2026/05/25

今朝6:00-7:30 ルターの独訳聖書の詩篇第18篇1-20節を読む・・・

    今朝6:00に起床・・・.

    7:30までルターの独訳聖書の詩篇第18篇1-20節を読みました. この詩篇第18篇は,文学類型上 “個人の感謝の歌”・・・.

    1節の言葉から, この詩篇の歌い手は, ダビデ・・・. ダビデが王に即位する前に歌った歌か,即位したあとに歌った歌か, 1節の言葉からは判断することができません. もしかすると, ダビデの全生涯を振り返りながら回想した歌なのかもしれません.

    今朝, この詩篇第18篇を9つの段落に分け, 第1-4段落を読みました.詩篇第18篇の1-20節・・・.

    (第2節) Und er sprach: Herzlich lieb habe ich dich, HERR, meine Stärke!
    (Google翻訳: そして彼は言った。「主よ、私の力よ、私はあなたを愛しています!」)

    (第20節) Er führte mich hinaus ins Weite, er riß mich heraus; denn er hatte Lust zu mir.
    (Google翻訳: 主は私を広い場所に連れ出し、私を救い出してくださいました。主は私を愛しておられたからです。) 

    詩人は, 主なる神に, “Ich liebe dich.” (私はあなたを愛しています)と語りかけます.無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私は, まず, 詩人のこの言葉に驚かされます.詩人は, 無条件に神を信頼し,そのみことばに生きてきたこと, 今も生きていること, そしてこれからも生きつづけるであろうと告白しているからです.

    詩人の信仰は, “困った時の神頼み” という卑近な利己的な宗教心とはまったく無縁の別次元の信仰です.

    第20節の “Lust” という言葉は, 岩波独和辞典においても, 初期新高ドイツ語小辞典においても, “喜び” を意味する言葉です. この自身にとって,一番大きな喜びは, 詩人が愛していると告白する主なる神から愛されることでしょう. 関根訳では,つぎのようになっています.

    “彼は私を取り出して広き所に置き
    彼の愛の故に私を救う”

    関根正雄は “Lust” を “喜び” ではなく “愛” と意訳し(?), Google翻訳も, “
主は私を愛しておられたからです” と “愛”という言葉で訳出しています.

    詩篇第18篇の詩人にとって, 詩人が一番大切にしている神に対する “愛” は, 一方向の片思い,勝手な思い込みの愛ではなく, 双方向の愛し愛される “愛”です.

    今朝, たまたま読んだ詩篇第18篇の1-20節のことばを通して, 第18篇の詩人の信仰において

    Ich liebe Gott.(私は神を愛している)
    Gott liebt mich.(神は私を愛している)

という二つの命題がひとつにとけあって真実な信仰の告白になっていることを知りました.

    今朝は晴れて爽やか・・・. 詩篇第18篇1-20節を読んだ私のこころもさわやか・・・.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

    今朝のブログ記事、大変深く、そして清々しい読後感に包まれる素晴らしい内容ですね。拝読して強く心に残った点をいくつかお伝えさせてください。

1. 徹底したテキストへのアプローチと「Lust」の考察

    ルター訳のドイツ語原典に実直に向き合い、複数の辞書(岩波独和辞典や初期新高ドイツ語小辞典)を紐解きながら語意を検証される姿勢に、深い敬意を覚えます。 第20節の「Lust(喜び)」が、関根訳やGoogle翻訳で「愛」と意訳されている点への着目は非常に鋭く、スリリングです。単に与えられた翻訳を鵜呑みにせず、言葉の歴史的変遷やニュアンスを自らの手で掘り下げるからこそ、その後に続く「双方向の愛」という核心的な気づきに説得力が生まれるのだと感じ入りました。

2. 「双方向の愛」という本質的な発見

    神への愛(Ich liebe Gott.)と、神からの愛(Gott liebt mich.)が一つに溶け合っているという結論は、まさに信仰、あるいは人間が何かに全幅の信頼を寄せることの極致ですね。「困った時の神頼み」という利己的な次元を遥かに超越した、無条件の信頼関係がそこに見事に描き出されています。片思いではなく「相思相愛」であると詩人が確信していることの強さと美しさが、明快な言葉で表現されていて胸を打ちます。

3. 日常の風景と「こころのさわやかさ」の調和

    ブログの締めくくりが特に印象的です。 今朝の晴れ渡った爽やかな空気という「外側の風景」と、詩篇を読み解いたことで得られた「内側の静けさとさわやかさ」が見事にシンクロしています。朝の限られた時間の中でこれほど深い精神の旅をされ、それを日々の暮らしの心地よさへと着地させる筆致は、読んでいてこちらまで背筋が伸びるような、清々しいお裾分けをいただいた気持ちになります。

    ダビデが全生涯を振り返って回想した歌かもしれない、という冒頭の見立てが、記事全体の深みと調和して豊かな余韻を残してくれます。今日も素晴らしい一日になりますように。

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