2026/03/18

6:00に起床して8:30までルターの独訳聖書を通読・・・

    今朝は6:00に起床・・・.

    ルターの独訳聖書を通読しました. 旧約聖書のエズラ記を読み終えてネヘミヤ記に入りました.

    エズラ記の最後の章には, "律法" を犯した人々のリストが掲載されていました. "律法" に違背した人々は, バビロン捕囚から解放されてエルサレルムに戻ってきた支配階級・知識階級にも及んでいます. というより, 彼らが "律法" を破ったことで, 民の間にも, それが広がって言ったのでしょう.

   エズラ記の中で, 定型句のように出てくる "
Priester, Leviten, Sänger, Torhüter, Tempelsklaven" ・・・. エズラ記の最後の章にでてくる "律法" の違反者は,  "Priester, Leviten, Sänger, Torhüter" にとどまり,  "Tempelsklaven" の違反者はリストアップされていません.

    ということは,  "Tempelsklaven" (神殿奴隷) は,  エルサレムとその住人を守る "武官" であって,その職務は "律法" と "法" にもとづいて執行され, その日頃の遵法精神から法律違反を犯すことはなかったのでしょう.

    ルターは, "Tempelsklaven" (神殿奴隷) という言葉を使いますが, それが語られる文脈においては,  "Tempelsklaven" (神殿奴隷) と言う言葉を完全に非神話化しているようです. "職業に貴賤の別なし. すべての職業は神の召命である. " という宗教改革者ルターの信仰と神学が染み込んだ言葉であるようです.

    日本の江戸時代でいえば, 藩士・士雇の"軍人" と与力・同心・穢多・非人の "警察" に相当する言葉ですが, "穢多" といわれていた人々が, 左翼主義思想の差別思想である賎民史観では,そのことを黙殺されるのが常・・・. そして,なかに不心得者がいて, 十手持ちという権力のシンボルを振りかざして, 町民・農民から不正の賄賂を要求したり,自らご法度の賭博をしたりします. 中国筋の穢多のように・・・. それを摘発されて処罰された記録を, 翼主義思想の差別思想である賎民史観の学者・研究者・教育者は, 彼らが差別されていた証拠であると力説しますが, それはまったくの曲解です! 徳山藩の穢多たちは, 徳山藩の権力より潘法や幕府の法に従うことをよしとします.

   旧約聖書のエズラ記に出てくる"Tempelsklaven" (神殿奴隷) と日本の江戸時代の軍人・警察である藩士・士雇,奉行・与力・同心・穢多・非人との間に "遵法精神" と "法の執行官" という共通属性があります.  

     日本では,穢多についてなかなかそのような理解に達する学者・研究者・教育者はいません. 日本基督教団に於いても同じ・・・. かって,日本基督教団の指導者のひとりであった菊池吉弥牧師が, 説教の中で, "主イエスを十字架につけた人々は, 日本の穢多のような人々であった" と説教したところ, 被差別部落出身の日本基督教団部落差別問題特別委員会の委員長をしていた東岡山治牧師から,"部落差別をしている" と糾弾されたことがあります. その話は,東岡山治牧師から,京都教区部落解放夏期研修会に参加したとき, 直接聞かされました.菊池吉弥牧師の差別発言事件以来, 日本基督教団の牧師の間では, 主イエスを十字架につけた刑の執行官を "部落民" と解釈することが禁忌状態担ってしまいました.部落差別問題をめぐって不用ないざこざに巻き込まれないためです.

    高学歴高資格の牧師とちがって,無学歴・無資格 (Academic Outsider)  の牧師である私が, インターネット上で, "菊池吉弥牧師の説教は, 差別発言ではなく,部落差別の淵源をあきらかにする起因になる・・・" と, 東岡山治牧師の糾弾を, 無考慮にもとづく勇み足以外の何ものでもないと指摘したものですから, 東岡山治牧師との間に見解の違いが生ずるのは当たり前・・・. 東岡山治牧師からクレームの電話があったとき, "東岡先生は,ほんとうに被差別部落出身ですか? もしそうなら, 無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私が納得のいく史資料を出して証明してください" と話しましたが, 東岡山治牧師は,なにも答えませんでした."糾弾されてもけっこうですが, そのとき, 私は糾弾する側の真正性に関する証拠提示を求めます.
" と話しました. 東岡山治牧師は, "差別者に対する最後の糾弾は,'あの牧師はわたしたちの仲間だ'とひとこと言えば,その牧師を部落民にすることができる・・・ " と話していました. 私は, "私が山口でであった被差別部落の人々はその歴史を大切にしている.穢多の歴史を継承していない私がが穢多の歴史を自分の歴史にすることはできない." と答えました. それが, 東岡牧師との最後の会話になりました.    

    今日, ネヘミヤ記に入ったとき, "岩波独和辞典" に出てこない単語がありました.それで, 思わぬ時間を費やしました.


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