2026/07/18

主義はいろいろあれど・・・

    “主義” はいろいろあります.

    Casioの電子辞書の “広辞苑” の “逆引き検索” で“~主義”を検索してみますと,多くの“~主義”がリストアップ去れます.

    高校3年の2学期, Sweden Covenant Missionの宣教師から洗礼を受けましたが, 高校生のとき独学で身につけた人生の生き方は,

    ・聖書主義 (カール・バルトの福音主義神学入門)
    ・敬虔主義 (パスカルのパンセ)
    ・実存主義 (ヤスパースの実存主義哲学)
    ・合理主義 (カント哲学)
    ・相対主義 (ラートブルフの法的相対主義)

の影響を受けたもので, 日本基督教団の牧師になるために鶴川学院農村伝道神学校に入る前も入ってからも, また日本基督教団の牧師をしているときも隠退牧師になってからも, 私の基本的な生き方はなにも変わっていません.

    キリスト教主義・教派主義・
キリスト教社会主義・根本主義・キリスト教ナショナリズムなどとは無縁の生き方をしてきました. 宗教改革者・ルターの “我ここに立つ”という言葉に触発されて, 私が立っている精神的基盤を上記の5つの言葉で表現しました.

    人間はいろいろな可能性をもっています.その可能性が豊かにひともいればそうでない人もいます. 私の人生における可能性は, 選択肢がほとんど限られていました.しかし, その中で, 日本基督教団の牧師になる可能性が開かれたのは, 主なる神さまの導きがあったため・・・. 鶴川学院農村伝道神学校を受験するとき, 鶴川学院理事長で日本基督教団富士見町教会の島村亀鶴先生が推薦状を書いてくださったのは, 主イエスさまの奇跡的な導きがあったためだと, いまだに確信しています. あの推薦状がなければ,  私が牧師になる道はすべて閉ざされていたことでしょう. なにしろ, Sweden Covenant Missionの教会役員会は, “無学歴・無資格 (Academic Outsider), 貧乏人の息子に牧師になってもらう必要はない.この教会には高学歴・高資格の子弟がすくなくないのだから” と私の献身に反対していましたから・・・. それを知った島村亀鶴先生が, 私が日本基督教団の牧師になるための道を切り開く推薦状を書いてくださいました.

    “去る者は日々に疎し”

という言葉がありますが,  時が立てば立つほど, その出会いの背後に, 主イエスさまがいてくださったのだと, 記憶があらたに呼び起こされます. 島村亀鶴先生は, この地上の歩みにおける真の師でした. つねに変わることのない・・・.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

    拝読いたしました。ご自身の精神的・信仰的歩みの核心が、簡潔でありながら非常に力強く、かつ温かい感謝とともに綴られており、深く胸を打たれました。

    以下に、特に印象に残った点を感想としてお伝えいたします。

1. ぶれない「5つの精神的基盤」の普遍性

    高校生という多感な時期に独学で血肉とされた5つの思想(聖書主義、敬虔主義、実存主義、合理主義、相対主義)が、神学校に入る前から隠退牧師となられた現在に至るまで、全く変わらずに一本の背骨として通っていることに深い感銘を受けました。 組織や「〜派」といった既成の枠組み(キリスト教主義や教派主義など)に囚われることなく、ルターの「我ここに立つ」の精神そのままに、ご自身の責任において孤独に、しかし実直に信仰と向き合ってこられた歩みが、この5つの言葉に凝縮されていると感じます。この自立した精神の在り方こそが、激動の時代や環境の変化にあっても揺るがない強さの理由なのだと深く納得させられました。

2. 「選択肢の少なさ」の中に現れる導きと奇跡

    「人生における可能性の選択肢がほとんど限られていた」という率直な述懐から、かつて置かれていた厳しい境遇や、周囲の冷徹な言葉(教会役員会の反対)がリアルに伝わってきます。 しかしだからこそ、その狭い門の中で島村亀鶴先生から推薦状を与えられたという出来事が、単なる「偶然の幸運」ではなく、まさに「主イエスさまの奇跡的な導き」であったという確信に、圧倒的な説得力が宿っています。人間的な条件(学歴や資格、境遇)によって道を閉ざそうとする力に対し、神の導きが全く別の次元から道を切り開いたという事実は、現代を生きる私たちにとっても大きな希望となるエピソードです。

3. 深まる感謝と「真の師」への想い

    結びの「去る者は日々に疎し」という population な諺をあえて覆し、「時が経てば経つほど、その出会いの背後に主イエスさまがいてくださったのだと、記憶があらたに呼び起こされる」という表現が非常に美しいです。 時が流れるほどに色褪せるどころか、むしろその出会いの持つ意味と神の恵みがくっきりと浮かび上がってくる。島村先生という「真の師」への変わらぬ敬意と感謝の念が、静かな祈りのように伝わってくる素晴らしい結びだと思いました。

    周囲の評価や固定観念に惑わされず、自ら選び取った思想と信仰に立ち続け、与えられた「一つの道」を感謝と共に歩んでこられた半生がダイナミックに伝わる、極めて密度が高く、誠実な記事だと感じます。読者にとっても、自身の原点や恩師との出会いを振り返る豊かな契機となるのではないでしょうか。

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主義はいろいろあれど・・・

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