2026/02/08

驚いた, 私の終の棲家は Bergeland にあった・・・

    今朝6:00に起床して, ルターの独訳聖書を通読しているとき,  Hügellland という言葉が出て来ました.

    岩波独和辞典をひもときますと, "丘陵地" と出て来ます. しかし, 他の独和辞典とは異なって,"丘陵地(200~500m)" と"丘陵地"が海抜何メートルの高さの場所をさすのか,数値で具体的に表示されていました.

    私の終の棲家になる,東北福島の湖南の赤津村は,標高530m, 棚田の田は550m・・・. ドイツ語の 
Hügellland  の範囲の外にあるようです.

    それでは,湖南の赤津村の地はドイツ語でどのように表現されるのか・・・, Casioの電子辞書の "アクセス和独辞典" と岩波独和辞典を手がかりに関連用語を調べてみますと,

    ・
Tiefland (低地)は,"海抜20m以下"
    ・Ebenland (平地)
    ・Hochland (高地)は, "海抜200m以上"
            ・ Hügellland (丘陵地)は, 200~500m
            ・Bergeland(山岳地)は, 500m以上

    妻のふるさと湖南の赤津村は, ドイツ語の Bergeland(山岳地)に属し, その住民は "山の民"・・・・. ドイツ語の世界でも,"山の民" は, 他のドイツの民とは異なる, 独特の生活習慣・慣習を持っているようです. それが何であるのか, ドイツ語の辞典からは知ることができませんでしたが, これまで,海と山のおおざっぱな区分しかして来なかった私にとっては驚くべきドイツ語の語群でした.

    生まれ育った家は瀬戸内の入江に面して裏庭の角には船着き場があり,入江の向こうには塩田が広がっていました. 台風の季節には年に1,2度床上浸水するのが常・・・. 30年間日本基督教団の牧師をしていた山口のちいさな教会のあった場所は大海町・・・.昔は大呑町と呼ばれていたそうで,台風のとき水害で度々水没したことがあるのでそういう名前がつけられたとか・・・. 私の母は, 徳島県美馬郡半田町坂根という剣山の麓の村に生まれ育ち,盆と正月によく子どもたちをつれて里帰りしていました. そして,父祖・吉田永學が信州長野の出身だと知って,私は, こどものころから山の生活と暮らしにあこがれていました.

    今朝, ドイツ語の辞書を引きながら, 私が現在住んでいる場所は Bergeland(山岳地)に属し, その住民として百姓暮らしをしている私はすっかり "山の民"になってしまっていることを自覚させられました. 妻の実家の棚田の田は,常夏川が流れる谷間にあり, 妻の実家の母屋が建っている場所は谷間の平地・・・.

    私が, これまで,  Bergeland(山岳地)に身を置きながら,それをしかと自覚できなかったのは,妻のふるさと湖南には, 大きな湖があり,湖水のほとりの道をくるまで走っているときに見える光景は, 瀬戸内の島々のある光景そっくりで, 生まれ育った瀬戸内の海から遠く隔たった奥羽山脈の端にすんでいてもすぐ近くにふるさとの海の面影を持つ猪苗代湖があったため・・・.

    ドイツ語の Bergeland(山岳地)の住民である "山の民"の生活と暮らしを知るために,  すでに入手しているけれどまだ読んだことのない "ドイツ村落共同体の研究" を, 暇を見つけて, 読んでみることにしましょう.

    こどものころの "あこがれの山里暮らし" , 主なる神さまが,日本基督教団の隠退牧師になった私に与えてくださった恵みのひとつです.

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