この冬, 読むことが許された観聖寺の古文書のくずし字をMSWordで活字化刷ることにしていますが, 同時に, これまで折に触れて吉田さんから送られてきた本7冊を一挙に通読することにしました.
人生の晩年において, 共通の先祖の歴史をたどることができるのは, とても幸せなことです. 長野の吉田さんも私も, 先祖の歴史をありのまま知りたいだけで, それ以上でも以下でもありません. 1637年(寛永14) に開山された信州栗田村の真言宗観聖寺 (栗田村太子堂) とその住職・修験僧の歴史の事実と真実を知ることは人生に重みを与えてくれます. 時代の流れの中で諸問題と価値観の波にもまれて吾を忘れて根なし草・浮き草のように生きるのではなく, 荒波を乗り越えたあとの入江・港に錨を下ろして停泊しているような・・・.
240年間, 世襲で, 真言宗観聖寺の修験僧・住職を続けてこられたのは, 先祖の住職・修験僧たちが, 栗田村の百姓と共に,そのしあわせを願って宗教活動をしてきた結果・・・. 真言宗観聖寺の最大の危機は, 天台宗本山派の修験僧による侵食による栗田村の百姓が2分され, 真言宗観聖寺の経済的基盤が著しく崩されかかったとき・・・. 幕府の代官所の采配によって, それを排除することができたようですが・・・. その事件以外は, 真言宗観聖寺は, 栗田村太子堂の別当として宗教者としてのいとなみを全うすることができたようです.
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