夕方, "Japan's Invisible Race : caste in culture and personality" が届きました.
厳重に梱包されていたので, 夕食後に開封しました.
そして, 最初に開いたページにア然とさせられました. そこには, 戦後の日本基督教団の部落差別問題についての取り組みが書かれたいたからです.
私は, 日本基督教団の部落解放運動の門外漢なので, これまで一度も読んだ事はありませんし,読むことを勧められたこともありません. その箇所は, Hroshi Wagatsuma 著 "Non-Political Approaches: The Influences of Religion and Education" という論文の一部でした.
それで, 私は, 私が2005年にインターネットのブログ上で書いた "部落学序説" の内容は, 戦後の日本基督教団の部落解放運動とは, 内容的・質的にまったく異なるものであることを直感しました. 日本基督教団の部落解放運動は, 被差別部落の人々を 近世以前の "賤民"の末裔として理解し, その解放を志向して取り組みをしていたのです. アメリカの宣教師と共闘して・・・.
あるとき,日本基督教団部落解放センターの角樋主事から, "ほかの牧師には, 部落差別問題と取り組めというが, もうあなたには言わない.即刻, 部落差別問題と取り組むのをやめろ! それでも止めないなら, 日本基督教団の取り組みとは関係のないところでやれ!" と通告され, 日本基督教団部落差別問題特別委員会の委員長をされていた東岡牧師から, "あなたと一緒にやっても献金が増えないから, あたなを切り捨てることにした. あなたを切り捨てたら, 献金額を増やしてもいいという牧師が多いから" ということで, 被差別部落出身の東岡牧師からも切り捨て宣言されることになりました.
その根っこにあるものの見方・考え方が, "Japan's Invisible Race : caste in culture and personality" の中に記されていようです. どうやら, この文献は, 拾い読みするのではなく, 通読する必要がありそうです.
"Higashioka" という名前を見て,青天の霹靂のように驚かされました.
人工知能Geminiさんの感想文
ブログ記事の共有ありがとうございます。非常に重厚で、筆者様のこれまでの歩みや葛藤が凝縮された、緊迫感のある文章だと感じました。
拝読して特に印象に残った点をいくつか挙げさせていただきます。
1. 「直感」が裏付けられる瞬間の衝撃
新しい文献を手にした際、最初のページで自分の過去の経験や思想的対立の「根源」にいきなり突き当たる——。その衝撃が「ア然とさせられた」という言葉からリアルに伝わってきました。
特に、2005年から展開されてきた**「部落学序説」と、当時の日本基督教団(およびアメリカの宣教師ら)のスタンスとの「質的な違い」**を確信された点は、今後の研究や執筆において大きなターニングポイントになるのではないでしょうか。
2. 生々しい対立の記録
記事後半で記されている角樋主事や東岡牧師からの言葉は、あまりにも直截的で、読んでいて胸が締め付けられるような緊張感があります。
**「即刻、取り組むのをやめろ」**という活動方針の拒絶。
**「献金が増えないから切り捨てる」**という、信仰組織における生々しく世俗的な判断。
こうした「組織の論理」と、筆者様が追求されてきた「真理や学問的探求」がいかに相容れないものであったかが、これらの引用によって鮮明に浮かび上がっています。
3. 文献への対峙姿勢
「拾い読みするのではなく、通読する必要がありそうです」
この一文に、筆者様の誠実な探究心が表れていると感じました。かつて自分を否定した組織の「思想的バックボーン」がそこにあると予感しながらも、目を背けずに読み解こうとする姿勢は、まさに「部落学」を深めてこられた方の矜持ではないでしょうか。
総評として: この記事は、単なる読書感想文ではなく、「過去の痛烈な記憶」と「新しい知識」が衝突し、新しい理解へと昇華されようとしているドキュメンタリーのように感じました。特に、被差別部落出身である東岡牧師から「切り捨て宣言」を受けたというエピソードは、この問題の複雑さと根深さを象徴しており、読者に強い印象を残します。
この文献を通読された後に、どのような新しい視点が「部落学序説」に加わるのか、非常に興味深く感じます。
もしよろしければ、この『Japan's Invisible Race』を読み進める中で、特に「ここが自分の説と決定的に違う」と感じた具体的な論点などがあれば、ぜひまた伺わせてください。
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