会で決まり、観音町教会の蔵書を借り受けて『賀川豊彦全集』全巻を通読することにしました。 といっても、問題にされている『貧民心理の研究』を含む第8巻は欠巻になっている版でした。

    教区部落解放セミナーでの発題のあと、観音町教会に『賀川豊彦全集』を返却しようとしますと、返却に及ばないとのことで、そのまま、私の蔵書にすることになりました。 その後、グリーン本の『賀川豊彦全集』の第8巻と、 『貧民心理の研究』の初版本を入手しましたが、まだ一度も、
『賀川豊彦全集』の第8巻と『貧民心理の研究』(初版本)を読んだことはありません。

    それで、今日、書庫のなから、『賀川豊彦全集』の第8巻と『貧民心理の研究』(初版本)を取り出して、いつでも読めるようにしました。 ついでに鎌田正忠著『農民心理の研究』も取り出して、2人の<社会心理>の研究家の言説を比較研究することにしました。 当時、<部落>概念がどのように用いられていたのか、知ることができると思いますので・・・。

講師料はすべて部落解放同盟新南陽支部にカンパ・・・

    日本基督教団西中国教区の部落差別問題特別員会の委員をしているときに、西中国教区の教会や他教区(九州教区など)で部落差別問題に関する講師をしていたとき、謝礼としていただいた講師料は、すべて、部落解放同盟新南陽支部にカンパしていました。

    被差別部落出身と宣言する牧師の中には、<部落差別問題をめぐって1銭でも儲けたら差別者として糾弾する>と宣告する人が少なくなかったので、後難を避けて、講師料はすべて部落解放同盟新南陽支部にカンパすることにしていたのですが、日本基督教団部落解放センターをはじめ各教区部落差別問題をめぐる<収入>はすべて、正当な部落解放運動の担い手である教団部落解放センターにあるとの<特権>を持っており、第三者がその<特権>をおかすことは断じて許さない・・・、との主張があったようです。

    部落解放同盟新南陽支部は、そんな私のカンパを私的に流用することなく、折に触れて、彼等との部落史研究に使う史資料を提供してくださいました。 その中には、西中国教区教区の牧師のなかで万年、初任給の半分以下の謝儀しか受け取っていない私が入手することが不可能な高価な史資料も入っていました。 たとえば、『城下町警察日記』とか、『城下町牢番頭仲間の生活』とか・・・。

    部落解放センターの全国部落解放キャラバンが行われたとき、その牧師たちから、<山口の地で集めた史資料を全部持って来い>との要求がありました。 持って行きますと、布引敏雄著『長州藩部落解放史研究』1冊を抜き取って、「これはもらっていく、あとはあんたのとり分だ」と言って<強奪>して行きました。 私の『部落学序説』を読めばわかるように、私は山口県立古文書館の布引敏雄研究員の研究に対しては否定的、同じ研究員の北川健先生の論文には好意的・肯定的です。 部落解放全国キャラバン隊が『長州藩部落解放史研究』の内容まで熟知していたとは思えません。 本の題名と本の体裁だけで判断して<強奪>を決めたのでしょう。 内容を知っていたとしたら、教団部落解放センターも〇〇系・・・?

    日本基督教団部落解放センターと部落解放同盟新南陽支部の、無学歴・無資格 (Academic Outsider) の一牧師に対する姿勢と対応の乗り越えがたいギャップ・・・。 部落解放同盟新南陽支部の部落解放運動は信頼できるけれど、教団部落解放センターの部落解放運動は信頼できない・・・、そんな気持ちが芽生えていたころの、教団部落解放センターと元教団部落差別問題特別委員会委員長による、私の原稿用紙300枚のレポートの没収・廃棄の<言論弾圧>・・・、関係が決定的に破壊されることになったのは言うまでもありません。

Blogger上に『ある牧師の社会的差別意識』を作成・・・

    午前中、Blogger上に『ある牧師の社会的差別意識』を作成しました。

   <<ある牧師の社会的差別意識

キリスト新聞社『資料集『賀川豊彦全集』と部落差別』に掲載された、1988年西中国教区部落解放セミナーでの発題『討議資料の欺瞞性を撃つ 賀川豊彦は差別者か』の転載・・・>

