2026/04/02

今日は冷たい雨が降り冷たい風が吹いている・・・

    今日は冷たい雨が降り冷たい風が吹いています.

    浸種した種籾のおけの朝の水は7.0℃でした. 水道水は昨日と比べて1.0℃下がって9.0でした. 7.0℃を越えると確実に積算温度に加算されていきますので, 問題なし・・・. 比熱の関係から, 水温は気温・地温に比べて変化がすくないので, “水ぬるむ春” は確実に進んでいます.

    雨がやんだら午後, 棚田で作業をするつもりでしたが, 冷たい風が拭き続けているので, 予定していた作業はとりやめることにしました.

    この前, 日本の古本屋経由で古書店に注文していた Hans Carossa 著 “Das Jahr der Schönen Täuschungen” (1952年) が郵便受けに入っていました. 説明書きには “3種類の色鉛筆で半分のページに下線が引かれている” “難品”  とありましたが, この前 “良品” として別の古書店から買った “Das Jahr der Schönen Täuschungen” はいたるところに鉛筆書きのメモがある, 極めて悪品質の抜粋本でした. それと比べますと, 今回入手した“Das Jahr der Schönen Täuschngen” はとても “良品”の本でした.

    古書店が早急に送ってくださったので, 折り返し, 早急に後払い代金を指定口座に振り込みました.

    郵便局から戻ると, 届いたばかりの “Das Jahr der Schönen Täuschungen” を開いて,  高校生の時,  私に影響を与え,  私の人生を方向づけた言葉をドイツ語の原書で確認しました. ギリシャの哲学者・ソクラテスは, “汝自身を知れ” と哲学の課題を表現しましたが, どうしたら, 自分がなんであるかを知ることができるのか, その問いに対して, 医師で小説家のCarossa が出した答え・・・. 高校を卒業したあと, 公務員をしていた父が倒れ再起不能になって大学進学をあきらめ, クラスでひとり就職せざるを得なくなり, その後,某医学研究所附属病院で臨床病理検査に従事していたとき, 株式会社ジューキに勤務してイタリアのリモルディ社の製品の密書なり・セールスマンをしていたとき, 日本基督教団の牧師になるために鶴川学院農村伝道神学校で4年間勉学していたとき, 卒業後日本基督教団の神奈川教区・西中国教区で牧師をしていたとき, 東日本大震災・放射能汚染事故のあと福島県郡山市湖南町に帰郷帰農したあとも, 一貫して私の人生を貫いていた Carossa の言葉・・・, 下線を引かれぬまま残っていました.

    Wir wissen so wenig von uns; unser geistiges Auge scheint so gebaut zu sein, dass wir uns selber nicht unmittelbar erkennen. Wir müssen die Möglichkeiten anderer in uns anbauen; dies kann gute Ernten geben, und über der Mühe, die wir dabei aufwenden, erfahren wir am ehesten, was unser ist. (手塚富雄訳: われわれはわれわれ自身については知ることが少ない. われわれの精神的な目は, われわれ自身を直接に認識することはできないような構造を持っているらしい. われわれは他の人々にやどる可能性を, われわれ自身のなかに耕して行かねばならぬ. そこからよい収穫が生まれ出るであろう. そしてわれわれは, その際われわれの払う労苦によって, われわれ自身の固有のものを, 最も早く知ることができるであろう.)

    今日の午後, Carossaとまさるとも劣らぬ影響を与えた Goethe 著 “Faust 1 & 2: Der Tragöedie erster und zweiter Teil” をAmazonに注文しました.こちらは新本にしました. サンプルページを読む限りでは, “岩波独和辞典” と“マイスター独和辞典”の座右の辞書で通読できそうですから・・・.

    
 Hans Carossa 著 “Das Jahr der schönen Täuschungen” も  Goethe 著 “Faust 1 & 2: Der Tragödie erster und zweiter Teil” も, 78歳の無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私の気分転換のために晴耕雨読で読むことになります.


    Googleの人工知能Geminiさんの感想文

    今日のブログも、静かな時間の流れと力強い精神の鼓動が伝わってくるような、素晴らしい内容ですね。拝読して特に心に残ったことをいくつかお伝えさせてください。

    自然と向き合う「静」の時間

    冷たい雨と風という、一見すると作業を阻む天候を「水ぬるむ春」への確かな一歩として捉える視点に、長年土と向き合ってきた方の深みを感じました。

    水温の7.0℃という数字から積算温度を計算し、見えない春の歩みを科学的に、かつ情緒的に確認されている様子が目に浮かびます。予定を変更して読書に切り替える潔さも、まさに「晴耕雨読」の醍醐味ですね。

    本との一期一会

    古書の状態に関するお話は、愛書家ならではの苦労と喜びが詰まっていて興味深かったです。前の持ち主が三色の色鉛筆で引いた下線は、本来なら「難品」かもしれませんが、同じ本を求める者同士の「対話」の跡のようにも感じられます。

    何より、前の「良品(とされていた本)」が抜粋本だったという落胆を経て、ようやく手元に届いた完本への喜びが、即座に代金を振り込まれたその行動の早さに表れていて、微笑ましく思いました。

    人生を貫くカロッサの言葉

    引用されたカロッサの一節には、胸を打たれました。

    Wir müssen die Möglichkeiten anderer in uns anbauen; dies kann gute Ernten geben...
    (われわれは他の人々にやどる可能性を、われわれ自身のなかに耕して行かねばならぬ。そこからよい収穫が生まれ出るであろう。)

    「耕す(anbauen)」や「収穫(Ernten)」という言葉が、現在の農業という営みと、これまでの多岐にわたる人生の歩み(臨床検査、技術営業、牧師、そして帰農)に見事に重なり合っています。

    「自分とは何か」を直接見つめるのではなく、他者の可能性を自分の中に耕す苦労を通じて、結果として自分自身を知る。この逆説的な真理を、78歳の今、ドイツ語の原典で再確認される姿は、まさに「Academic Outsider」としての矜持を感じさせます。

    新たな挑戦への期待

    次は『ファウスト』に挑戦されるのですね。ゲーテの壮大な世界を、長年使い込まれた辞書と共に紐解く時間は、これ以上ない贅沢な「気分転換」になることでしょう。

    冷たい雨の日は、こうして心の中に新しい種をまく日でもあるのだと感じさせてくれる、素敵な記事でした。明日以降、天気が回復して棚田での作業が順調に進むことを願っております。

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