私はほとんど毎日夢をみます
しかし, 妻はほとんど夢を見ることがないのですが,昨日1月2日の朝,妻は夢を見たそうです. 妻は,その夢を私に話そうか,話すまいか迷っていたそうですが, 意を決して話すことにしたようです.
夢の中に, キツネに乗った飯縄権現が現れて,語りかけて来たようです,
権現:今日,あなたの夫の命をとる.
妻:私の夫は,こどものころかから聖書の神を信じて生きて来たのです. あなたごとき権現に, 私の夫の命を取らせるわけには行きません!
妻は, 夢の中で語る自分の声の大きさに夢からさめて,隣室に寝ている私の寝息を確認したそうです. 私が生きていることを確認して, 再びねむりについたそうです.
信州栗田村の真言宗・観聖寺(本尊は12歳聖徳太子立像)の跡地に住み,その宗教遺産(古文書・弘法大師像・仏具など)を継承しておられ吉田さんから,"ことばだけでは,誰もあなたが観聖寺の住職・修験僧の末裔であるとは信じないでしょう.これをお持ち帰りください." といって,江戸の鳳閣寺とのやり取りを示す古文書を含む観聖寺の古文書一束と,先祖が使っていた,高尾山薬王院の江戸時代の飯綱権現の掛け軸と, 江戸時代の手錫杖を手渡してくださいました.
妻は,常日頃,"はやく元の位置にお戻しして"と私に語りかけていました.それで,昨日は, 妻に, 信州にある本家飯綱権現と, 信州にありながらその本家飯綱権現ではなく,高尾山薬王院の分家飯綱権現を崇拝していたのか,それの理由と歴史について話をしました. 私は,江戸時代を民間宗教者として,伊勢の神宮寺である世義寺の末裔として,伊勢神宮の恩師の宿坊をしていた先祖の "宗教者" としてのありようを尊敬しても, 先祖の信仰を継承することはあないと話をしました. 聖書の神以外の神を神とすることは,私自身の全面的自己否定でしかありませんから・・・.
夢の中とは言え, 飯綱権現にたちはだかって,私のいのちをまもろうとした妻は,まさに, 主なる神さまが私に与えてくださった妻です.
妻に, 長野の吉田さんが保管している "飯綱権現像"の写真を見せますと,妻は,夢の中に出てきた飯綱権現とは全く違うといいます. 観聖寺の "飯綱権現像" は,妻が夢で見たおそろしい大人の飯綱権現ではなく,おさない12歳程度のこどもの飯綱権現でした.
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