今朝 7:00 に起床して, 8:00までルターの独訳聖書を通読しました.
そのとき, "einerlei Sinn" という言葉に遭遇して, 聖書通読を中断, 9:00まで1時間ほど, "Sinn"の意味を独和辞典をひもといて調べていました.
"岩波独和辞典"によると "Sinn" は "念・心・感" の包括概念であるようです. "岩波独和辞典"の説明は "感" ⇨ "念" ⇨ "心" の順番に意味が記されているようです."岩波独和辞典"でルターの独訳聖書を読むときは,その単語の最初の意味を適用すればスムースに読み進める事ができますが, "Sinn"の箇所ではしっくりきません. それで, 昨夜届いたばかりの "初期新高ドイツ語小辞典" をひもといてみたのですが, "岩波独和辞典"とほぼ同じ・・・.
私は聖書の文脈から "Sinn" = "心" と読んだのですが, その意味は, "岩波独和辞典"に掲載されていても, "初期新高ドイツ語小辞典" には掲載されていませんでした. 私にとっては,とても高価な古書価格の"初期新高ドイツ語小辞典" だったのですが, 最初から, その限界性に直面させられることになりました.
"Sinn" について, 無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私が納得できる説明をしていた独和辞典は, 大修館書店の "マイスター独和辞典" でした. そこには, "文語体" の文章で用いられる "Sinn" についての説明がありました. 複数形の場合は, "意識:官能, 肉欲", 単数形の場合は, "考え, 心, 気持: 心情, 気質"・・・.
それで, 私は, 私の読み "Sinn" = "心" はまちがいないと判断して, Casioの電子辞書の "Oxford German Dictionary" を紐解いてみますと, 複数形では "senses", 単数形では "mind" を意味するとありました.
やまとことばの "こころ" の意味を, "旺文社全訳古語辞典"を確認しますと, 日本語の "こころ"も, ドイツ語の Sinn や英語の mind と同じく多義語で, それらはすべて置き換え可能な言葉であることを確認しました.
"einerlei Sinn" は "一つの心" と訳すことにしました. Google翻訳にかけると, "同じ意味"と訳出されますが, それでは, 歴代誌下30章12節のこの言葉十分に訳出することはできません. それでさらに英訳聖書 (NSRV) で確認すると "one heart", 口語訳聖書では "一つ心" と訳されていました.
信仰の一致は, 人の思惑によってではなく, 神のみちびきのもとでのみ可能になる・・・!
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