2026/03/24

ミシンが踏めない男は男ではない・・・

    妻が使っているミシンは,

    JUKIの職業用ミシン 1本針本縫いミシン
    SINGER 家庭用ジグザグミシン
    株式会社ジューキのベビーロック

    適宜交換が必要な部品はすでに入手しているのですが, 今回, JUKIの職業用ミシン (1本針本縫いミシン)のボビンケースを2個注文しました. 注文先は, JUKI公式オンラインストア・・・. 注文と同時に会員登録されましたが, スーパー・ホームセンター・ドラッグストアが1軒もない湖南には, もちろんミシンの販売店も修理店もありません.

    インターネットで必要な部品を入手できるのは, いいですね.

    郡山のホームセンターのカインズホームでミシンの解体・修理用のドライバーを各種売っていました. その数本を購入して使っています. 今度, 郡山にでかけたとき, ミシンの修理用ドライバーを一式購入することにしましょう.
 

  私の生まれ故郷は, 岡山県児島郡琴浦町下丿町・・・. 昔から繊維産業の町です. 私は,生まれたときから,母が内職でミシンを踏む音を聞いて育ちました. 生家の庭は, 入江に面していたので, 夜になって漁にでる漁船の焼玉エンジンの音を子守唄がわりに聞いて育ちました.そんな私が子どもの頃から耳にした言葉は, "ミシンが踏めない男は男ではない・・・" という言葉・・・. 繊維産業の町で一人前の男として生きていくためには, 工業用ミシンを自分で修理・調整したり,自分で縫製ができなければならない, それができないと, 繊維産業の町では生きていけない・・・, そんな雰囲気が, "ミシンが踏めない男は男ではない・・・" という "格言" になったのでしょう.  

    私は, 小学生になる前から, なってからも,  母の内職の手伝いをしていました. 学生服の糸切り, ボタンつけ・・・. そのため,小学校の参観日のとき, 担任の教師が, "運針の競争をして私より長く運針を続けることができた人には成績の5をあげます"と宣言して,父兄のみまもるなか運針競争が始まりました. そのとき最後まで運針を続けることができたのは私・・・.担任の教師は,"吉田くんには5をあげます" と宣言していました. そのときの父兄たちどっとざわめいて, "あのこ, 養子にほしい!" と声を上げていました. 誰ひとりとして,"男の子のくせに女の子より運針ができるなんて!" と侮蔑するひとはいませんでした.

    "ミシンが踏めない男は男ではない・・・" 

    そんな環境で生れ育ったから,ドイツ・イタリアの縫製機器を扱う専門商社の株式会社ジューキ倉敷営業所に5年間もつとめることができたのでしょう.

    この前, 娘家族が遊びにきたとき, 妻は娘にこの冬, 妻の夏着のためにつくったワンピースやスカートを見せていました. 娘もおどろくほどの出来栄え・・・. "おかあさん, 向学ちゃんのために服を縫ってあげて・・・" と妻に頼んでいました.

     *挿絵はGoogleの人工知能Geminiさんがつくってくれたもの

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