今朝6:00に起床して, 8:00まで, ルターの独訳聖書を通読しました.
今朝読んだ聖書の箇所に "besondere Hause" (別の家)という言葉が出て来ました. 聖書の文脈からその言葉が何を意味するのかすぐに分かるのですが, "岩波独和辞典" を引きながら, "besondere Hause"の "besondere" の意味を少しく考えていました.
一般的な単語 "besondere" が差別語に転化していくメカニズムについて, 聖書のことばは示唆を与えてくれるようです. "besondere" と言う言葉に差別性があるのではなく, 差別的な意図や意思をもって "X" について語られるとき, "besondere X" は差別語になるようです.
今日の聖書の言葉では, "Hause" そのものが特別・特殊なのではなく,そのなかに住む人によって, "besondere Hause" とされるのです.家(Hause) が立っている場所(Ort)も特別なもの・特殊なものとみなされるようになり, そこへの出入りが制限・禁止されるようになります.
今日の聖書の箇所に出てくる "besondere Hause" は, 南ユダ国の最高権力者である王の "別邸" のことですが, "王宮"にすむのではなく, その "別邸"にすまざるを得なくなったのは,外的な力と事情によってそうせざるを得なかったのか,それとも王自身が自分で判断して "王宮"ではなく わざわざ "別邸" をつくってそこに住むことにしたのか・・・. その政治・外交は, 王の息子である王子が代行していたようですが, 名目上は, 南ユダの王であり続けたようです.王は, 人目を避けて, 世から自分を分離・隔絶して, 世捨て人のような生き方でその人生を終えたようです.
こどものころ,父の事業が破綻・破産したあとは, 貧困と病気が繰り返し襲ってきて家族が経済的困窮に呻吟していましたが, 同い年のおさなともだちのおかあさんは,"Das Haus eines armen Mannes の子どもと一緒に遊んではだめ! 貧乏がうつるから!" と私を忌避していました. ひとつ年上のみさちゃんのおかあさんは,まったく正反対のひとで,父が小学2年生の3学期に引っ越しするまでずっと, みさちゃんの家で一緒に遊んでいました.
十数年後,私を"Das Haus eines armen Mannes の子" と忌避していたおさななじみのおかあさんは, "Hause für die Psychiatrie " にいると風のうわさで知りました. そのおさななじみは, "Haus für Konkubinen"に住んでいると, "Ehemann der Konkubine" から直接聞かされました.そのおかあさんの知恵遅れの兄弟が幼児誘拐・殺害をしたため, 彼らは, "Das Haus eines Mörders" とあだ名されていました.
小学校4年生のとき, 家が倒産したのでも, 犯罪者を出したのでもない, 経済的にゆたかな.そのころまだめずらしかったテレビのある家の同級生が,"Besonderes Buraku" の家の子として差別されているのを知りました.彼のおとうさんの職業は, "Metzger" (肉屋)でした.
"アメリカ合衆国の聖書学者で,プリンストン神学校で教授を務め, またアメリカ聖書協会の委員として聖書(Nestle- Aland Novum Testamentum Graece) 編集に携わった" Bruse M.Metzger の家の姓も "Metzger" ・・・."Pocket Oxford American Dictionary には "metzger"という単語は収録されていないので, "Metzger" の意味にこころをとめるひとはいないのでしょう.
ルターの独訳聖書を読んでいると, 忘れてしまった記憶が鮮明に蘇って来ます. 聖書の神のことばは,とおい,遠~い昔のことばではなく,今もなお生きてはたらく神のことばとして私のこころに語りかけて来ます.
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