今朝6:00に起床, 8:00までルターの独訳聖書を通読しました.
今日は, "岩波独和辞典"で辞書引きしたあと, "クラウン独和辞典"で同じ単語の辞書引きをしました. その結果,わかったことは,
・岩波独和辞典は昔のドイツ語の用法が普通に掲載されている
・クラウン独和辞典は,その単語が古い時代の言葉であり, 現代ドイツ語では別の表現をする
つまり, ルターの独訳聖書を読むときに, この2冊の独和辞典を使って辞書引きすると,ドイツ語の昔の用法と今の用法を同時に学習できるということ・・・.
"岩波独和辞典" で "sparen" という単語を引いたとき,"sparen die Wahrheit" という語句が目に入りました.無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私が直訳すると,まず"真実を節約する" と言う訳になりますが,"岩波独和辞典" では "真実を惜しんで言わぬ" 意味だそうです. それで, 私は, "sparen die Wahrheit" を"ほんとうのことを言わないで隠す" と意訳することになります.
無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私にとって, どんな独和辞典が使いやすいのか, 私はほんとうのことを話していて,隠していることは何もありません. 日本基督教団西中国教区の山口のちいさな教会の牧師をしていたとき, 教会役員の一人で倒産したということで教会員からオカネを集めていた人が,"この教会の牧師を騙すのは簡単だ. 彼はいつもほんとうのことしかいわないから・・・" と話していました. 語る言葉に裏の意味があり,その裏にさらに異なる意味があるような生き方をしていると,聖書のみことばから大きく逸脱してしまうことになります. 聖書の信仰に生きるということは,聖書のみことばに対して真実を生きること意味します.
しかし, "die Wahrheit" を語り続けて思うのは, "die Wahrheit" を語るということがいかに難しいかということ・・・.
2013年4月1日に,日本基督教団の隠退牧師になり,東北福島の妻の実家のある郡山市湖南町赤津村に帰郷・帰農して,有機・無農薬でコシヒカリの栽培をはじめましたが,そのとき,プロの農家の方々から,"おめえ,バカでねえのけ? ここらではコシヒカリは採れねえ! 青立ちして泣きべそかくの,見るのがたのしみだなあ!" と罵倒されることが度々ありましたが,彼らの期待に反して,妻と私は2025年まで毎年,コシヒカリを栽培・収穫し続けることができました.
プロの農家が "どうやってコシヒカリを作ってるんだ?" と問いかけてくるので, "夏でも15°Cの水が流れている常夏川の水でコシヒカリをつくるには,水温を8-12°C上げればいいので, 棚田の田の一部を温水田にして水をあたためて,その水をコシヒカリの田に注いでいるんです・・・" とその理論と実践法を教えて差し上げたのですが, プロの農家の多くは,"それはうそだ! そんなんでコシヒカリが採れるなら,ここらのもんの誰かが既にやってるべえ? 誰もやってないということは,あんたの言っていることは嘘だということだ!" と散々私を誹謗抽象して去って行きましたが,2年連続でコシヒカリを収穫したのをみて,次の年,プロの農家たちは,"地球温暖化でコシヒカリが採れるようになった!" といって一斉にコシヒカリを栽培・・・. 専業農家の話しでは,"みんな青立ちして採れなかった.ここらでコシヒカリを栽培する知識・技術をもっているのは吉田くんだけだ" と話していましたが, ほんとうのことを話してもほんとうのことはなかなか伝わらない・・・.
みんなが考えたりしたりしている一般的・通俗的なことだけが真実で,そこから逸脱している少数者の言動は不真実で,間違いであるとの主張が, 彼らの思考の背後にはあるようです. ほんとうのことは,質より量にあるとする,極めて現代的・実利的な世界がそこにあります. しかし, 真実は,往々にして, 量より質の世界に宿っています. 私は, "sparen die Wahrheit" (ほんとうのことを出し惜しみする)ことはありません. それが受け入れられようとられまいと・・・.
"岩波独和辞典" と "クラウン独和辞典" を同時併用しますと,ドイツ語の古い言葉と今の言葉を同時に学ぶことができます. ルターの独訳聖書を読むことで,ドイツ語のお古い言葉だけでなく現代にも通用する今のドイツ語も学ぶことができます.
私は, "sparen die Wahrheit" (真実を語ることをケチる) ような生き方はしたくない. 主イエスさまの次のことばの範囲内ですが:Ihr sollt das Heilige nicht den Hunden geben, und eure Perlen sollt ihr nicht vor die Säue werfen, damit die sie nicht zertreten mit ihren Füßen und sich umwenden und euch zerreißen.
ちなみに,"sparen die Wahrheit" と言う表現は, 現代ドイツ語では, "真実を守る" (Google翻訳) という意味です.
0 件のコメント:
コメントを投稿