聖書の通読は, 高校生の時からの習慣ですが, 中学・高校で身につけた英語力をその後も維持し続けたのは, 岩波英和辞典や岩波英和大辞典をひきながら読み続けてきたたことにあります.
そのため, 1日に読んだ聖書の箇所は, 私の英語力に影響されますので, 1章の30%しか読めないときもあれば,3~4ページ読み進めることもあります. 難解な聖書の箇所は,英和辞典だけでなく聖書辞典をひもときながら, その内容が分かるまで足踏みをすることになります.
私の聖書通読は, 1日1章に習慣化された聖書通読ではなく, 自由, 気ままに読む聖書通読です.妻も, 1日1章を最低限にして, 数章読むことも珍しくないようです.
今朝は, 旧約聖書の歴代誌上の第9章を読み終えて第10章に入りました. 長い系図の最後は, イスラエルの最初の王サウルの系図でした. サウルの高祖父・曽祖父・祖父・父・サウル・子・孫・曾孫・曾曾孫・・・・の系図. 旧約聖書の歴代誌の系図を, 一読しただけで,すべてを頭の中に入れるのは不可能です.
私の祖父・吉田永學は,1637年(寛永14)に開山された信州栗田村の真言宗観聖寺(栗田村太子堂の別当)の世襲の修験僧の末裔ですが,私の系図は, 高祖父・曽祖父・吉田永學・父・私・子・孫になります. 私はその17世になりますが, 古文書が数多く残っている日本にあっては, 誰でもその気になれば,先祖の系図を自分で調べて,自分と先祖のルーツを知ることができるようです. "先祖の歴史は関係がない. 大切なのは,先祖の歴史が何であれ, 今現在をどのように生きていくかだ" と先祖の歴史を切り捨てるとき,先祖の歴史は忘却のかなたに追いやられてしまいます. 日本の戸籍に関する法律で,明治以降の古い戸籍は廃棄処分され,戸籍をてがかりに先祖のルーツ探しをする機会が永遠に失われてしまいます.
日本のキリスト教会は, 江戸時代の武士階級を中心に教勢を拡大して行ったといわれていますが,日本のキリスト教会の牧師は,名門といえども,3代,4代どまり・・・.近世幕藩体制下で世襲の宗教者として生き抜いてきた先祖の後裔である私は,宗教者としての資質・感性を生まれながらにして継承しているといえますので,明治以降,にわか宗教者になった武士階級の宗教者である牧師とは異質な存在であったようです.
それは,あくまで "宗教者" としての資質の話し・・・.日本のキリスト教会の牧師は,一般的な "宗教者" ではなく, 聖書の神に対する "信仰者"ですから,先祖の歴史は何ら関係ありません. しかし,世俗化の過程のなかで,"信仰者"の歩みも, "宗教者"の系図の中に組み込まれて,"宗教者"としての名門意識が醸成されるようになります. 日本基督教団の2世・3世の牧師によく見られる現象です.
日本基督教団の牧師たちから, "どこの馬の骨かわからない"と排除・疎外される私に, 先祖の歴史・系図が伝承され,由緒正しき,高学歴・高資格の "宗教者" としての牧師のルーツは不問に付される・・・.
旧約聖書歴代誌第9章の最後の系図に出てくるサウルについて,歴代誌上第10章は,その悲惨な死を語っている・・・. サウルは,自刃することになる・・・. 自刃は, 自分の刀で自分を殺す,つまり自殺することを意味します. イスラエルの王朝の歴史は,文字通り,不連続の連続・・・. 日本のキリスト教会の歴史も,同じ, 不連続の連続・・・. 初代牧師のつくった教会が, その子,その子の孫,さらにその子の曾孫に継承される可能性は殆どない・・・.
しかし, 日本における "福音の前進" とともに, キリスト教は土着化・世俗化・非キリスト教化の道をたどり,"キリスト教界"における名門意識の醸成と, 教会の継承・私物化の道をたどりはじめる・・・, それを許す教会の雰囲気は健在しています."常に改革し続ける" 改革派の教会においても・・・.
イスラエルの最初の王であるサウルは, 自刃することで,イスラエル "王朝の前進" をもたらしたのかどうか・・・? 聖書の主なる神は,別の王朝を用意・・・. サウル王朝は衰退し,それにとってかわってダビデ王朝が登場して来ます.
2026/01/23
今朝5:30に起床して8:00までルターの独訳聖書を通読・・・
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