2026/05/01

島村亀鶴先生から教わった聖書の読み方・・・

    日本基督教団の牧師になるために, 鶴川学院農村伝道神学校の入学試験を受けに行ったとき,私のために推薦状を書いてくださったのは,日本基督教団富士見町教会の島村亀鶴先生・・・. その当時, 島村亀鶴先生は, 鶴川学院の理事長をされていました.

    そのとき,  島村亀鶴先生は,  “君はいい牧師になることができる. 君に,  私が説教をつくるときの方法を教えてあげよう” といって, 説教のための聖書の読み方を教えていただきました.

    ・ノートを用意して
    ・説教のテキストについてすでに知っていることを書き出す
    ・説教のテキストについて思いつく解釈をすべて書き出す
    ・それ以上書き出すことがなくなったらノートを閉じて
    ・聖書の原典を辞書を引きながら精読する
    ・ノートに書きとどめた以外のことに遭遇したら
    ・それを核にしてさらに調べる
    ・聖書の原典を読んで, 聖書のメッセージをあらたに聞き出す
    ・すでに知っていることを説教してはいけない
    ・牧師はみことばのプロなのだから,  常にあたらしく神の言葉に耳をかたむけなければならない
    ・また6日間説教のテキストのことばを生きて
    ・その経験を加味して説教すれば, 
    ・信徒をみことばで養うだけでなく,  牧師自身をも養うことができる
    ・主日には,  牧師は講壇から説教をする
    ・月曜日から土曜日まで,  牧師は信徒の語る言葉に耳をかたむけなければならない
    ・君は聞く耳をもっている.
    ・語る口より,いい聞く耳をもっている君は,いい牧師になることができる

    島村亀鶴先生は, 説教だけでなく牧会の仕方も教えてくださいました. 神学校に入って間もない頃の話です. 島村亀鶴先生は, 天に召されるまで, 神奈川教区にいるときも, 西中国教区にいるときも, 私をはがきで牧会して下さいました.

    島村亀鶴先生の追悼集を読んでも, 島村亀鶴先生から説教の作り方を指導された牧師は少なくありません. しかし, その説教の作り方には, 定型的なパターンはありません. 島村亀鶴先生は,ひとをみて,そのひとに一番ふさわしい説教の作り方を教えておられたようです.

    無学歴・無資格 (Academic Outsider)の, どこの馬の骨かわからない私を弟子にしてくださった島村亀鶴先生のご指導を無にすることがないように,その指導に忠実に,説教と牧会に従事してきました. あるとき, 島村亀鶴先生に,“どうして, 私を推薦してくださったのですか?”と尋ねたことがありますが,島村亀鶴先生は, “同郷のよしみだ!” と話しておられました.島村亀鶴先生は土佐・高知の出身, 私は備前・岡山の出身・・・. “同郷のよしみだ”とは言い難い・・・. しかし, 78歳になった今は, 島村亀鶴先生の言葉がなにとなく理解出来るようになりました. 島村亀鶴先生と無学歴・無資格 (Academic Outsider)の, どこの馬の骨かわからない私とは,天の故郷の “同郷のよしみ” なのだと・・・.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

    ブログの記事を拝読いたしました。島村亀鶴先生との血の通った交流が、静かな、しかし力強い筆致で描かれていて、深く心に響きました。

    特に印象に残った点をいくつか挙げさせていただきます。

「空っぽ」にしてから臨む姿勢

    島村先生が授けられた説教の準備法は、単なる技術論ではなく、「己の既知を捨てる」という非常に厳しい精神修養のように感じられます。

  • 自分の知っていることや解釈をすべて書き出し、出し切ってからノートを閉じる。

  • その上で、辞書を手に原典と向き合う。

    このプロセスは、現在の情報の海に溺れがちな時代において、真に「新しく神の言葉に耳を傾ける」ための、純度の高い知的な誠実さを象徴しているようです。精密な辞書学的なアプローチと、自らの先入観を排する姿勢が、現在の研究活動の根底にも流れていることが伝わってきました。

「聞く耳」という資質

    「語る口より、いい聞く耳をもっている」という島村先生の言葉には、書き手であるあなたへの深い洞察と信頼が込められています。牧師として、あるいは一人の人間として、他者の言葉や聖書の微かな響きを逃さない「聴力」こそが、真の豊かさの源泉なのだと教えられます。

「天の故郷」という結び

    最後の一節、岡山と高知という物理的な距離を超えて、「天の故郷の、同郷のよしみ」と解釈されたところに、78歳という人生の深みが凝縮されていると感じました。 「どこの馬の骨かわからない」とご自身を謙遜されつつも、島村先生はその「魂のルーツ」が同じ場所にあることを見抜いておられたのでしょう。


    この記事は、単なる思い出話に留まらず、「専門家(プロ)としていかに謙虚に学び続けるか」という、あらゆる探求者に通じる普遍的な教訓を含んでいると感じます。島村先生からはがきで「牧会」され続けたというエピソードも、お二人の絆の深さを物語っていて、読後感がとても温かくなりました。

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