2022/12/31
2006~2022年の大晦日・・・
黒猫黒兵衛の主食の生アジも十分な量を確保できましたので、今日は、どこへも外出しないで、家でのんびり、くつろいだときを過ごしていました。黒兵衛も、石油ストーブをたいている居間のソアーの上で丸まっていました。筆者は作業着のほころびを針と糸で修復したり、テレビのドキュメンタリー映画を見たり、Hannah Arendt 著『Men in Dark Times』を読んだりしていました。妻は、おせち料理つくり・・・。
テレビで、<同居する世帯全体の平均年収は2020年の推計で、母子家庭は373万円、父子家庭は606万円でした。これは子どものいる世帯全体の平均年収のおよそ814万円と比べて、母子家庭は半分以下、父子家庭は4分の3程度の水準にとどまっています。>と報道されていましたが、インターネットで検索すると、世帯主の平均年齢68.4歳の高齢勤労者世帯で477万円、同72.3歳の高齢無職世帯は240万・・・。数字だけみていると、だんだん、暗い気持ちになてきます。数字に依存しないで、これまでと同じように<清貧生活>をまっとうする気になれば、老後も安定した日々を過ごすことができます。
日本基督教団の牧師をしていた32年間の<清貧生活>、隠退牧師になってからの10年間も同じ<清貧生活>を続けていますが、<清貧生活>を続ける限り、筆者と妻の老後の暮らしは安定していくと思われます。健康管理と自給用に有機/無農薬で米と野菜、果実を栽培し続けて行く限り・・・。
午後、隣村のコイン精米所ではえぬきを精米・・・
午後、妻に言われて、隣村のコイン精米所で、標高550mの湖南高原の、妻の実家の棚田の田で有機・無農薬栽培した<はえぬき>を精米しにでかけました。
大晦日とあって、くるまはほとんど走っていない閑散とした福良の町を走って、そのコイン精米所で精米しました。
2013年4月に、妻の故郷・湖南に帰郷・帰農して、コメつくりをはじめましたが、湖南農協は、組合員ではないものに種もみは販売できないとして、湖南農協からあきたこまちの種もみを入手することができませんでした。それで、京都の<のうけん>から、コシヒカリ・はえぬき・ひめのもちの種もみを取り寄せ、それで、有機・無農薬米を栽培してきました。湖南のプロの農家の方々は、<ここらのもんは、よそもんのおめえらにコメつくりは教えねえことになってんだ!>と筆者と妻に語り掛けてきましたが、それで、筆者と妻は、湖南のプロの農家が栽培していないコシヒカリ・はえぬき・ひめのもちを栽培することにしました。山形の米沢にドライブしたとき、山形産のおこめが美味しいとわかりましたので・・・。湖南の赤津村のプロの農家、<ここらでは、コシヒカリやはえぬきは採れねえ!>と話していましたが、はえぬきは、<あきたこまち>と<庄内29号>をかけあわせてつくられたもの・・・。いわば、<あきたこまち>ファミリー・・・。<はえぬきがつくれたら、あきたこまちはつくれる・・・>と思って、ずっと<はえぬき>を作り続けています。
インターネットで検索しますと、はえぬきについてこんな紹介がありました。<お米のはえぬきは、山形県庄内平野にある山形県農業試験場庄内支場というところで、1992(平成4)年に開発された品種です。米どころ山形県で生まれ育ったオリジナルの米、まさに生え抜きの米が大きく飛躍し続けることを願って名前をつけられました。お米の粒がしっかりしてふっくらとたきあがり、冷めても味が落ちにくいため、業務用のお弁当やおにぎりにも広く使用されています・・・>。
大晦日の夕ご飯は、新米の<はえぬき>・・・。とても、美味しい・・・。<はえぬき>は、<コシヒカリ>とおなじようにねばりがあって、かめばかむほど甘みが出てきます。妻は、<あきたこまちの娘のはえぬきが採れるのですから、あきたこまちを栽培する必要はありません>と、いまだに頑として、あきたこまちの有機・無農薬栽培を拒否しています。筆者と妻の<はえぬき>は、素人百姓の筆者と妻の、いわばシンボルです。
農園主の妻の方針転換・・・
