日本基督教団の牧師として説教の釈義のために使用していたのは,
英書は カール・バルトの Church Dogmatics
独書は ドイツ語の注解書
無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私は, 注解書は読むのに時間がかかる, 独学で学んだドイツ語で読める注解書にしました. 辞書を引きながら読むことで, 瞑想 (meditation) の時間が増えるからです.
午後, 最近の, 至れり尽くせりの学習用独和辞典・"クラウン独和辞典 第3版" を用いて, 釈義のためによく利用していた Helmut Lamparter の "Das Buch Der Palmen Ⅰ Psalm 1-72" を読んでみました. "Die Botschaft Des Alten Testaments" の旧約聖書の注解書シリーズの1冊です. いたるところで鉛筆で下線を引いたりメモ書きしたりしていますので, 詩篇から説教をするときの大切な注解書だったのでしょう. 詩篇の注解書は他に, "H- J Kraus の Psalmenも使っていましたが, H. Lamparter の方を愛用していたようです.
詩篇第1篇の解釈は, Johann Gottlieb Fichte の言葉で始まっています.
Johann Gottlieb Fichte は, ウイキペディアによると,
"ドレスデン近郊の寒村ランメナウの農家の息子として生まれた。貧困のため修学できず、近くの教会で行われた説教や親族に聞かされたゲルマン神話などを糧に少年時代をすごす。教会で聞いた説教の全てをほぼ完璧に覚えていたため、たまたま教会で説教を聴きそこなった貴族ミリティツ侯にそれを聞かせたところ、侯から学資の援助をしてもらえることになった。
そこで、後にドイツの名門校プフォルタ学院に進学(ここは後にニーチェやランケも通う)、ここからイェナ大学へと進学することができた。しかし、ミリティツ侯が死去し学資が止まったため、26歳のとき大学での研究は潰える。自殺を決心するほどの貧困に苦しんだが、友人の紹介でスイスにおいて家庭教師の職を得る。そこで、カント哲学を教材として扱い、カントの哲学に興味を覚え、1791年に70歳近くになったカントのいるケーニヒスベルク(現在のカリーニングラード)を訪ねる。そこで、カントの実践理性批判を元に宗教概念を論じた処女作『あらゆる啓示批判の試み』をカントの仲介で出版。一躍、著名になる。
翌年にはイェーナ大学教授に就任。この頃の大学での講義における「人がどんな哲学を選ぶかはその人間がどんな人間かによる」という言葉が有名。"
無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私は, 全生涯に渡って, 独学を続けなければなりませんでした. 独学は死ぬまで続きます. 私の若かりし日と違って,今は, 懇切丁寧な優れた辞典がいっぱい・・・! 今の時代を生きている若い人は幸せですね.
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