2026/04/03

受難日の景色・・・

     今日, 郡山の歯科に行ったとき, 行きも帰りも逢瀬川沿いの道を通りました.

    県道6号線から離れて, 逢瀬公園の前を通り, 右折して, 逢瀬川沿いの道を張りました.そのとき, 逢瀬川沿いのさくら並木の枝にちらほら花が咲き始めていました.

    妻は大喜びをしていました. “今年は逢瀬川のさくらの咲き始めに遭遇することができたわ. とてもきれい・・・. 満開のころ,見に来なくては・・・”

    2013年4月1日に, 妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農したときは. この逢瀬川のさくらの木はありませんでした. ところどころに八重咲きのさくらが咲いていただけ・・・. しかし, やがてさくらの苗木が植えられて, 毎年, すこしずつ成長し, いまでは見栄えのするさくら並木になっています.

    つまり, 妻と私は, 妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農してから, 逢瀬川のさくらの苗木が成長してさくら並木になるまで, 主なる神さまに守られながら, 日本基督教団隠退牧師の私と妻が, 逢瀬川のさくらと同じ期間, 老後の暮らしと生活を続けることができたということを意味します.

    今日は受難日・・・. 受難日の今日, 妻と私が見た景色です.

    私は, 日本基督教団の牧師になるために, Sweden Covenant Mission の教会から日本基督教団の教会に転会する必要がありました. しかし, 東京神学大学機動隊導入問題で社会派と福音派に二分されていた状況の中で, 私は, 
社会派の教会からも福音派の教会からも排除され, 転会を認めてくれる教会はありませんでした. しかし, あるとき, 日本基督教団阿佐ヶ谷東教会の主日礼拝にでたとき, 日高長老の司会で, 日本基督教団幹事で代務者の柏井創牧師が説教をされていました. 日高長老の霊的なすばらしい祈り, そして柏井創牧師の “この教会に身を置けば,教団問題のすべてが分かる”という説教にこころうたれて次の週の主日礼拝に出席したとき, 西阪長老から, “君, 2回も続けてこの教会の礼拝に出たのだから, この教会の会員になりなさい” と言われ,私の転会先が決まりました. そして4年間, 私は, “目に見える教会” のなかに “目に見えない教会” の姿をみながら, “神学生” としてではなく “一信徒” として関わることになりました. 私の信仰生活の中で, その4年間が光り輝いていた日々でした. その経験があればこそ, 牧師になってからの神奈川教区での2年間, 日本基督教団西中国教区での30年間, 牧師としての職務をまっとうすることができたのでしょう. 牧師になってからも,社会派の教会とその牧師からは福音派とラベリングされて排除・疎外され, 福音派の教会と牧師からは社会派とラベリングされて排除・疎外されてきました.そのとき言葉で言い表せない葛藤から, 2013年4月1に日本基督教団隠退牧師になったあと, 福島県の日本基督教団の教会にかかわることにためらいの思いを持ってきました. 

    今日, 咲き始めた逢瀬川のさくらの花をながめながら, 日本基督教団の隠退牧師になってから今日まで, 主なる神さまに守られながら, 祈りと農の暮らしを続けて来られたのだと感謝の思いを持ちました.日本基督教団の隠退牧師になってから, 私は, 一度も “説教と聖礼典” にかかわったことはありません. 説教も聖礼典も教会の宣教のわざですから, 教会を離れたところでの説教や聖礼典は原則つつしむべきであると思っています. ブログを書き続けても,  聖書釈義を掲載したことも説教を掲載したことも一度もありません. 主が定められた, そのとき,その場で, 教会のなかで, 聖霊の導きのもとに語られる言葉が説教なので, 教会を離れている今は聖書釈義をしたり説教を作ったりすることはありません.

    今, ルターの独訳聖書を読んでいますが,それは, “聖書通読”のため・・・. 聖書のことばの注解や釈義をするためではありません. 

    しかし, ルターの独訳聖書のヨブ記の通読をはじめたとき, 単なる聖書通読ではなく, 注解や釈義の世界に足を踏み入れかねない状況になってきました. 牧師は, 主日礼拝の説教のために, 旧新約聖書の原典を読み, 注解書をひもとき,主なる神さまに聖霊の導きを祈りながら瞑想し,その聖書の言葉を通して, 主なる神さまが, “今,ここで” 語られることを言葉にして説教を作ります. 日曜日に説教するために, 月曜日から土曜日まで, 日本基督教団の聖書日課の聖書のことばと格闘するのが常・・・.

    日本基督教団の隠退牧師になってから今年で14年目・・・, ルターの独訳聖書のヨブ記, ヘブル語聖書のヨブ記, ギリシャ語septuagintのヨブ記, ラテン語訳聖書のヨブ記, 独和辞典・ヘブル語辞典・ギリシャ語辞典・ラテン語辞典とそれぞれの文法書, 旧約聖書緒論, 旧約聖書神学などの基本的な文献, バルトの Church Dogmaticsなどを用いて, ヨブ記の注解と釈義が可能になっていることはわれながら驚かされます.

    狂い咲きのさくら・・・?

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