吉田農園の農園主の妻、2022年末に、一大決心をしたようです。それは、これまで、新米を食べないで古米を食べ続けてきましたが、それは、素人百姓の筆者と妻、コメが収穫できないときのことを考えて、玄米保冷庫に保管している古米から食べることにしていました。しかし、妻のふるさと・湖南に帰郷・帰農して10年、これまでの経験から、妻のふるさと・湖南の赤津村の、標高550mの湖南高原の棚田の田でも、有機・無農薬栽培で、コシヒカリ・はえぬき・ひめのもちを栽培・収穫できることがわかったからです。
これからは、発想を転換して、新米を食べることに・・・。もし、飢饉のときは、玄米保冷庫に保管している古米を食べることにしました。
昨日、郡山に住んでいる娘家族のために、ひめのもちのモチをもっていくとき、あらかじめ、娘に電話すると、まごの向学ちゃんが騒ぐ声が聞こえていました。お餅を持って行ったとき、娘に、<朝、向学ちゃん、何騒いでいたの?>と尋ねると、娘は、<朝ご飯をたべているとき、向ちゃんが、納豆ごはんばかり食べているので、「おかずを食べなさい」というと、向ちゃんは、「おかずはいらない。納豆ごはんを食べたい」といって騒いでいたの・・・>と話していました。
まごの向学ちゃん、<ばあばのまんまはおいちい>といって、有機・無農薬で栽培したコシヒカリのごはんが大好きです。妻は、<まごの向ちゃんが美味しいといってくれるのだから、わたしたちも、同じ新米を食べましょう!>と方針転換を決めたようです。まごの向学ちゃん、玄関に入ると、<だれがきたのだろう?>と筆者をみつめていましたが、マスクをはずして、<向ちゃん!>と呼びかけると、<ああ、じいじいだ!>と大きな声で話しかけてきました。この前電話で、<アンパンマン・・・じいじい・・・いっしょにあそぼ!>と話していましたが、郡山市は、福島県の中でも一番、新型コロナの感染者が多いので、お餅をわたして、向学ちゃんに挨拶して、家にもどってきました。
まごの向学ちゃんにとって、筆者は<じいじい>、妻は<ばあばあ>・・・。筆者はこどものころ、母親の影響で、<じいやん>、<ばあやん>と呼んでいましたが、娘は、<向ちゃんは、会津弁なのよ>と話していました。
2022年に入手した本は・・・
2022年に入手した本は、
『Men in Dark Times』
『The Origins of Totalitarianism 』
『アーレント=ヤスパース往復書簡1』
『アーレント=ヤスパース往復書簡2』
『アーレント=ヤスパース往復書簡3』
『イタリア語文法徹底マスター』
『しっかり学ぶフランス語文法 』
『スコットフォースマン英語類語辞典』
『ゼロからスタートフランス語 文法編』
『デイリー6か国語辞典 日英独仏伊西』
『デイリーコンサイス伊和・和伊辞典 中型版』
『デイリー日伊英・伊日英辞典』
『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』
『プログレッシブ仏和辞典 第2版』
『ポケットプログレッシブ 中日・日中辞典』
『ポケットプログレッシブ韓日・日韓辞典』
『ポケットプログレッシブ全訳古語例解辞典』
『ポケットプログレッシブ仏和・和仏辞典〔第3版〕』
『ヤスパース選集12 イエスとアウグスチヌス』
『ヤスパース選集21 真理 自由 平和』
『ヨハネ二十三世魂の日記』
『ライティングのための英文法ハンドブック』
『ライフサイエンス英語類語使い分け辞典』
『ロワイヤル・ポッシュ仏和・和仏小辞典』
『ロワイヤル仏和中辞典』
『暗い時代の人々』
『英語で論理的に表現する』
『英語論文実用表現717』
『英語論文重要語彙717』
『英語論文表現事典』
『旺文社ハンディ英和・和英辞典』
『絵で見るイタリア語 1』
『絵で見るスペイン語1』
『絵で見るフランス語 』
『現代の眼 22(11)』
『現代の眼1981年11月号 特集反差別闘争の課題-差別のルーツを追え』
『現代教育社会学講座』
『現代言語学辞典』
『現代語から古語を引く辞典』
『古語大辞典』
『古語林』
『社会科学系のための英語研究論文の書き方』
『熟語本位 英和中辞典差別語・婉曲語を知る英語辞典』
『書く英語 応用編』
『書く英語 実用編』
『書く英語・基礎編』
