2026/01/27

朝7:00に起床してルターの独訳聖書を通読・・・

    昨夜, 11:00-12:00, 日本基督教団阿佐ヶ谷東教会のHPを見ていて,98歳の阿佐ヶ谷東教会の長老の方が電話で話をされていた,説教のCDについての話が記されていました. 現在の阿佐ヶ谷東教会の牧師は, 主日礼拝に出席するのが難しい高齢者や病気になって自宅療養を受けている人々のために,その週の説教をCDに焼き付けて,持参されたり郵送されたりされているとか・・・.

    そのCDに焼き付けされた説教は,インターネット上で誰でも "聞く" ことができるそうなので,それにアクセスして, たまたま目にとまった2023年の待降節第三主日の礼拝説教に耳を傾けることになりました. 2013年4月1日に日本基督教団の隠退牧師になり,東北福島の妻の実家のある湖南町赤津村に帰郷帰農して, はじめて耳にする牧師の説教です. 

    今朝は7:00~8:30まで,旧約聖書の歴代誌上を通読・・・. "イスラエルの王" の装いで, 神の箱をエルサレムの都市に持ち込もうとしたダビデは不慮の事故でその計画が頓挫させられます. しかし,今日の聖書の箇所では,神の箱のエルサレム持ち込みは,順調に奨められたようです.そのときのダビデの装いは王のそれではなく, 祭司の装い・・・. しかも祭司の装いの一部,祭司の腰巻き(ふんどし)をつけて参加・・・. 主なる神のみまえで,ダビデは一信徒でしかないと身を低くしたのでしょう.それを主なる神は良しとされた. しかし, ダビデの妻ミカルは・・・.

     そのあと,8:30-9:00まで, 日本基督教団阿佐ヶ谷東教会の2023年の待降節第三主日の礼拝説教のテキスト,旧約聖書最後の預言書であるマラキ書の該当箇所を,ルターの独訳聖書を読んでいました.ルターの独訳聖書を説教のテキストにして釈義・瞑想を施すと,まったく異なる説教になることを確認しました. 説教は, 人間の器に盛られた神の言葉・・・. 人間的要素が反映されることになるので,語る牧師によって,その神の言葉の解釈に違いがでてきます. ただ説教は, 洗礼や聖餐式と同じ "聖礼典" なので,その教会の中で語られる説教はその教会の信徒は神のことばの解き明かしとして受け入れることになります.

    日本基督教団阿佐ヶ谷東教会は, 私にとっては, 信徒生活を4年間させていただいた ふたつめの "母教会" です. "母教会" の主日礼拝の説教を耳にすることができて幸いなひとときでした.



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