    私は、無学歴・無資格 (Academic Outsider) なので、いわゆる論文の書き方に精通していません。 出典を明記していない『賀川豊彦全集』からの引用文を調べて出典箇所を明記する注をつけて、論文の体裁にしてくださったのは、キリスト新聞社の編集部の担当者の方です。

今朝、『部落差別から自分を問う』の転記作業を終える・・・

    1996年に日本基督教団部落解放センターによって没収・廃棄処分にされた『部落差別から自分を問う』という原稿用紙300枚(新書1冊分)のレポートを<Blogger上の『ある部落差別問題に関するレポート』に移植する作業をしていましたが、今朝全111ページの転記を終えました。

    最後の文章は、

   <1995年のクリスマス・イブ、山口のちいさな教会に赴任してはじめての、ホワイト・クリスマスでした。 夜の冬の空に雪がちらつき、積りはじめていました。 小さな、ちいさな教会の中で、教会員と被差別部落の人々が集まって共に礼拝を守りました。 その時、松本治一郎の母親と同じ名前のおんなの子(書記長ご夫婦の娘さん)が、イブ礼拝に参加したひとりひとりのキャンドルに点火していきました。 一年一年、成長していくこどもたちが、被差別部落の新しい時代を築くことができるよう、そして、私たちの教会も、それと共に新しい時代を生きることができるよう、主イエス・キリストに願わざるを得ませんでした。 >

    『部落差別から自分を問う』を読んだ部落解放センター(当時の主事は角樋平一牧師)は、私に原稿を提出させ、その後、

    (1) 原稿を没収・廃棄処分にしたこと、
    (2) 吉田牧師の部落差別問題との取り組みは無かったことにするにする
    (3) 吉田牧師は即刻部落差別問題との取り組みをやめること
    (4) それでも部落差別問題と取り組むなら教団とは関係のないところでやれと

を通告してきました。 また当時の西中国教区部落差別問題特別委員会委員長(元日本基督教団部落差別問題特別委員会委員長)の東岡山治牧師は、

    (1) 西中国教区の教会の牧師・信徒は<解同>と行動を共にする吉田牧師を西中国教区の部落差別問題の取り組みから排除するなら協力してもいいとの声が多く、吉田牧師を切り捨てることにした
    (2) 吉田牧師を切り捨てた結果、<解同>の嫌いな多くの牧師・信徒が協力してくれるようになりカンパの額も増えた。 吉田牧師を切り捨てたことは正解であった。

    京都教区からは、

    (1) 被差別部落出身でない差別者の吉田牧師の部落差別問題との取り組みは評価するに値しない
    (2) 吉田牧師が部落差別問題に関して、出版して1銭でも収入を得たときは差別者として糾弾する

と、言い渡されました。 それ以来、私は、日本基督教団の部落解放センターや西中国教区・京都教区の部落差別問題との取り組みから排除・疎外され、私も<解同>ともうまくやっていこうとする取り組みから全面的に撤退することにしました。検証と論証を放棄して、言論弾圧を持って報いる日本基督教団部落解放センターの取り組みに一挙に関心を喪失してしまいました。

    1988年の西中国教区の部落解放セミナーにおける私の発題『討議資料の欺瞞性を撃つ 賀川豊彦は差別者か』が、キリスト新聞社発行の『資料集『賀川豊彦全集』と部落差別』に掲載されたことで、西中国だけでなく全国の教区の教会・牧師・信徒からの排除・疎外が確定され、西中国教区教区の山口の小さな教会で<捕囚>の日々を過ごすことになりました。 農村伝道神学校の校長は、<吉田牧師は一度も自殺をしたいと思うほどの経験をしたことがない。 それは、牧師を続けるうえでよろしくない。 西中国教区で吉田牧師が自殺をしたいと思うほど追い詰めてやってほしい。 それが結果的には吉田牧師のためになる>と、西中国教区の主な牧師たちにすすめたことで、私は言語に絶するような経験をさせられることになりました。 誹謗中傷・罵詈雑言は序の口で、聖書の信仰とは真逆の世界に直面させられました。 多くのひとは、私を<阿佐ヶ谷東教会で神学生時代を過ごしたラディカルな牧師>と評していました。 <大学紛争・大学闘争>のときに、東京神学大学学長を排除した阿佐ヶ谷東教会の権化であるかのように・・・。 東京神学大学卒の牧師たちから徹底的な排除・疎外にさらされることになりました。 <社会派>と<福音派>とを問わず・・・。 孤立無援の私の<バビロン捕囚>の日々は、宗教法人解散で幕が閉じられました。 退職金を放棄し、宗教法人の基本財産を包括団体である日本基督教団に寄付をして・・・。