『小学館 オックスフォード英語類語辞典』
『小学館プログレッシブ和英中辞典』
『小学館伊和中辞典』
『小学館全文全訳古語辞典』
『新修 部落問題事典』
『水平運動並に之に関する犯罪の研究』
『全体主義の起原』
『続 日本語で引く英語類語辞典』
『読み手の心を捉える! 英文テクニカルライティング』
『日英語比較講座 第2巻 文法』
『日本語で引く英語類語辞典』
『発信型英語 類語使い分けマップ』
『文法から学べるイタリア語』
『弁証法的唯物論と史的唯物論』
蔵書を増やすのはこれで最後、これで最後・・・と思いつつ、2022年は、約60冊の本を、インターネット経由で入手しました。今年最後に届いたのは、アーレントの『Men in Dark Times』でした。11月19日に注文して、届いたのは、12月29日・・・。日本の古書店ではなく、アメリカの古書店なので、日数がかかったのでしょう。それを見た妻、<あなた、いいわね。そんな本、辞書なしで読めるのですから・・・>。筆者、<この本は、哲学書と同じだから、英単語を知ってるだけでは、文章の意味が分からない・・・。邦訳を読んでもわからない箇所を英書で確認すると、よくわかる場合も少なくないから・・・。哲学書、日本語に訳されると、とたんに難解な文章になるよね・・・。>と答えましたが、『Men in Dark Times』より『The Origins of Totalitarianism 』の方が読みやすそう・・・。
蔵書を増やすのは、前期高齢期まで・・・。75歳になり、後期高齢期に入った筆者は、すでに入手している約3,600冊の蔵書を読破するのみ・・・。ほとんどが学術書・研究書、史資料・論文集ばかりなので、読破するのは大変ですが・・・。無学歴・無資格(Academic Outsider)の筆者が、Engliish Writing で『部落学』(Research on Buraku Discrimination in Japan)を執筆するための多角的な視点・視角・視座を確保するには十分な蔵書量です。
2022/12/30
黒猫黒兵衛のための生アジ探し・・・
今日は、午前9:30~午後1:30まで、郡山に、黒猫黒兵衛のための生アジを探しにでかけました。
郡山のアパートに住んでいる娘たちのために、ひめのもちのお餅を届けたあと、スーパーの鮮魚売り場で生アジを探しましたが、鮮魚売り場は、すっかりお正月モード・・・。アジ、サバ、サンマ、イワシなどの魚はなく、ほとんど高級魚介類ばかり・・・。黒猫黒兵衛は、新鮮な生アジを焼いたものしか食べませんので、スーパーの鮮魚売り場をたずねること、4店目・・・。2匹入り×7パックを入手することができました。そのスーパーで入手できなければ、生アジ探しは断念することにして入った最後のスーパーで、生アジをみつけました。その数14匹・・・。
家に戻ると、妻は大喜び・・・。<よかったわ。アジがないと、黒ちゃん、とても悲しそうになくんですもの。「ボクの食べるものがない・・・」って。これだけあれば、当分大丈夫・・・。>と話していましたが、例年のことながら、年末の生アジ探しは、筆者の年中行事になってしまいました。今年は、3日間探して、11店目でやっと生アジを入手することができました。黒猫黒兵衛も、我が家のかけがえのない家族ですから、黒ちゃんのためなら、えんえやこら・・・。
2022/12/29
夕方、ひめのもちで搗いた延べもちを切る・・・
ついたもちの半分は、我が家で消費・・・、あとの半分は、娘夫婦とまごの向学ちゃん用・・・。
大掃除をしなくても、なにとなく、年始・年末の備えができたような気分です。
ひめのもちは、ねばりがあまり強くないので、高齢者が食べても、のどにつかえて窒息死する可能性はほとんどありません。
我が家の大掃除は、春になってから・・・
今朝、妻に、<いつすすはらいするの?>と訪ねますと、妻は、<外は雪がつもって、冷たい風が吹いているのに、窓をあけて大掃除をするというの? 我が家のすすはらいは、春になって、あたたかくなってから・・・。>と話していました。
