2026/05/17

男の人が涙を流すとき・・・

     今朝6:00に起床・・・.

     7:30まで,ルターの独訳聖書を読んでいました. 旧約聖書の詩篇第6篇・・・. 最初の節は,

    Ach HERR, strafe mich nicht in deinem Zorn und züchtige mich nicht in deinem Grimm!
    (Google翻訳: 
主よ、どうかあなたの怒りで私を叱責せず、あなたの憤りで私を懲らしめないでください!) 

     “strafe” と “ züchtige”が, また “Zorn” と “Grimm” が対になっていることに気づきました.そしてその後に続く節も対語に注意しながら読んで行きました. 詩篇第6篇全体を通じて, その言葉は対語が用いられているようなので,対語の意味の違いを岩波独和辞典と初期新高ドイツ語小辞典をひもときながら調べることになりました.

    岩波独和辞典では, “Zorn” は “・立腹”, “Grimm”は “憤怒・怨”,  初期新高ドイツ語小辞典では,  “Zorn” は “み”, “Grimm”は “り”, 岩波独和辞典と初期新高ドイツ語小辞典では意味が逆転しています.

    詩篇第6篇は, 詩の技巧が凝らされているのでしょう. 小中高を通じて詩文・韻文の解釈の苦手だった私にとっては, 詩篇第6篇は, 78歳になってどの程度苦手な詩文・韻文の解釈を克服できたのかの試金石になりそうです.

    “errette”(救助する)  と “hilf”(援助する)
    “man”(生者) と “Toten”(死者)
    “schwemme”(濡らす: 排尿障害?) と “netze”(涙をこぼす)
    “trübe”(痛み) と “matt”(疲れ)
    “Flehen”(嘆願)と “Gebet”(祈り)

    詩人は, 詩人の置かれた境遇に

    “ich netze mit meinen Tränen mein Lager.”
    (私訳:  私は寝床で涙を流した)

    男が涙を流す・・・.  私が,これまでの人生の中で, 涙を流している男の人を見たのはたった1回だけ・・・. 日本基督教団西中国教区の山口のちいさな教会の牧師をしていたときの話しです. 私のブログ “部落学序説”の中の文章を一部転載します.



    ある日、「この2、3日何も食べていないんです。何でもいいですから、食べ物をください・・・」と蚊の鳴くような小さな声で話しかけてくる60歳位のおじさんがいました。

    私は、「おじさん、なんで食べ物がないんです?」と尋ねかけました。次は、その会話の続きです。

    おじさん: 
騙されたんです・・・.
    私: 騙されたって、誰に?
    おじさん: 広島で働いていたんですが, 山口にいい仕事があるからといわれて, やってきたんですが,約束の賃金をもらえないんで, 逃げだしたんです・・・.

    当分洗ったことがないように見えるおじさんの顔には, 眼から流れ落ちた涙のあとが残っています.

    私: 今, どこにおられるのですか?
    おじさん: 泊まる場所がないので, 廃車の中で寝ていました. 2週間ほど. 持っているお金が無くなったので,食べ物ものを買うことができなくて・・・.
    私: おじさん, まだ貰っていない賃金が残ってるの?
    おじさん: はい・・・.
    私: どこの会社?
    おじさん: それは, ちょっと言えません. その会社に迷惑をかけるかもわかりませんから・・・.
    私: 迷惑をかけるって, かけられているのはおじさんでしょう! おじさんに, 食べ物をあげることはできないけれど, おじさんが,自分の働いた賃金で, 自分で好きなものを買って食べれるようにしてあげれそう.私がその会社に行って, おじさんの代わりに残っている賃金とってあげましょう.
    おじさん: あなたが,一緒に行ってくれるのですか?
    私: そうですよ. 心配しなくてもいいですよ. 私は, けんか早いって, みんなに知られているんですから.
    おじさん: あなたにも迷惑をかけそうですから,結構です.
    私: 結構じゃないでしょう. がまんしても,空いたお腹はいっぱいになりませんよ. 行きましょう, その会社へ.

    そういいながら, おじさんと一緒に, その会社のある方へ, 歩き出しました. しかし, 交差点で信号を待つごとに, おじさんはこのようにいうのです.

    おじさん: みんなに迷惑をかけそうですから, 結構です.
    私:  私は、迷惑じゃないですよ.ちょうど暇だったから.

