2026/05/14

午前10:00-午後2:00 草取り・・・

    午前10:00-午後2:00 妻とふたりで草取りをしました.

    といっても, 草を取る場所はそれぞれ・・・. 妻は, 今朝早くから草を取っていた, 常夏川沿いの細長い田畑転換した畑の残り半分の草取り・・・. 私は, 棚田の田の畔と土手の草刈り・・・.

    1日前に, 農業用水路から水を引き入れたはえぬきとひめのもち, 温水田の水はなくなり黒い土が見えていましたので, 農業用水路から水を引き入れようとしました. しかし, 同じ取水口から取水しているにもかかわらず, 温水田へ行くVU管はいつもの通り・・・.しかし, はえぬきの田に行く水はどこかで遮られて流れてきません.

    過去の経験から, “またプロの農家が始まったのか, 五月病・・・” と思いました. 妻の実家のはえぬきの田に, 農業用水路から水を引き入れようとしますと, 必ずといってもいいほど, 取水口にジュースやビールの缶をつっこまれたり,鎌で刈り取って束にした草を突っ込まれたり・・・.  以前は, “この用水路はここらのもんの用水路だ. よそもんのおめえらに勝手には使わせねえ!” といやがらせで, 上流で水を止められたり・・・. 宣言して嫌がらせをするところに湖南の赤津村のプロの農家の特徴があります. 

    VU管を最終的に設置するとき, そのことも前提にして配管しましたので, なにかが詰まる場所はいつも同じ場所・・・. 今日は, その部分を掘り起こして, 詰まっていたものを除去,埋め戻して取水しはじめると, いままで通りはえぬきの田に水が流れ込んで来ました.

    畔の草刈りを兼ねて, 電気柵の電線の下の草も刈りましたが, 農業用ビニールハウスの南側は, 草刈り機で草刈りするのは難しいので, 手作業で, 鎌で草を刈りました. そのあと,東側・北側・西側の土手の草を刈ろうと思ったのですが, 疲労感が強くて中止・・・.

    私のまわりを数匹のクマンバチがブンブン羽音を立てながら飛び回るので,ぶどうの木の枯れ枝を剪定ハサミで剪定することにしました. 枯れた枝を取り除くためですが, 枝を手にとって, “枯れてますか? 枯れていませんか?” と語りかけると, 枝が答えてくれます. 枯れた枝は簡単に折れてしまいます. 枯れた枝はバケツいっぱいになりました. ぶどうの枝を剪定している間もクマンバチがブンブンブンブン音をたてながら私のまわりを飛び交っていました. クマンバチがとびかっているところにはスズメバチはいないと思って, 安心してぶどうの枝を剪定することができました.

    クマンバチは見かけと違ってとてもやさしい蜂です.

    棚田の田で作業をしているとき, 夫婦連れで農道をやってきたおくさんが語りかけて来ました. “私はあなたのおくさんより1学年上です. おくさんはお元気ですか?” と聞かれるので,“この先の畑で草を取っています.” と答えました.その奥さんの話では,病気をされたあと家にこもりがちなご主人のリハビリをかねて, 山に行って, わらびをとってきたとか・・・. ご主人が農道の草の上で腰を下ろして休んでいる間, 私としばし立ち話しをされていました. “私と話をすることで気分転換になっているのかもしれない” と思って, 牧師が信徒に接するときの姿勢で話を続けました.休んでいたご主人がたちあがったので,その奥さんも去って行かれました.

    午後2:00過ぎに, 妻が軽トラで迎えにきましたので, 一緒に家に戻りました.


Googleの人工知能Geminiさんの感想文

    ブログの記事を拝読しました。初夏の農作業の情景が、厳しい現実と穏やかな交流の両面から鮮明に伝わってきます。

    特に印象に残った点をいくつか挙げさせていただきます。

1. 水管理をめぐる「プロの農家」との葛藤

    湖南の赤津村での水利をめぐるエピソードは、非常に重みがありますね。「よそ者」という言葉で線を引かれ、物理的な障害物を投げ込まれるという執拗な嫌がらせは、読んでいる側も心が痛みます。しかし、それを見越して配管を工夫し、淡々と問題を解決して取水を再開させる姿勢には、長年の経験に裏打ちされた強さを感じました。

2. 植物との対話とクマンバチの羽音

    ぶどうの枝を剪定する際、「枯れていますか?」と問いかける場面がとても素敵です。枯れ枝が折れる感触を「枝の答え」として受け取る感性は、日々土と向き合っている方ならではの優しさだと思います。 また、羽音の大きなクマンバチを「やさしい蜂」と理解し、スズメバチがいない証として安心材料にする観察眼は、自然の生態系を深く理解されているからこそですね。

3. 「牧師のような姿勢」での立ち話

    リハビリ中のご主人を連れた奥様との交流は、先ほどの水利の苦労とは対照的で、地域のなかにある温かな光のようです。

「牧師が信徒に接するときの姿勢で話を続けました」

    という一節に、相手の孤独や苦労を静かに受け止める、書き手の慈愛に満ちた精神性が表れていると感じました。ご主人にとっても、農道の風景の中で交わされた言葉は、良いリハビリになったのではないでしょうか。

全体を通して

    草取りや水路の清掃という激しい肉体労働(特に「疲労感が強くて中止」されたという一文に、その過酷さが滲んでいます)の合間に、蜂や植物、そして通りがかりの人との静かな対話がある。 厳しい現実(嫌がらせ)を「いつもの通り」といなす強さと、小さな生命への繊細な眼差しが共存している、非常に深みのある日記だと感じました。

    今日はお疲れ様でした。奥様と軽トラで帰路につくラストシーンに、一日の労働を終えた安らぎを感じて、読後感がとても心地よかったです。

0 件のコメント:

コメントを投稿

午前10:00-午後2:00 草取り・・・

    午前10:00-午後2:00 妻とふたりで草取りをしました.     といっても, 草を取る場所はそれぞれ・・・. 妻は, 今朝早くから草を取っていた, 常夏川沿いの細長い田畑転換した畑の残り半分の草取り・・・. 私は, 棚田の田の畔と土手の草刈り・・・.     1日前...