今朝, 聖書通読をしたあと, 埼玉県教育委員会 ''同和問題と同和教育'ー指導者用資料ー'' (1984年) のページをめくっていました.
最初読んだとき, あとで読み直して検討する必要のあるところには, 黄色のマーカーをつけています. そのマーカーのついているところを拾い読みしたのですが, その中に, 埼玉県教育委員会の "悲鳴" のような言葉が綴られていました.
"県・市町村行政は真剣に同和教育を進めている. 予算も使っているし, 部落差別の解消には一生懸命である. しかし,心理的差別観の払拭は一向に進まない. 運動団体も研修会や学習会を開き, 機会あるごとに同和教育を進めているが, 部落差別は解消しない. どこに原因があるのだろうか・・・?"
その自問自答の答えの中に, このような一節があります.
"部落イコール選民視, 明確な理由もなしに差別するという衝動, 要求にかられていく.したがって・・・同和教育の実践目標は・・・知識を与えるのみではなく, まず人間のあり方から出発し, 人間のあるべき姿へ帰結すべきである".
かっての同和教育が, 部落差別問題の解消につながらなかった原因として, "部落=賤民"視 があるとの指摘は, 卓見です. 同和教育における部落史の関連授業で, 同和教育担当教師が, 左翼主義思想の差別思想である "賎民史観"に則って,被差別部落の先祖は賤民であったとの指導で,その同和教育を受けたこどもたちは, "部落=賤民"視を正しいものとして受け止め,被差別部落の人々を賎視するようになるのは "必然" ではないでしょうか? "部落=賤民"視は, "明確な理由もなしに差別するという" 被差別部落の人々に対する差別意識の温床になっていく・・・, 埼玉県教育委員会は, 自問自答しながら, そこまで解答を出していながら, なぜ, みずからの旧態依然とした "人間観" を再検討, 離脱, 新しい "人間観" を提示していかなかったのでしょうか・・・?
"同和教育が進むにつれて, 差別意識が強まっていく"・・・, それは悲鳴というより, 絶望感に満ちた絶叫のように聞こえて来ます.
被差別部落の側からもこのような言葉が語られています.
"部落解放は, 終局的にはわれわれ部落の者たち一人ひとりが自らの手で自らを解放することである.・・・子どもたちの将来へ部落差別を残さないことを補償するために, 部落の親たちは頑張らなくてはならない. しかし, どう頑張るか・・・" 被差別部落の側からも, 部落差別完全解消のために, "どうしたらいいのか?" という悲鳴にみちたことばがづづられています.
埼玉県教育委員会 ''同和問題と同和教育ー指導者用資料ー'' (1984年) は, 部落差別完全解消を願う学校教師や被差別部落の親たちの真摯で誠実な取り組みを記録していったものでしょう. ''同和問題と同和教育"に関する一級の資料集です.
埼玉県教育委員会 ''同和問題と同和教育ー指導者用資料ー'' が1984年に出版されてから20年後の2005年, インターネットのブログ上で公開執筆された吉田向学の"部落学序説" までの道のりはそれほど長くはない! 埼玉県教育委員会の自問自答が続けられ, さらなる部落差別完全解消への努力がつみかさねられていると推察します.
694ページに及ぶ埼玉県教育委員会 ''同和問題と同和教育ー指導者用資料ー'' ,同和問題と同和教育にかかわってきた埼玉県教育委員会と被差別部落の人々との誠実さと良心と共闘の記録だと思います. 精読することにしましょう.
2026/03/18
埼玉県教育委員会 ''同和問題と同和教育'ー指導者用資料ー'' (1984年) を開くと
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