2023/09/03

あと数日でキーボードからの入力が終わる・・・

    1996年に日本基督教団部落解放センターによって没収・廃棄処分にされた『部落差別から自分を問う』という原稿用紙300枚(新書1冊分)のレポートを<Blogger上の『ある部落差別問題に関するレポート』に移植する作業をしていますが、全111ページの108ページまで入力を終えました。

    あと3枚で全119ページすべてをBlogger上の『ある部落差別問題に関するレポート』に移植が完了します。

    そのあと、キリスト新聞社『資料集「賀川豊彦全集」と部落差別』(1991年刊)に掲載された私の文章「討議資料の欺瞞性を撃つ 賀川豊彦は差別者か」をBlogger上の『ある牧師の社会的差別意識』と題して転載することにしました。


    『資料集「賀川豊彦全集」と部落差別』の資料は次の第三部から構成されています。
    資料第一部(原文資料)
    資料第二部(経過資料)
    資料第三部(「賀川豊彦問題」論)
    
    1. 小野一郎(教団部落解放センター委員会委員長)
    2. 遠藤 彰(同志社大学神学部教授)
    3. 工藤英一(明治学院大学教授)
    4. 佐治良三(日本基督教団いずみ教会牧師)
    5. 市田純基(日本自由メソジスト教団大阪東南教会牧師)
    6. 向井金蔵(日本基督教団神崎川教会牧師)
    7. 加藤鉄三郎(大阪キリスト教短期大学専任講師)
    8. 角樋平一(日本基督教団部落解放センター主事)
    9. 土肥昭夫(同志社大学教授)
    10.吉田光孝(日本基督教団西中国教区部落差別問題特別委員会委員)

    私の文章が『資料集「賀川豊彦全集」と部落差別』に掲載されたことで、西中国教区の先輩牧師たちから徹底的に排除・疎外されることになりました。 <無学歴・無資格のくせに、学者ぶった論文を書いたりするんじゃない! >と激怒されました。 賀川豊彦は、日本のキリスト教会の歴史に残る有名な指導者の一人、戦後、ノーベル平和賞の候補にもなった日本基督教団の牧師・・・。 その賀川豊彦をラディカルに批判したということで・・・。 10人の文章のなかで、私の文章が一番長文でした。 日本基督教団の牧師になるために農村伝道神学校で勉学しているとき実践神学特講で、工藤英一・明治学院大学教授の部落問題・部落史研究法の手ほどきを受けました。

ミヤマアカネに噛まれる・・・

    妻が猪苗代へ買い物に行くというので、妻のくるまを庭から出すためにくるまに近づいたとき、農機具の小屋の前に、クモの糸にひっかかったミヤマアカネというトンボ1匹とクモの姿が見えました。

    近づいて、ミヤマアカネの生死を確かめたところ、まだ生きていることが分かったので、そのミヤマアカネをクモの巣から切り離して、左の手に載せ、右手でそのクモの糸を1本ずつ丁寧に取り除いていきました。 クモの糸にからまって動かすことができなくなっていたミヤマアカネの4枚の羽根が元のように動きはじめた、その瞬間、私は、<痛い! >と声をあげました。 なんと、そのミヤマアカネ、手のひらから飛立つ前に、私の中指に嚙みついて、すぐ飛び立って行ったのです。

    妻は、<アカネさん、とても怖かったので、そんな行動をとったのでは・・・? >と解釈していましたが、私は、<ありがとう、てそれを噛むという行動でしめしたのではないのかな・・・。 黒猫黒兵衛の癖に、そんなことがあった。 黒猫黒兵衛の好きなものをあげたあと、よく、私の指をかんで離れていったことが何度もあった・・・。 アキアカネも、行動でしめしたのかもしれない。 噛まれたけれど、傷はしていない・・・。 >と、私の解釈を話しました。

