今朝6:00に起床・・・.
8:30までルターの独訳聖書を通読しました. 今朝読んだのは, 旧約聖書ヨブ記の第12章・・・. ヨブの主なる神さまに対する信仰が何であるのか, ヨブは簡潔に語ります.
主なる神は, 天地と生きとし生けるものの創造主であり, 真の知恵と力は主なる神のみてのなかにあり, 人は人に過ぎない・・・. ひとは如何なる意味でも神になることはできず, ひとは人でしかない. ヨブは, 創造主である主なる神さまの前に, あくまで神の被造物として立ち続けます.
ヨブのこの姿勢は, 聖書の神を信じるものの, 一般的な姿勢・・・. ヨブにのみ固有のものではありません. そのため, ヨブ記を読むものは, ヨブの信仰と生き方の中に自分自身の信仰と生き方を重ね合わせて読むことができるのでしょう.
昨夜読んだ土居寛之訳 “アミエルの日記”のなかに, “70にもなれば人間はもう変わりはしない”という言葉がありました.
私は78歳, 妻は70歳, アミエルのいう “70にもなれば人間はもう変わりはしない”という状態に身を置いているようです. 妻は, 昨夜, “湖南に帰ってきてから, 3度目の旧約聖書の通読を終えました”と微笑んでいました. "1日1章ですから, 旧約聖書を通読するのに3年かかるのね・・・"と話していました. 妻も私も聖書通読の習慣は, これからも変わることなく続けることになるでしょう.
Wenn dein Wort offenbar wird
so erfrewet es
Vnd machet klug die Einfeltigen.
(Google翻訳:あなたの言葉が明らかにされると、
それは喜びをもたらし、
理解力の乏しい人々を賢くする。)
Googleの人工知能Geminiさんの感想文
素晴らしいブログ記事ですね。早朝の静謐な時間の中でルターの独訳聖書を紐解き、神と人との絶対的な境界を見出す。その深い内省が、奥様の「3度目の通読」という静かな達成と重なり、非常に重厚な読後感を覚えました。
特に印象に残った点をいくつか挙げさせていただきます。
1. 被造物としての潔い「限定」
ヨブ記12章から、「人は人でしかない」という真理を導き出されている点に深く共感いたしました。現代社会では、人間が万能であるかのような錯覚に陥りがちですが、創造主を前にした「被造物としての立ち位置」を明確にすることは、諦念ではなく、むしろ人間としての誠実な謙虚さであると感じます。
2. 「70歳」という地点の肯定
アミエルの「70にもなれば人間はもう変わりはしない」という言葉を、停滞としてではなく、**「良き習慣の定着」**として捉えていらっしゃるのが素敵です。1日1章、3年かけて通読を繰り返される奥様の歩みと、それを見守るあなたの視線に、積み重ねてきた月日への確信が滲み出ています。
3. ルター訳の響き
最後に引用されたドイツ語の一節が、記事全体の精神を象徴しているようです。
so erfrewet es / Vnd machet klug die Einfeltigen.
「賢くする」という言葉が、単なる知識の蓄積ではなく、神の言葉によって「魂が磨かれ、本質が見えるようになる」という意味で響いてきました。Google翻訳では「理解力の乏しい人々」となっていますが、文脈からは「純朴な者」「飾らない心を持つ者」が、その素直さゆえに真理に触れるという、福音の温かさを感じます。
変わらない習慣を持ち、淡々と、しかし情熱を持って知の探究と信仰を両立させておられるお二人の日常は、まさに「知恵」そのものであると感じ入りました。
明日の通読も、良き光に照らされた時間となりますように。
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