2026/01/26

朝7:00に起床して9:00まで聖書通読・・・

    朝7:00に起床して9:00まで聖書通読・・・.

    ルターの独訳聖書を通読するには, 小型の,しかし収録語彙数が中型辞典並の "岩波独和辞典"が最適です. 他の独書を読んでいて, "岩波独和辞典"に出てこない単語は "独和言林"で辞書引きしますが, "独和言林" を引くことも,他の独和辞典も引くことがすっかりなくなりました.

    ダビデがダビデの都市・エルサレムに神の箱を持ち込もうとしたとき,不慮の事故に遭遇しその計画は頓挫させられます. そのときダビデは神に語りかけます."どうしたら,  神の箱を zu mir へもってくることができるのでしょうか?"と.

    しかし,主なる神は,何も答えない・・・.

    どうして, 主なる神は,何も答えられないのか・・・. いろいろ思い巡らしていますと, "zu mir" という言葉が気になり始めました. "zu mir" という言葉の背後には, ダビデの "私欲", 神の箱を自分のものにしたいという "支配欲" があったのではないかと推測しました. 神の沈黙は, 神がダビデに,"おまえはそういうこともわからないのか!" という叱責の思いがあったのではないかと思いました.

    神のことばがおさめられている神の箱を "zu mir" 私物化することは許されない,神のみことばは神ご自身のものであり,特定の人のためのことばではなくすべてのひとのためのことばである・・・という神の主張が, 神の沈黙の中にこめられていたのではないかと・・・.

    結局,ダビデは神の箱をダビデの都市に持ち込むことを断念してしまいます.

    現代においても,神のことばがおさめられている聖書(現代における神の箱)を私物化して勝手な解釈を施し,主イエスキリストにかわって自らを救済者とする宗教家があとを絶たないようです. 偽キリストが横行しています. 日本基督教団の教会の中にも,特定の牧師一族によって私物化された教会も少なくありません. しかし,教会はすべからく 私物化を否定する "公同の教会" でなければなりません. 

    毎日積雪,毎日除雪・・・. 私が聖書を通読している間,妻は朝食の用意をして,庭の雪を除雪,すずめたちのために玄米を撒いてやっていました. そのとき,2羽のことりがやってきて庭の低木にとまって, 飛び立たないでずっと枝に止まっていたとか・・・. 妻が "もっちゃんともずくんみたい" といって,私のコンパクトデジカメでとった写真を見せてくれましたので,それを見ると,ちいさなモズの男の子とその母親のモズでした. 妻は,モズのオスを "もずくん" と呼び メスのモズを "もっちゃん" とよんでいますが, 妻はとてもうれしそう・・・. 雪に埋もれた山郷の "貧乏農家"にたずねてくる人は誰もいませんが,庭にやってくる小鳥たちは,大切な我が家のお客さん・・・. "モズに餌をあげようか"と妻に語りかけますと."その必要はないわ.モズの母親がなにかをもってきてそれをモズの子供に食べさせていたから・・・" と話していました.  モズは,すずめと違って肉食の野鳥だから, 人間が余計なことをしないほうがいいのかもしれません.

    庭の前の電柱のてっぺんにとまったモズが鳴いていました. カッ, 
カッ, カッ, カッ, カッ, カッ, カッ, カッ・・・,モズはいろいろな野鳥の鳴き真似をしますが,これもモズの鳴き声です. 妻のふるさと・湖南の赤津村は, あまり渡り鳥はやってきません.コハクチョウ・アトリ・ホオジロなどごく僅か・・・. あとは留鳥と漂鳥ばかり・・・. 妻の実家の庭にやってくるすずめたちは留鳥のすずめたちで渡り鳥のすずめは一度も目にしたことはありません.

0 件のコメント:

コメントを投稿

庭の雪を除雪する妻の直ぐ側にやってきたモズの子ども・・・

    庭の雪を除雪するために用意をしていましたら,妻が, "私ひとりでも除雪できるから,あなたしなくていいわよ. あなたが除雪して, 汗をかいて,着替えると, 洗濯物が増えるから・・・. 私は着替えなければならないほど汗をかくことはないから・・・"といいます...