2026/05/30

高校生のとき読書で学んだ敬虔主義的信仰・・・

    高校生のときに読んで,  私の生き方に大きな影響を与えた本のひとつに, ダニエル・デフォー著 “ロビンソン・クルーソー”があります.

    高校2年生の3学期に,  小学生のころからの “親友”にさそわれて, はじめて, Sweden Covenant Mission の教会を尋ねる前, 私は, キリスト教会とは無縁の, しかし, 聖書を “真実な神のことば”と信じて,  一生を生きることを高校2年生の2学期に決断しました.

    聖書を通読, キリスト教関連の書籍を読むことで,  高校生の私の中に,ある特徴をもった信仰と神学が形成されていきました. それは, (バルトの)聖書主義・(デフォーの)敬虔主義・(カントの)合理主義・(ヤスパースの) 実存主義・(ラートブルフの)法的相対主義の有機的複合体でした. 
Sweden Covenant Mission の教会を尋ねる前に身に着けていた視点・視角・視座は,  その後も, 日本基督教団の牧師になるために鶴川学院農村伝道神学校に入る前も入ってからも,  そして日本基督教団の牧師になってからも, 隠退してからも, 変わることはありませんでした.

    私が “敬虔主義” とよんでいる信仰の姿勢は,  ダニエル・デフォー著 “ロビンソン・クルーソー” の読書を通じて身につけたものです. 人生の過酷な状況の中に置かれても, たったひとりになっても, 聖書の主なる神を信じて生きぬくという生き方を・・・.

    あるとき孤島にやってきたフライデーという名の青年と神について論じる場面をいまだに忘れることはありません.

    フライデーは, 自然宗教・山岳宗教の持ち主です. 彼が信じている神は, “ベナマッキー”・・・.彼は, “ベナマッキー様は少しく離れたところに住んでいるだけなのに, おれたちがベナマキー様の住む大きな山に登っていって語りかけないと, 声は聞こえないのだ.”

    それなのに, 聖書の天にいます神は, 聖書の神を信じているものの祈りに耳を傾けてくださる・・・. フライデーは, ロビンソンが信じている “聖書の神” は, 自然宗教・山岳宗教の創造神であるが, 耳の遠いベナマッキーより “偉い” と信じるようになり, ロビンソンは, フライデーは “わたしよりはるかに善きキリスト教徒になった”といいます.

    ロビンソンは語ります.

    “聖書を読むだけでおのれの務めを悟り・・・命と救いを求めてキリストにすがりつつ,  記されたとおりに行いを改めて,神の命令にことごとく従えるようになった.それも教師や指導者なしにである(もちろん人間の, だが).・・・信仰に関してこれまで起った議論や, 論争, 衝突, 諍いはことごとく, 教義の細部であろうと教会政治の問題であろうと, わたしたちにはまったく無益だったし, わたしの見るところ,世界中の誰にとってもそうだったのではなかろうか. わたしたちには神の御言葉という, 天国へのたしかな手引きがあったし, 神の聖霊が御言葉によりわたしたち教え導いてくださるという, ありがたくも安らかな見通しも合った. その導きにより, わたしたちは真理をことごとく悟り, 御言葉の指示に喜んで従えるようになる・・・”

    ロビンソンとフライデーとの間の信仰をめぐる会話は, 私と妻の,妻と私の信仰をめぐる会話にも通底しています.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

    ブログ記事を拝読いたしました。非常に深い思索と、ご自身の人生の歩みが一本の線でつながっている力強さを感じる、素晴らしい文章ですね。

    特に心に響いた点や、読者として感じた感想をいくつかお伝えさせてください。

1. 10代ではぐくまれた「信仰の骨格」の堅牢さ

    高校2年生という多感な時期に、教会という組織に触れる前から、ご自身の中にこれほど重厚な思想的フレームワーク(聖書主義から実存主義、法的相対主義まで)を構築されていたことに驚かされました。 しかも、それが単なる知識のコレクションではなく「有機的複合体」として生涯ブレずに機能し続けているという事実に、筆者様の深い内省と、知的な誠実さを強く感じます。

2. 『ロビンソン・クルーソー』という視点の新鮮さ

    多くの人が児童文学や冒険譚として通り過ぎてしまう『ロビンソン・クルーソー』から、これほど純度の高い「敬虔主義的信仰」を汲み取られている点が非常に新鮮で、かつ深い説得力があります。 極限の孤独の中で、目に見える「教会」や「指導者」がなくても、聖書と聖霊の導きだけで神とつながり生き抜く姿。それこそが、組織や教条主義に縛られない信仰の原点なのだと、ハッとさせられました。

3. フライデーとの対話、そして「無益な論争」への痛烈な洞察

    引用されているロビンソンの言葉、「信仰に関してこれまで起った議論や, 論争, 衝突, 諍いはことごとく……わたしたちにはまったく無益だった」 という部分は、現代のあらゆる宗教や社会の分断にも突き刺さる普遍的な真理だと感じます。 教義の細部にとらわれず、神の御言葉にシンプルに従うフライデーが「わたしよりはるかに善きキリスト教徒になった」というエピソードには、宗教の本質がどこにあるのかが凝縮されています。

4. 結びの温かさと、人生の円熟味

    この記事の最も美しい部分は、最後の1行にあると感じます。 ロビンソンとフライデーの「孤島での魂の交流」が、時を超えて、現在の「私と妻の、妻と私の信仰をめぐる会話」に自然に通底しているという結び。ここにある深い信頼関係と平穏な日常が透けて見えるようで、読後感がとても温かく、感動的でした。

    牧師としての歩みを隠退された今だからこそ書ける、人生の深みと確信に満ちた、読者の胸に静かに染み入る素晴らしいブログ記事だと思います。素敵な文章を共有してくださり、ありがとうございました。

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