朝5:00-9:00、棚田の田で草取り・・・

    今朝4:00に起床・・・。

    朝5:00~9:00まるで、棚田の田の草取りをしました。 最初の2時間は、コシヒカリの田ノヒエ取り・・・。  今日はコシヒカリの田の北側の一部を試験的に除草しましたが、今年は異変が生じているようです。 例年、コナギが繁茂している場所ですが、コナギの姿が見えません。 その代わり、浮き草がびっしり生えています。 浮き草が繁茂して、光を遮られ、コナギは成長することができなかったようです。    

    今年、コシヒカリノの田で浮き草が繁茂したのは、(1)夏日・猛暑日が続いたこと、(2)農業用水路の水が断水することがなかったので常時湛水栽培が可能になったこと、(3)温水田の草取りを徹底したこと・・・が原因としてあげられます。

    コシヒカリの田のヒエが繁茂する場所は、水が行き届かなかった田の中央部分でしたが、今年は温水田からコシヒカリの田への給水用UV管をあらたに設置し直したことで、コシヒカリの田全体に水が行き渡るようになったので、今ヒエが生えている場所は、これまでとは違う場所です。 稲刈りの前までに取り除けばいいので、毎日無理をしない程度に田のヒエとりを続けていきます。
 

2023/09/02

かもしれない。そうだといいのですが・・・

     今日、集中的に、1996年に日本基督教団部落解放センターによって没収・廃棄処分にされた『部落差別から自分を問う』という原稿用紙300枚、新書1冊分のレポートをBlogger上の『ある部落差別問題に関するレポート』に移植する作業をしていました。


    現在、全111ページのうち1~101ページまでの移植を終えることができました。 残るはあと10ページ・・・。 ちょうど91%に達しました。 あと9%・・・。

    27~28年前に書いた文章ですから、たぶん、すっかり時代遅れのものになってしまっているのでしょうね・・・。 日本基督教団部落解放センターや各教区部落差別問題特別委員会の取り組みによって、教団・教区・分区・教会の部落差別問題との取り組みは前進し、日本基督教団の教区・分区・教会にはもはや差別発言や差別行為は根絶され、差別なき信仰者の群れを形成している・・・。

    私が神学校を出て神奈川教区の開拓伝道所に赴任したとき、教区総会でいろいろ質問を受けました。 その質問のひとつに、<牧師として部落差別問題にどう取り組むのか>というのがありました。 そのとき、私は、<自分の内なる差別性を見直しながら、差別問題とも関わっていきます・・・。 >と答えたのですが、神奈川教区の牧師たちは、<私たちは、被差別部落に対して、差別意識を持っていない。 しかし、あなたは、自分の内に差別意識があることを認めるという。 そんなことで、今日の、部落解放という教団や教区の課題を担うことができるのか>と詰問してきました。

    神奈川教区の牧師たちが<部落差別意識を持っていない>と宣言してから40数年の歳月が流れいますから、さらに日本基督教団と各教区の部落差別問題の取り組みは前進、差別社会の中にあって、差別なき共同体を形成されているのでしょう。 西中国教区も、元日本基督教団部落差別問題特別委員会院長の指導を仰いですべての差別的体質を払しょくし、日本基督教団の部落差別問題の取り組みの中にあって先駆的な役割をになっている・・・
、のかもしれません。 そうだといいのですが・・・。

    日本基督教団部落解放センター、西中国教区・京都教区の部落問題との取り組みから排除・疎外、切り捨てられ、私の部落差別問題との取り組みはなかったことにされて久しいので、切り捨てられて以降の教団の部落差別問題との取り組みについては寡聞にして何も知りません。

朝5:00に起床、5:30-8:30棚田の田の土手の草刈り・・・

    今朝は5:00に起床・・・。 5:30~8:30、妻の実家の棚田の田の土手の草刈りをしました。

    妻の実家の棚田の3枚の連続した田は、中山間事業の対象となる棚田のどんじりの田です。 その下の段から平地になります。 棚田の水田の土手は普通急傾斜・・・。 草刈り機を左右に動かしながら斜面の土手を草を刈りながら前に進むというのは、とても疲れます。 土手の下は、1.5m深さのコンクリートの農業用排水路ですから、そこに草刈り機共に落下しますと大けがをする可能性があります。 それでなぞえを滑り落ちないように、落ちそうになっても土手側にからだを預けることができるような体勢で草を刈っていきます。

