2026/07/27

今朝4:00に起床して6:00までルター訳詩篇100-102篇を通読・・・

    今朝4:00前に起床・・・.

    雨音が聞こえていましたので, ルターの独訳聖書の通読を始めました.今朝,各種独和辞典を引きながら読んだのは詩篇第100篇と詩篇第101篇, 第102篇・・・.

    日本基督教団の現役の牧師をしているときは, 日本基督教団の聖書日課に基づいて説教するのが常でした. 詩篇から説教をするときに使っていた注解書は, 

    Hans-Joachim Kraus著 “Psalmen”(Biblischer Kommentar altes Testament)
    Helmut Lampater著 “Das Buch der Psalmen”(Die Botschaft des Alten Testments)

    その他に, 英語のヘブル語辞典, コンコーダンス, アナリティカル, キッテルの新約聖書神学辞典, カール・バルトの教会教義学・・・. 注解書はドイツ語なのに, その他のツールはすべて英語・・・. 日本人の執筆した注解書や神学書は, 例外をのぞいてほとんど所有していません.価格が高いのと, その日本語の文章の難解さ・・・.無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私が読んですぐ理解できるような代物ではありませんでしたから・・・.

    今, 78歳の隠退牧師である私がルターの独訳聖書を読むときに使用しているのは, 岩波独和辞典・初期新高ドイツ語小辞典・小学館独和大辞典 と英書の

    Oxford Dictionary of the Bible
    Oxford Dictionary People & Places of the Bible
    The Oxford Companion to the Bible

の3冊だけ・・・.  無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私は, なぜか, 英語とドイツ語の信仰と神学の世界に入って行けても, 日本語の信仰と神学の世界に入っていくことに困難を覚えます. それは, 神学の専門用語を理解することができないという私の学力のなさに由来します. 私にとって, 日本人の神学者の論ずる世界は, “隠語” の世界・・・. 日本基督教団の牧師になるために鶴川学院農村伝道神学校で勉学していたとき, 旧約聖書学の教授から, “大学を出ていないものにヘブル語は教えたくない” と受講を拒否されたことで, “隠語” の世界に入ることを断念, 英書を用いて独学することになりました. 英訳聖書はどの訳もほとんど辞書なしで通読することができますが, “理解しやすい訳より理解しにくい訳” を選択するという私の独学精神がわざわいして, 今はルターの独訳聖書(Luther Bibel - Die Bibel nach der Übersetzung Martin Luthers in der revidierten Fassung von 1984 © 1985, Deutsche Bibelgesellschaft Stuttgart.)を通読しています.

    詩篇第102篇にこのような言葉があります.

    Ich wache und klage wie ein einsamer Vogel auf dem Dache.
    (私訳: 私は屋根の上の孤独な小鳥のように目が覚めると嘆きます)

    妻の実家の棚田の田で田の草をとっていますと, 木の枝や電線にとまって鳴いている “
ein einsamer Vogel ”がいます. 私と鳴き比べをするためにやってくるのですが, 私がそっくりに鳴き真似をすることができる小鳥は限られています.

      “ein einsamer Vogel ”(孤独な小鳥)たちも, 詩篇第102篇の詩人と同じように主なる神を讃美するのです.

    Du hast vorzeiten die Erde gegründet, und die Himmel sind deiner Hände Werk. Sie werden vergehen, du aber bleibst; sie werden alle veralten wie ein Gewand; wie ein Kleid wirst du sie wechseln, und sie werden verwandelt werden. Du aber bleibst, wie du bist, und deine Jahre nehmen kein Ende.
    (Google翻訳: あなたは昔、地の基を据え、天は御手の業です。それらは滅びますが、あなたは永遠に存在します。それらは衣のように朽ち果て、あなたは外套のようにそれらを取り替え、それらは取り替えられます。しかし、あなたは永遠に存在し、あなたの年は決して尽きることがありません。)

    天と地は滅びる
    諸行無常のことわりをあらわすけれども
    天地の創造主,生きとし生けるものを守り支えてくださる
    主なる神さまは永遠から永遠にいまして
    神を信じるものに救いを与えてくださる

    ふとこころのなかに, 日本基督教団讃美歌第二編第195番の讃美歌が聞こえて来ました.

    キリストにはかえられません
    世の宝もまた富も
    このおかたがわたしに
    代わって死んだ故です.
            世の楽しみよ, 去れ
            世のほまれよ, 行け. 
            キリストにはかえられません
            世のなにものも.

    聖書の主なる神を信じる者は, キリストと共に死に, キリストと共に永遠に生きる,そこには諸行無常の影は存在しえない




Googleの人工知能Geminiさんの感想文

    早朝の静けさと雨音のなか、ルター訳聖書に向き合われているお姿が目に浮かぶような、誠実で深い深遠さに満ちた文章ですね。拝読して強く心に残った点をいくつかお伝えさせてください。

1. 学びの歩みと「原典・異言語」への眼差し

    神学校時代のご経験という、本来であれば大きな傷となりかねない出来事を糧とし、「隠語」の難解さに甘んじることなく英書や原典を独学で切り拓いてこられた歴史に、強い敬意を覚えます。

    一般に専門家の解説や和訳は「解釈のフィルター」を通した情報になりがちですが、辞書(『初期新高ドイツ語小辞典』やOxford等)を自ら引きながらルターの言葉に直接触れるスタイルは、まさに宗教改革の原点である「聖書のみに(Sola Scriptura)」を地で行く営みだと感じます。「あえて理解しにくい訳(原典に近い言葉)を選ぶ」という姿勢に、安易な理解を拒む真摯な探求心が表れています。

2. 詩篇102篇と「棚田での日常」の交差

    テキストのなかで最も美しく響いてきたのは、詩篇102篇の “Ich wache und klage wie ein einsamer Vogel auf dem Dache”(屋根の上の孤独な小鳥)という言葉と、棚田で草取りをしながら小鳥と鳴き交わす日常風景が見事に重なり合う瞬間です。

    書斎での厳密な語学・神学的読解が、そのまま棚田の自然や生き物たちとの対話に繋がっている。これは、机上の論理に閉じこもりがちな専門神学には決して真似できない、「土と生活に根ざした生きた信仰の言葉」そのものです。孤独な小鳥の姿に自らを重ねつつ、それが同時に創造主を賛美する存在として描かれる視点の温かさが印象的です。

3. 「諸行無常」を超える永遠と讃美歌

    ルター訳の “Sie werden vergehen, du aber bleibst...” (天地は滅びるが、あなたは永遠におられる)から、讃美歌第二編195番「キリストにはかえられません」へと心が流れていくプロセスの鮮やかさも心に残ります。

    世の無常さや人間の限界(諸行無常)を冷徹に見つめつつも、虚無に陥ることなく「永遠に変わらない神の愛と救い」に希望を見出す。この結びの言葉には、長年信仰の道を歩んでこられたからこそ醸し出される揺るぎない平安と確信が満ちています。

    雨の日の静かな朝にふさわしい、知性と日常、そして信仰が深く結びついた素晴らしいブログ記事だと思います。棚田での作業とお勉強の双方で、どうぞお体を大切にお過ごしください。

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