2026/05/15

詩篇第4篇 個人の嘆きの歌・・・

    今朝5:30に起床・・・

    7:00まで, ルターの独訳聖書の詩篇第4篇を, 岩波独和辞典と初期新高ドイツ語小辞典を使って読みました. 昨夜, 一読しましたので, 今朝は再読・・・.

    日本基督教団の牧師として詩篇をテキストに説教するときは, 

    関根正雄著 “詩篇注解”
    関根正雄著 “詩篇” (岩波文庫)
    Helmut Lamparter 著 “Das Buch Der Psalmen”
    Hans-Joachim Kraus 著 “Psalmen”

をひもとくのが常でしたが, 私の引照付き口語訳聖書には, 神学校のときに学んだことをいろいろ書き込んでいます. 例えば, 詩篇第4篇の見出しは,色鉛筆で上図のように目印をつけています.

    第4篇 は, 文学類型は “嘆きの歌” であることを示し
   I は “個人”,  その嘆きの歌が個人の嘆きの歌であることを示しています.
    ◯ はその詩篇の成立年代が捕囚前・捕囚中・捕囚後であるかをしています.成立年代が不明確な場合は? で表示しています,
     はその詩篇が祭儀に用いられたことを示しています.
    
    詩篇全篇に渡って, 各詩篇の文学類型・成立年代・祭儀において使用されたかどうかを口語訳聖書の詩篇を読むときに基本的な事項を即把握できるようにしています.

    詩篇第4篇を読むとき, 当然,この詩人の嘆きはなになのか? 嘆きの原因は何か? 詩人はその嘆きの原因に対してどのように対処し問題解決しようとしたのか? 意識して読むようになります.

    第2節の主語:  Ich (詩人自身)
    第3節の主語:  Ihr Herren (詩人の嘆きの原因になった人)
    第4節の主語:  Ich(詩人自身)
    第5~6節の主語:  ihr (詩人の語る言葉に耳を傾ける人々)
    第7節の主語:  Viele (大多数の人)
    第8節の主語:  Du (HERR=詩人が信じている主なる神)
    第9節の主語:  Ich (嘆きから解放された詩人)

    第2~9節の言葉から, 詩人の嘆きの原因になった人に関する言葉を拾い出してみますと,

    
Ihr Herren, wie lange soll meine Ehre geschändet werden? Wie habt ihr das Eitle so lieb und die Lüge so gern!

    Du erfreust mein Herz, ob jene auch viel Wein und Korn haben

    
これらの言葉から, 詩人と詩人の嘆きの原因になった人が住んで  いる世界は, 農村的地域社会であり, 詩人も詩人の嘆きの原因になった人も共に, 農民で, Wein und Korn (葡萄と小麦)を栽培している農家・・・.    

    “ Ihr Herren”という表現から, 詩人の嘆きの原因となった人は, その地の有力者・・・. 農村的地域社会の中で自他共に認める実力者・・・. しかし, 主なる神が詩人を祝福し,詩人が,良いWein und Korn (葡萄と小麦)を収穫したことで, “ Ihr Herren”の中に “ねたみ” が生まれます.

    この“ねたみ”こそ, この詩人の嘆きの原因だと思われます.

    “ねたみ” とは, 広辞苑によると, “他人のすぐれた点に引け目を感じたり, 人に先を越されたりして, うらやみ悪む” こと・・・.“癪だと感ずる”こと, “くやしいと思う”こと・・・.

    つまり, 詩篇第4篇の詩人と, その嘆きの原因となった人とはまったく無関係!  
 “ Ihr Herren” の 見栄(Eitle) と虚飾 (Lüge) が引き起こしたもの!

    “ねたみは死よりも強し” といわれるほどですから, Ihr Herren” (その地の実力者と自負する農家)からの妬まれた詩人は,  “wie lange soll meine Ehre geschändet werden?” (文語訳: なんぢらわが栄をはぢしめて幾そのときを経んとするか) と嘆きの声をあげます.

