今朝6:00に起床して, 7:00までルターの独訳聖書を通読しました.
旧約聖書・ネヘミヤ記の第6章に入って, いろいろ考えさせられました. "ここらのもん" と自称している人たちと, 自分のふるさとに帰還したにもかかわらず, "よそもん" として誹謗中傷・罵詈雑言にさらされるユダヤの人々・・・.
"ここらのもん" が "よそもん" にどのような仕打ちをするのか・・・.
それを読みながら, 聖書の神を信じていないひとびとのことばとふるまいを如実に知ることができる言葉が並べられていました.聖書の神を信じていない人々のことばとふるまいは, 昔も今の, アジア大陸の西と東の端まで,ほとんど何も変わっていないようです.
昨夜, 赤津村出身の小説家・諏訪三郎の小説 "大地の朝"を紐解いていました.
この小説のほかに,同じ著者による小説 "家"・"鬼怒十里" をはじめ, 妻のふるさと・湖南町(赤津村・福良村を中心に)の歴史や民俗,郷土誌にかんする史資料を, 日本の古本屋経由で集めたなかの1冊です.
湖南町赤津村の秋山雄記さん (元湖南史談会会長)宅の庭に, 諏訪三郎の記念碑が建っています. その庭には, "諏訪三郎資料館" が建設され,諏訪三郎に著作だけでなく, その関連史資料が収集保管され, 展示されています. 秋山雄記氏が収集いていなかった諏訪三郎の小説をインターネットの日本の古本屋経由で見つけ入手して秋山雄記氏に寄贈したこともあって, "諏訪三郎資料館" の資料を全部写真に撮らせていただきました.
その"大地の朝" をひもときながら, 作者の諏訪三郎は, 赤津村で生まれ育って経験させられれたことに深い "怨念" を持って, "家" や "大地の朝", "鬼怒十里" などを書いたののではないかと思いました.ふるさとを懐かしく思い郷愁の思いをもって筆を走らせたのではなく, 赤津村の泥臭い人間関係の中を生きざるを得なかった諏訪三郎こと半澤成二 (明治29年生) の, 心が荒んで冷たい赤津村ののなかを生きる著者自身の心の葛藤を描いているように思われます.
私にとっては, 湖南の赤津村出身の諏訪三郎や湖南町福良村出身の真船豊の小説は, "農民小説"というより, "農村社会学"・"農村社会史"・"農民心理学"の史資料になりそうです.
"木は, 私にとつていつも, 一番通説な説教者である.
木が, 民族や, 家族をなし, 森や林をなしていきているとき, 私は木を尊敬する.
木は, 孤独者のような,
なんらかの弱みから,こっそり逃れ去った隠遁者のようではなく,
ベートーベンやニーチェのような,
偉大な孤立した人々のようだ.
その梢の中で, 世界がざわめき, その根は無限なものの中に憩っている.
しかし木は,それに浸りきっておらず,
生命のあらゆる力をあげて, ただ一つのことを成就しようと努める."
その "木"とは, 赤津村の農民から孤立・屹立した諏訪三郎という名の半澤成二そのものの姿を綴った者のようです.
昨夜, "大地の朝"に目を通したあと血圧を測定しましたら,最高血圧が跳ね上がっていました. なんと 145・・・!
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