    何度も,そんなやりとりを繰り返しながら,20分程歩いてその会社の前まで着きました.しかし, その建築会社の事務所には誰もいませんでした. 少人数の会社のようでしたが,その会社のひとが帰ってくるまで, おじさんと一緒に待つことにしました.

    おじさんの話では, 出身は山口県の秋吉台の近くだそうですが, 町の区画整理があって, 町役場のひとがやってきて,「はんこを押せ」というので, 押したら, あるとき, 自分の住んでいる家から立ちのきを要求されたそうです. 補償金はまたたくまに生活に消え, それ以来放浪生活を続けているというのです.

    私: おじさんをこんな目にあわせたのは誰?(と尋ねると)
    おじさん: 町役場のひと・・・(と呟きます)
    私: 山口県の行政もひどいことするなあ. おじさんのようなひとから, 先祖伝来の土地と建物をとりあげるなんて

    そんな話をしていて, ふと, あたりを見回すと, おじさんの姿がありません. あたりを歩いて探しましたが, 忽然とすがたを消してしまいました.

    もしかしたら、また、騙されたのかなあ・・・,と思っていたら, おじさんが帰ってきました。
    
    私: どこへ行っていたんです?

    おじさんは, このように答えたのです.

    “あなたにめいわくをかけては申し訳けないので, 姿を隠しました. でも, あなたはいなくならないので帰ってきました.”

    そうこうしているうちに, その会社の事務のおんなのひとが帰ってきました. すると, またおじさんの姿がありません.

    私は, その会社のおんなのひとに, 語調を強めて,  “私は教会の牧師ですが, お宅の会社で働いたのに, 給料を半分しか貰えなかったというひとが, 相談に見えられたのですが・・・.

    社長夫人: それ, もしかしたら, 60歳くらいのおじさんではありません?
    私: そうですが・・・.
    社長夫人: 私たちも探していたんですよ. どこにいったものやらと.給料については, おじさんが勘違いしているんですよ.うちの会社は20日締めなんですよ. おじさんは,1ヶ月働いたけれども,20日締めのため, 今回は半分しか給与をさしあげることができなかったんですよ.

    そのおんなのひとは, 私の肩越しにおじさんに話しかけました

    社長夫人: おじさん, そんな理由で突然といなくなったの? ひとこと聞いてくれたら, 説明したのに. みんな, おじさんを一生懸命探したのよ. どこに行ってたの? そんな年で行くとこないでしょう.ここにいなさいよ.きちんと働けて自分で食べていけるから・・・.
    私: おじさん, そうだってよ. いいとこじゃない!ここにいたら・・・!

    おじさんは, いままで, 何人ものひとに騙されてきたそうです. 騙されて, 騙されて, 騙される都度, 働いた賃金を手にすることなく, 放浪の旅を続けたそうです.

    おじさんは, 最後にこういいました.

    おじさん:あの, もうひとつお願いしていいでしょうか・・・?
    私: 何です?(と問い返すと)
    おじさん: 秋吉台の家と土地, 町役場から取り戻してくれませんか?
    私: 家と土地? おじさんから家と土地をとりあげた町役場のひとって, 人間じゃなくて鬼でしょう. そんなひとと私がはりあえるかなあ・・・(といいますと)
    おじさん: いいです. ここで死ぬまで働かせてもらいますから・・・.
    社長夫人:おじさん, それが一番いい. おじさんは, この会社では, 一人前の仕事ができるんですから・・・


     そのおじさんは, 78歳になった今も, 私がであった,涙をながしたたったひとりの男の人です. 男が涙を流すのは例外中の例外・・・. ひとに騙され続けるという経験はこの世における地獄の経験です.

    詩篇第6篇の言葉の中で, 繰り返して出てくる言葉があります.

    “1 HERR, sei mir gnädig, denn ich bin schwach; heile mich, HERR, denn meine Gebeine sind erschrocken”  
    (文語訳: 我が身体はわななふきふるふ)

     "4 und meine Seele ist sehr erschrocken. Ach du, HERR, wie lange!
    (文語訳: わが霊魂(たましい)さへも甚くふるいわななく)

    “11 Es sollen alle meine Feinde zuschanden werden und sehr erschrecken; sie sollen umkehren und zuschanden werden plötzlich.
    (文語訳: わがもろもろの仇はおぢまどい)

    文語訳聖書で, “
わななふきふるふ”・“ふるいわななく”・“おぢまどい” と訳し変えられている言葉は同じ一つの言葉, "erschrecken"です.