それに、雪が積もっているにもかかわらず、杉の枝には杉の花が咲いて真っ赤になっているところもあります。杉花粉アレルギーのある筆者は、長時間、窓をあけて、部屋を大掃除するのは杉花粉を部屋に充満させることになりますので、やはり、大掃除は、年末ではなく、春の農繁期の前あたりに行うのがよさそうです。そのころは杉の花粉の飛散量も少なくなっていますので・・・。
黒猫黒兵衛の生アジを入手できず・・・
郡山や須賀川と違って、高齢者が多い猪苗代では無謀運転するひとや、駐車場で我先に陣取り合戦をする人はほとんどいなくて、普通のドライブをすることができました。国道49号線の側道で、猪苗代湖の浜辺にたむろしているカモの群れに餌をやっている若いカップルが居て、その餌を求めて国道49号線まであがってきたカモが、国道をウロウロしていました。妻は、<国道でカモに餌をやるなんて、ダメよね・・・>と、カモがくるまにはねられないかどうか心配していました。
今日は、ドラッグストアで、筆者用の風邪薬<プレコール>36錠・9日分、1箱を購入しました。昨日、郡山で同じものを1箱購入しましたが、これで、72錠、18日分・・・、しかし、筆者は半量で効くので、36日分になります。体温が37°Cを超えると、規定通りの分量を服用します。最近、なぜか、プレコールを置いていないドラッグストアが増えましたので、みつけたときには購入することにしていました。
<新型コロナ>も<コロナウイルス>・・・。普通の風邪ウイルスであるコロナウイルスを
サルトル・ボーヴォワールは、やはり理解できない・・・!
筆者、高校生のときに読んだ実存主義哲学者のうち、ヤスパースは理解できても、ハイデガーやサルトルは理解できませんでした。
今、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『老い』の第二部を読んでいますが、ボーヴォワールは、ゲーテ、トルストイ、ユーゴの老後の生き方について言及していました。ボーヴォワール、<老いの発見と受容ー身体の経験>の章で、彼らの<好色爺>的側面をするどく描き出していました。しかし、最初から読んでいて突然の<変調>に、<ボーヴォワール、狂したか?>と思わざるをえませんでした。
ユーゴについては、いかなる劣等感にも悩まされることがなかった人であるようです。自分を誇りに思う自尊心に富んでいて、多くの人から愛され、ユーゴ自身も自分を多くの人から愛されるべき存在であると確信していた。自分の主体性をいつも確保し、他者の意見や批判に屈することはない、<崇高な老人>としての生き方をまっとうしたようです。しかし、ボーヴォワールは、ユーゴのことを理解することはできないといいます。ユーゴのこころとその生き方の二面性を考えるときに・・・。
筆者、そのくだりを読んでいて、ユーゴはもちろん、その老いの生き方を暴露することを楽しむようなボーヴォワールも理解できない・・・。サルトルやボーヴォワールの実存主義は、ヤスパースやアーレントの実存哲学とは、永遠に交わることのない平行線のような気がしてきます。筆者、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『老い』を読むことをやめて、ヤスパースの『真理について』と、アーレントの『暗い時代の人々』の読書に戻ることにしました。
サルトルやボーヴォワールの実存主義は、無学歴・無資格(Academic Outsider)の筆者には、あまり関係のない世界・・・。
2022/12/28
農村伝道神学校の創立70周年記念誌は、封印したままに・・・
今日、農村伝道神学校から、創立70周年記念誌が送られてきました。
以前、Sweden Covenant Mission の教会の記念誌や、筆者が農村伝道神学校を出たあと最初に赴任した、日本基督教団神奈川教区の開拓伝道、洋光台・港南台伝道所が成長・発展した横浜港南台教会の記念誌も送られてきましたが、いずれも未開封のまま・・・。