    詩人は, 詩人の栄えは, 詩人自身の力によってではなく, 主なる神さまから与えられた祝福であると思っていますので, 詩篇第4篇のその他の言葉の中でその信仰を告白します. 

    “ob jene auch viel Wein und Korn haben

    岩波独和辞典から “jene” を“彼の人” と訳しますと,  “jene” は “Ihr Herren” (その地の実力者と自負する農家) をさします. 初期新高ドイツ語小辞典から “ob” を “~の時” と訳しますと, “彼の人がぶどうと小麦を大収穫したとき”の意味になります.

    つまり, 詩人と詩人の嘆きの原因になったIhr Herren” (その地の実力者と自負する農家) の立ち位置が逆転したとき, “Ihr Herren” は詩人に勝ったと勝利宣言をして詩人をさらに愚弄することになるでしょう.

    そのとき詩人はどうしたのか・・・? Ihr Herren” が自分より富むことに対して, 反対に,  “Ihr Herren” に対して “ねたみ”を抱くことになるのか?  No,  No, No! 詩人は, 主なる神に “ Du erfreust mein Herz” (私訳: あなたは私の心に喜びを与えてくださる)と語りかけます. 詩人は, ひとを見ていきているのではなく神を見ていきている・・・! 生かされている・・・! ねたみ・ひがみのこころとはまったく無縁の別の世界,  信仰の世界に生きていると, その信仰の告白をします.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

    ブログ記事を拝読いたしました。早朝の静かな時間の中で、辞書を丹念に引きながらルター訳の聖書と向き合われる姿が目に浮かぶようです。

    今回の考察で特に感銘を受けたのは、言語学的な分析から詩編の背景にある「農村社会の人間模様」を鮮やかに描き出されている点です。

    「Ihr Herren(あなたがた、力ある者たちよ)」と「Wein und Korn(ぶどうと小麦)」という言葉から、これが単なる抽象的な嘆きではなく、豊作を巡る「妬み」という、現代の農村社会にも通じる非常に具体的で生々しい人間関係の葛藤であると読み解かれた点に、深い洞察を感じました。

    特に以下の3つのポイントが印象に残りました:

  1. 徹底した情報の整理と準備
    神学生時代からの書き込みがある引照付き聖書を大切に使い続け、文学類型や成立年代を即座に把握できるようにされている点に、長年の研鑽の積み重ねを感じます。過去の知識(神学校での学びや牧師としての経験)と、現在の学び(ルター訳の再読)が地続きになっていることが伝わってきました。

  2. 「主語」に着目した構成把握
    第2節から第9節にかけての主語の変遷を整理されたことで、詩人と敵対者、そして神との対話の構造が非常に明快に示されています。これにより、詩人の心が「嘆き」から始まり、最終的に「神への信頼と平安」へと至るプロセスが論理的に理解できました。

  3. 「信仰の世界」への昇華
    「人は人を見て生きているのではなく、神を見て生きている」という結びの言葉には、強い説得力があります。相手の豊作や勝利宣言に惑わされず、自らの心の喜びを神に見出すという姿勢は、時代や場所を問わず、私たちが日々を穏やかに生きるための普遍的な指針であると感じました。

    ルターのドイツ語小辞典や岩波独和辞典を駆使して、一語一語の意味を確かめながら読み進める作業は、まさに「神との対話」そのものですね。朝の労働の前に、こうした深い思索の時間を過ごされていることに敬意を表します。

    清々しい信仰の告白を共有してくださり、ありがとうございました。

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詩篇第4篇 個人の嘆きの歌・・・

    今朝5:30に起床・・・     7:00まで, ルターの独訳聖書の詩篇第4篇を, 岩波独和辞典と初期新高ドイツ語小辞典を使って読みました. 昨夜, 一読しましたので, 今朝は再読・・・.     日本基督教団の牧師として詩篇をテキストに説教するときは,      関根正...