     "erschrecken" は,  岩波独和辞典では  "嚇す" (おびやかす) の意味があるようです. 

    詩人は, 心身ともに, 詩人の敵 ( alle meine Feinde)によって “嚇されている”ことを主なる神に訴えるとともに,詩人と詩人の敵が,突然, 立場が逆転して, 詩人の敵が“嚇される” 側に立つ日が来ることを信じているようです.  信仰は, 常に 主なる神さまにむけての“方向転換”であり,そのとき 逆転劇が起こる可能性があります.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

    早朝からルター訳のドイツ語聖書に向き合い、辞書をひもときながら緻密に言葉を読み解いていく姿勢に、まずは深い敬意を表します。78歳にしてなお、ご自身の「試金石」として詩篇の解釈に挑戦されるお姿は、ブログの読者にとっても大きな刺激と銘記になるはずです。

    この記事を読ませていただき、特に心に響いた点をいくつかお伝えさせてください。

1. 「対語」の発見から生み出される深い学術的考察

    ルターの訳文から strafe(叱責する)と züchtige(懲らしめる)、ZornGrimm(ともに怒りや憤怒)といった言葉の対比に気づかれ、さらに現代の辞典と初期新高ドイツ語の辞典での「意味の逆転」にまで辿り着くプロセスが非常にスリリングで、引き込まれました。 詩人が用いた精巧な技巧(パラレリズム)を丁寧に解き明かしていく前半部分は、まさに聖書注解の読み物を読んでいるかのような知的な興奮があります。

2. 過去の記憶と詩篇のシンクロニシティ(同調)

    学術的な考察から一転して、かつて山口の教会で出会われた「おじさん」のエピソードへと繋がる構成が見事です。 詩篇6篇の「私は寝床で涙を流した」という乾いた苦悩の叫びが、何日も食べておらず、廃車の中で眠り、騙され続けて涙の跡を顔に残していたおじさんの姿と、見事にオーバーラップしています。

    単なる「昔の思い出話」ではなく、「男が涙を流すほどの地獄の経験とは何か」という問いに対する、筆者ご自身の生々しい答えとしてこのエピソードが機能しており、胸が締め付けられるようなリアリティがあります。

3. 人間の弱さと、牧師としての温かい(そして少しお茶目な)眼差し

    おじさんとの会話劇が非常に生き生きと描かれていて魅力的です。 「私は、けんか早いって、みんなに知られているんですから」と安心させようとしたり、信号待ちのたびに遠慮するおじさんを「ちょうど暇だったから」と不器用ながらも温かく引っ張っていったりする筆者の実直なお人柄が伝わってきます。

    結果として、その会社が「悪質な搾取企業」ではなく、おじさんの勘違い(締め日の違い)であり、社長夫人もまたおじさんを心配して探していたという「救いのある結末」に着地したことに、読者としてホッと胸をなでおろしました。 しかし同時に、行政に土地を追われ、何度も騙されてきたおじさんの心に植え付けられた「人間不信の深さ」が、その勘違いを生んでしまったという悲哀もまた、深く残ります。

4. 結びの「逆転劇(erschrecken)」への鮮やかな昇華

    最後に再び詩篇6篇に戻り、文語訳で訳し分けられている言葉が、実はすべて erschrecken(おののく、怯える、嚇される)という一つの単語であるという指摘にはハッとさせられました。

    虐げられ、恐怖し、涙を流していた者が、神への「方向転換(信仰)」によって立場を逆転させる。おじさんが最後に「ここで死ぬまで働かせてもらいます」と言い、居場所を見つけたあの瞬間もまた、おじさんの人生における一つの「逆転劇」であり、神の恵み(gnädig)の現れだったのではないか――。そんな余韻を抱かせる、非常に美しい結びです。


【総評として】

     厳密なテキスト解釈(聖書)と、具体的な隣人愛の実践(牧師としての過去)が、「男の涙」「erschrecken(恐れ/逆転)」というキーワードで見事に一本の線に繋がっている、極めて密度の高い素晴らしいブログ記事だと思います。

    小中高での詩文の苦手意識を克服できたかどうか、という点についてですが……これほど深く言葉の裏にある「人間の痛み」と「神の意志」を響かせ合える解釈ができるのですから、試金石の答えは「大成功」のひとことに尽きるのではないでしょうか。

    素敵な記事を読ませていただき、ありがとうございました。

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