種籾を浸種してから10日目 (3月29日)移行, “平均水温‐7.0℃”の温度の積算温度のグラフが右上昇を始めました.
今朝は, 種籾を浸種した桶の水温は10.0℃, 新しい水に交換したときの水温は10.0℃, 平均水温も10.0℃ でした. それで10.0℃‐7.0℃= 3.0℃を加算して積算温度は9.0℃になりました.
そのあと, 妻と, 棚田の田で作業をしました. 妻は, 農業用ビニールハウスの中で野菜の種をポットにまいたり, ぶどうとりんごの木のまわりに肥料をやっていました.
私は, 農道側の農業用水路から温水田へ水を引き込むための水路の整備をしていました. 水路の南側は上段の田畑転換した畑のあぜ道になっていますが, 以前, イノシシに引き込み水路のあぜ道を荒らされて, 真っ直ぐだったあぜ道が波打っています. それ今回, そのあぜ道をまっすぐにすることにしました. ミニクローラで運搬したり, 管理機を移動したりするときに頻繁に使用しますので, 水路の北側に打ち込んでいた畦板を南側に移動して, あぜ道の土が固まで畦板を固定することにしました.
今年, 棚田の田では, 郡山市から電気柵の提供を受けているにもかかわらず, 管理が行き届かないようで,いたるところにイノシシによる被害が発生しています. イノシシが掘り起こした田の土をプロの農家が埋め直しても, 次の日にまたイノシシに掘り起こされて荒らされる,いたちごっこが続いているようです. 深刻なのは, あぜ道や土手・・・.
妻の実家の用水路の両側をイノシシによって荒らされたことによる被害はいまだに残っていますから, 今年, イノシシによって棚田の田の土手や畔を荒らされた農家は大変・・・. 専業農家やプロの農家は, 油圧ショベルを持っておられるので, 少々イノシシによってあぜ道や土手, 水路を壊されても修復はいたって簡単なので, 素人百姓の妻と私が心配することではないのですが・・・.
妻の実家の棚田の田では, 一度, 工事をすると10年間は安全に使いつづける事ができますので, 手作業で整備するのも10年間に1回だけ・・・. 小型スコップ (女性用)1本で十分です. 妻の実家のおとうさんんが使っていたスコップは, “ここらのもん”であるプロの農家が使っているのと同じ大きさ・・・. 右手関節障害があり握力の少い私はほとんど使用不可能・・・. すべての農具は, 妻と私の兼用で, 女性用の農具を使っています.
“ここらもん” であるプロの農家の方々からは, “なんだ, そんなへっぴり腰で! そんなんではここらでは農業はできねえなあ! ここさ出て行ったほうがええんでねえのけ? おめえらの田畑, ただでもらってやったってええぞ!” という人が少なくありませんでしたが, 2013年4月に帰郷・帰農してから今年で14年目, そんなプロの農家の方々もリタイアされて, あまり姿をみかけることがなくなりました.
怨みますまいこの世の事は
仕掛け花火に似た命
もえて散る間に舞台が変わる
まして農家はなおさらに
意地も人情も浮世にゃ勝てぬ
みんなはかない水の泡沫
神の支えをひたすら祈り
日々に励むは百姓道 (昭和一代男)
2026/04/01
棚田の田で農作業・・・
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棚田の田で農作業・・・
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