2026/03/12

今朝5:30に起床して, ルターの独訳聖書を通読・・・

    今朝5:30に起床して,  8:30まで, ルターの独訳聖書を通読しました.

    今日, 旧約聖書の歴代誌下を読み終えました. 今朝読んだ聖書のことばに啓発されて, "ここらのもん" と "よそもん" という言葉をドイツ語で表現すると, "Heide" (ここらのもん) と "Heilige" (よそもん)になるのではないかと思いました.

    妻は, 会津の山郷に属する赤津村に生まれ育ったのですが, 赤津村の農家たちからは, しばしば "よそもん" 扱いされて立腹しています. "ここらのもん" は"ここらで生まれ育ったもの" という意味でも "よそもん"は "よそで生まれ育ったもの" という意味だけではなさそうです.

    "ここらのもん" と "よそもん" を分ける原因になっているのが,   
 "Heide" (ここらのもん)"Heilige" (よそもん)・・・. 日本基督教団の隠退牧師になった私と妻を "よそもん" だとラベリングして嫌がらせ, 排除疎外をしているのが, 自称・神道と仏教の "信者"・・・. さすれば, 神道や仏教の経典を読んでその教えを忠実に生きているのかといえば, その気配すら感じられない. むしろ, 日本基督教団の隠退牧師である私の書斎に並ぶ神道・仏教関連の史資料の方が圧倒的に多い・・・

    "ここらのもん" が "よそもん" にハラスメントをくりかえす根拠になっているのが, 神道と仏教の形骸化した "Sitte" (ならわしとしきたり)・・・

    2013年に妻のふるさと湖南に帰郷したあと,民俗学的関心から, 盆踊りのやぐら組に参加しまことがありますが, そのとき耳にしたのが・・・. 

    A: 吉田をこの村から追い出すにはどうしたらええベエ・・・.
    B: やぐらをくんでいるとき, 足場を崩して,怪我をさせたらええべえ! みんながみているなかで事故に負わさせたら, 誰も問題にしねえ!
    C: 怪我をして米がつくれなくなったらここさ出ていくべえ・・・.

    その話を,妻にすると, "あなた, もう盆踊りのやぐら組みには参加しないで!君子危うきに近寄らずというでしょう!" と話していました.

    私と妻は, 
"Heilige" (よそもん)として, 最初から, "ここらのもん" によって "村八分" (Village ostracism) にされています.

    "村八分"とは, 湖南の民俗学者・橋本武によると, "村生活の義理を欠き, 秩序を乱して排斥された者に対する村制裁"で村義理は

    ・出生
    ・成人
    ・結婚
    ・病気
    ・葬式
    ・普請
    ・水害
    ・火事
    ・旅立
    ・法事

の十分別であるが,このうち葬式と火事の二分は免じ,八分の交際を断つものとした"
そうですが, 

    葬式は, 村八分にされたものが死んでいなくなったことを, ただで食ったり飲んだりしながら祝うことができる酒宴の席になる.火事はほっておけば類焼して我が身におよぶことがあるので防ぐ必要がある・・・, 残りの二分も村八分の延長でしかない・・・.

   湖南の民俗学者・橋本武によると, 湖南の人は, "村八分" などの "漢語を使うことで人並みの優越を感じるだけで,言っている言葉の意味が, 自分でも分かっていない人が多いとか・・・

    湖南史談会会員で, 郡山市議会の自民党会派に属する, 赤津村出身の市会議員・良田金次郎さんの話によると, 妻の実家の建っている場所は,赤津村の鎮守の諏訪神社の神主の屋敷があった場所とか・・・. その場所に, 基督教の牧師の吉田さが住むようになるとは不思議なこともあるものだと話してくださいましたが,  今は, 福良村の神主が赤津村の神主を兼務しています. そのおじさんにあたる人は, 私が出た鶴川学院農村伝道神学校の先輩で,今も山形の教会の現役牧師です. 湖南史談会会長が尋ねたとき,  その方は"ふるさとに帰りたい"と話していたそうですが, ふるさとに帰ると,どのように受け入れられることになるのか・・・,想像に難くありません. 

    私は,妻のふるさと湖南に帰郷する前,インターネットの日本の古本屋から湖南と赤津村・福良村に関する史資料を集めましたが,帰郷当時の湖南史談会会長にそれを見せると,"こんなに湖南や赤津村の資料を集めている人はここらにはひとりもいねえ・・・" と話していました. そして, 慣例 (10年間研究状況をみてはじめて会員になれる)を破って,私をすぐ湖南史談会の会員にしてくれましたが, 他の会員のかたがたからの反発がひどく, "よそもん" である, 湖南の "菅原洋一"さんが庶務をやめて他所に移られたとき, 事務処理を引き受けていた私も湖南史談会を離れることになりました."吉田くんがしていることくらい,おらにだってできる!" という役員の方が現れて, これ幸いと湖南史談会を離れることにしましたが, なぜか, その役員の方も数カ月後に湖南史談会をやめられたそうです.それ以降,湖南史談会の事務処理はパソコンから手書きに・・・.    

    私は, パソコンで打ち出した "湖南史談会会報"より手書きの会報の方が人間味があっていいと思っていますので, 湖南史談会の会員に復帰要請はお断りしました.    

     妻も私も, "Heide" (ここらのもん) からくりかえしハラスメントをうけたとしても "Heilige" (よそもん)として, これまで通り, 妻の実家のおとうさんが残してくれた家と田畑で,有機無農薬でコメと野菜を有機無農薬で自給用に栽培しながら年金暮らし&百姓暮らしを生きていくことになります.

    このまえ電話で赤津区長と話をしたとき, "町内会から離脱すると, 町内会を通して配布される農協や農業委員会からの情報や申請書が入手できなくなるのでは・・・"と語りかけてきましたが, "ここらのもん" による嫌がらせは,たとえば,農薬散布時期が記載されている文書をその時期がすぎたあとに, 嫌がらせと稲作の妨害のために, 遅配されてくるのが常だったので,  
そんな役に立たない資料は一切必要ありません"  と答えました.赤津区長からのさらなる応答はありませんでした.

0 件のコメント:

コメントを投稿

昼頃, 棚田の田の様子を見にでかける・・・

    昼頃, 棚田の田の様子を見に出かけました.     電気柵は正常に稼働していいて,  電気柵を突破した野生動物の足跡はありませんでした. 農道をはさんだ西側の農業用水路の堰上げがなされたようです.      妻と私が栽培しているのはわずか2.4反ですが, 専業農家の方は1...