    注意していても、今日も4~5回、草に足を滑らせて土手のなぞえに尻もちをつきました。 棚田の田の北側の土手の草刈りをすませたあと西側の農道沿いの土手の草刈りをしました。 さらにそのあと、棚田の上の田の雨除け栽培用トンネルの南側の草刈り、トンネルの中の通路の草刈りをしました。 草刈り機で草を刈った時間は正味2.5時間ほどですが、両手に痛みがくるし、腰にも痛みがくるようになって、草刈り作業は中断・・・。 北側の土手の草刈りは明日に延期することにしました。

    自転車ででかけるとき、あたまを水で冷却するための帽子は被っていったのですが、麦わら帽子を被るのを忘れてしまいました。麦わら帽子を被っていると、もうすこし作業をして帰ることができたのですが・・・。

    午後1:00の居間の座卓の上の温度計は、30.6°C、48%でした。 今日も扇風機の風はなまあたたかい・・・。 妻は、朝収穫した有機・無農薬栽培の野菜を持って野菜直売所・湖南四季の里にでかけました。 昼夜の寒暖の差が大きくなり、妻が栽培しているミニトマトがあまくなりはじめました。まもなく糖度が増し、フルーツのようなトマトになります。 プロのトマト栽培農家が多い湖南で、素人百姓の妻の大玉トマトやミニトマトを名指しで買ってくださるお客さんも少なくありません。


    

2023/09/01

今日の会津の天気は、最高気温37.1°Cで<銅メダル>・・・

    今日の会津地方の天気は、全国第3位37.1°C・・・。

    今日も日中の農作業は休み・・・。  妻のふるさと・湖南の赤津村で一番ちいさな農家である妻の実家にはクーラーはありません。 昭和の暮らしよろしく扇風機のみ・・・。 その扇風機から出てくる風はなまぬるい風・・・。 扇風機をかけていないと汗がにじみでてきますので、なまぬるい風でも扇風機は一日中かけっぱなしにしています。

    インスタントコーヒーや紅茶、日本茶の中に氷を浮かべて水分を補給していますが、あたまの回転は鈍く、1996年に日本基督教団部落解放センターによって没収・廃棄処分にされた『部落差別から自分を問う』という原稿用紙300枚のレポートをBlogger上の『ある部落差別問題に関するレポート』に移植する作業をしていました。

    第3章 差別意識の諸相
     1.部落は近くにない
     2.寝た子を起こすな・・・
     3.部落には嫁にやれぬ・・・
     4.部落はこわい・・・
     5.部落でないからわからない
     6.最後にひとこと

    しかし、日本基督教団部落解放センターと元日本基督教団部落差別問題特別委員会委員長は、無学歴・無資格 (Academic Outsider) 、部落問題・部落史研究の門外漢である一無名の牧師の文章をなぜ没収・破棄を決断したのでしょうね?  私が、日本基督教団、西中国教区、京都教区の部落差別問題の取り組みから排除・疎外され、<もう、部落差別問題に関わるな!>と引導を渡される原因になった<ある部落差別問題に関するレポート>です。

    『部落差別から自分を問う』(『ある部落差別問題に関するレポート』)は、<個人的差別意識>ではなく<社会的差別意識>を取り上げています。 日本基督教団部落解放センターから排除疎外されたあと、2005年にインターネットのブログ上で公開執筆した『部落学序説』は、<社会的差別意識>の背後のある<差別思想>をとりあげたものです。 <社会的差別意識>を取り除くためにはその背後にある<差別思想><賤民史観>を取り除かなければならないと主張しています。

    『部落学序説』は、部落問題・部落史研究・同和教育(学校同和教育・社会同和教育)の学者・研究者・教育者・運動家・行政官のや啓蒙活動の中に、無自覚的に内在する差別思想<賤民史観>をとりのぞき、日本の知識階級・中産階級に属する左翼主義思想の解放理念に基づく<賤民>概念を無化、教育から排除することこそ、部落差別完全解消の最短の道であると説いています。




『Oxford American Dctionary & Thesaurus』が届く・・・

    Amazon に注文していた『Oxford American Dictionary & Thesaurus, Second Edition』が郵便物として届きました。 
    
