今朝5:30に起床して, 旧約聖書のヨブ記第4章以下を通読していました.
昨夜, “口語訳聖書 引照付き”の該当箇所を読みましたので, 今朝は, “文語訳聖書” と “英訳聖書 (NSRV)” の該当箇所を通読しました. 日本基督教団の牧師として説教のための準備をしているときは,
邦訳聖書: 口語訳・文語訳
英訳聖書: NRSV・New English Bible
独訳聖書: Die Gute Nachricht Bibel
ギリシャ語聖書
ヘブル語聖書
ラテン語聖書
を読むのが常でした. Karl Barth の “Church Dogmatics” を注解書代わりに使っていますと, ギリシャ語・ヘブル語聖書からの引用やラテン語の用語がいたるところに出てきますので, ギリシャ語・ヘブル語・ラテン語の聖書を開かざるを得ませんでした.
ルターの独訳聖書を通読しはじめたのは77歳の時から, 少しく遅すぎた感じがしますね. 現役牧師をしていたときにルターの独訳聖書の通読・精読をはじめていたら, 私の信仰と神学ももっと精錬されたものになったかもしれません.
そのとき使っていた辞典は
英和辞典: 岩波英和辞典・岩波英和中辞典・岩波英和大辞典
独和辞典: 岩波独和辞典・独和言林
ギリシャ語辞典: A Greek-English lexicon of the New Testament and Other Early Christian Literature
ヘブル語辞典: A Concise Hebrew and Aramaic Lexicon of the Old Testament
ラテン語辞典: 研究社羅和辞典
いずれも, 日本基督教団の牧師になるために, 独学したり, 鶴川学院農村伝道神学校で勉学していたときに入手したものばかり・・・. 大学教育を受けることがなかった無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私の神学的素養の貧しさを物語るものでしかありませんが, 牧師になったことにともなう最大の神さまからの恵みは, 聖書釈義をするための時間を十分に与えられたことにあります.
日本基督教団の隠退牧師になってからは, 説教のための聖書釈義として聖書を読むのではなく, “聖書のことばを生きる” ために聖書を読んでいます.
“De civitatibus morientes ingemuerunt, et anima vulneratorum clamavit, et Deus non point aurem ad precem.”
(Google翻訳: 死にゆく者たちは都市からうめき声を上げ、傷ついた者たちの魂は叫び声をあげたが、神は祈りに耳を傾けなかった。)
ἐκ πόλεων καὶ οἴκου ἑαυτῶν, καὶ ψυχὰς ἀνδρῶν ἀσεβῶν ᾔνεσεν· ὁ δὲ θεὸς οὐκ ἐποίησεν ἄτοπον.
(Google翻訳: 彼らは都市や家々から自らを滅ぼし、悪人の魂をも滅ぼした。しかし、神は何も無駄にはなさらなかった。)
(GoogleAI: 町や自分の家から(死にゆく者がうめき)、不敬虔な者たちの魂は叫んだ。しかし神は不条理なことをされなかった)
מֵעִיר מְתִים יִנְאָקוּ וְנֶפֶשׁ־חֲלָלִים תְּשׁוּעַ וֶאֱלוֹהַּ לֹא־יָשִׂים תִּפְלָה׃
(Google翻訳: 死者の都は清められ、悪人の魂は救われ、神は侮られることはない。
לֹא־יָשִׂים תִּפְלָה は “祈りは適用されません” と訳される場合もあるようです)
聖書の原典・翻訳を読み比べるより, ひとつの訳を通読・精読する方が, 無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私には合っているようです. ルターの独訳聖書の通読に徹することにしましょう.
0 件のコメント:
コメントを投稿