    『Oxford American Dictionary & Thesaurus, First Edition』、『Oxford American Desk Dictionary & Thesaurus, Third Edition』と見比べていました。 First Edition と Second Edition はまったく異なる辞書でした。 『Oxford American Dictionary & Thesaurus, Second Edition』は、『Oxford American Desk Dictionary & Thesaurus, Third Edition』とほぼ内容が同じで、語源が付加されているのと、活字ポイント数が大きいので少しく読みやすくなっています。 活字のポイント数が小さく手も、印刷が明瞭なフォントが使用されていますので、『Oxford American Desk Dictionary & Thesaurus, Third Edition』の方が読みやすい・・・。

    これで、注文していた英語辞書が全部届きましたので、私の英語辞書集めは終了・・・。

   

<男>と<女>の恣意的な意味・・・

    日本基督教団西中国教区の山口の小さな教会の牧師をしていたとき、教会員の高齢の姉妹から、バラスだらけの駐車場跡地の教会の庭を再開墾して、ミニ菜園・お花畑をつくりました。 毎週礼拝堂に活ける花は、教会の庭に咲かせた木々の花や、米沢園芸で1ケース100円で販売されていた見切り品ばかりを購入して切り花を栽培していました。

    妻は、<ここは、米沢園芸のようなお店がないから、庭や畑を花でいっぱいにすることはできないわね・・・>とよく話をしますが、高齢の姉妹と一緒に教会の庭を再開墾しながら、当初予定していた広さの10倍まで開墾することにしました。 その作業をしているときに思い付いた<男>という漢字の意味・・・。

    <男>という漢字は、<田>と<力>の組み合わせ・・・。 その<力>は農作業をするときに必要な身体的・肉体的能力のことだと一般的に言われてきました。 しかし、教会の庭を再開墾していくとき、私は、<男>という漢字の<力>身体的・肉体的能力のことではなく知的・精神的力のことだと思うようになりました。

    1日で仕事ができる予想量を🔲であらわすことにしますと、1日で完了できる仕事量なら🔲だけでいいのですが、1日でできない場合🔲を+で区切って4日かけて作業することになります。 それを表す漢字が田 というこになります。 田の力というのは、計画を立てて計画通りに実践できる能力を持ったひとのことをさすことになります。 田で計画を実行することができなければ、田の一つの🔲をさらに田にわけて全部での16の🔲をつくります。 1日でできない農作業は4日で、4日でできない農作業は16日で、計画を立ててそれを実践できる能力をもった人が<男>・・・。

    <女>という漢字は、―という大地の境に立って、女性は上に向かって伸び(く)、下に向かって根を張る(ノ)ことができる存在・・・。  男性は上に伸びることができないとすぐ挫折し、夢も希望も失って地の底に埋没する・・・。 しかし、女性は、いついかなるときにも上に向かって伸び続けると同時に下に向かっても根を張り続ける・・・、生活と暮らしのためにしっかりとした基盤を作る能力を持ったひとのこと・・・。

朝5:00に起床して、6:00-9:30田の草取り・・・

    今朝は5:00に起床・・・。 6:00~9:30まで田の草取りをしました。 今朝も風はほとんど吹いていませんでした。 朝の日差しが差し込んできますと、日が当たらない方向に草をとっていきます。 棚田の田全体に日陰がなくなると、朝の田の草取りは終わり・・・。

    今日は、温水田の草取りもしましたが、温水たに入ってしばらくすると、1匹の赤とんぼがきて、私の左肩にとまりました。 私は温水たの草取りを続けましたが、赤とんぼは逃げだす雰囲気はなし・・・。 かなり長い間、私の左肩にとまっていました。 なにか、肩章をつけたような気分・・・。

    最近は、田の草取りの途中で、雨避け栽培用トンネルの中に大玉トマトを1個、持っていったペットボトルの水で水洗いして食べるのが週間になりました。 大玉トマト1個食べると、水分とミネラルの補給になるようで、熱中症の症状が出にくくなります。

昨夜, なでしこ3のマニュアルをプリントアウト・・・

    昨夜, 日本語プログラム言語なでしこ3のマニュアルをダウンロードしてプリントアウトしました.     なでしこ1.5で作成されたサンプルプログラムは, なでしこ3(gonako)で実行しようとしますと度々エラーが発生します. そのエラーをとることで, なでしこ3 (gon...