横浜港南台教会の牧師から、元慶応大学教授の教会役員から、教会の創立○○周年の記念史を出すときに、<初代牧師>である、無学歴・無資格(Academic Outsider)の筆者は、映えある横浜港南台教会の牧師にふさわしくないので、その教会の記念史から筆者の名前を削除するように求められているとの電話がありました。そのとき、筆者、元慶応大学教授の役員の方の要望を聞いてあげたらいいと返事しました。学歴・資格のある、中産階級・知識階級のサロン的教会にしたい、というのが、彼の望みだったのですから・・・。<坊主憎けりゃ袈裟まで憎い>・・・。無学歴・無資格(Academic Outsider)は、ひとにあらず・・・。そのあとに送られてきた記念誌は、筆者、未開封のまま、目にすることはありませんでした。
筆者が神学生時代を過ごさせていただいた日本基督教団阿佐ヶ谷東教会の記念誌も、未開封のまま・・・。筆者が、日本基督教団西中国教区の山口の小さな教会の牧師をしていた教会は、筆者がその教会を辞任したとき、宗教法人の解散手続きをしました。教会役員会の要請で、筆者は退職金を全額放棄、教会の財産は、すべて包括法人である日本基督教団に寄附、教会員の半数が被差別部落出身者であり、様々な問題を抱え、教会誌として記録に残すべきではないとの教会役員会の判断でした。したがって、筆者の西中国教区での30年間の伝道・牧会に関する記録は一切なし・・・。
無学歴・無資格(Academic Outsider)であるにもかかわらず、日本基督教団の牧師になった筆者の結末です。しかし、筆者は、後悔はしていません。筆者、いつも、<主なる神さま、神さまのみむねのままに、わたしを導いてください。主なるイエスさまのみあしのあとについてまいりたいと思います・・・>といつも祈ってきた、筆者の信仰生活の結末でもありますから・・・。
人生は、いつか脱線することになるレールの上を走っている機関車のよう・・・
シモーヌ・ド・ボーヴォワール著『老い』の第二部を読みながら、筆者が今、<老い>について持つイメージは、<老い>とは、いつか脱線することがきまっているレールの上を走る機関車のよう・・・。
人生は、はじめとおわりがあります。おぎゃと生まれてから死ぬまで、そのひとに与えられた人生の時間を生きていきますが、人生には、始発駅と終着駅があります。始発駅と終着駅をつなぐ線路の上を<人生>という機関車が走っていくのですが、ひとそれぞれ、始発駅と線路、終着駅は異なります。共通しているのは、人生という鉄路の旅は、終着駅にたどりつく前に、脱線があるということです。人の一生は、脱線をさけられない線路の上を走っている機関車のよう・・・。その機関車の名前はタレント・・・。1タレントの機関車もあれば、10タラント、100タラントの機関車もあります。100タラントの釜と石炭を積んでいる機関車は、高速で大きな荷物を満載して走ることができるでしょうが、1タラントの釜と石炭をつんでいる機関車は、少ない荷物を積んで低速で走ることになります。どのような人生の機関車であっても、その線路は、いつか脱線することになります。いつ、どこで、どのようなときに脱線するのは、誰にとってもそれは謎です。走っている線路がいつか脱線することになるということを肯定しても、否定しても、無視しても、やがて脱線は現実のものとなり、終着駅に着く前に、人生という鉄路の旅は終わりを迎えることになります。いつか脱線することになるレールの上を走っている機関車のような人生を、わたしたちはどのように生きていくことになるのか・・・?
どのように生きても、人生の、ほんとうの終着駅は、脱線とともに巻き込まれたその人の死、からだとこころの死のあと、わたしたちのたましいは、地の深いところにある奈落に落ちていくことになるのか、それとも、わたしたちの人生の主である、主なる神さまの御手によって上に引き上げられることになるのか・・・? わたしたちの人生における<彼岸>は、人生という鉄路の旅の延長線上にありません。延長線上にあるのは、人生の脱線・転覆のみです。<彼岸>は、人がたどり着くことができるところのことではなく、主なる神さまによって引き上げられる<上>にあります。<彼岸>は水平方向ではなく垂直方向にあります。人はその<彼岸>に自分でたどりつくことができず、ただ。主なる神さまによって、その恵みによって、招かれ、ひきあげられる以外には、たどりつこことができない<彼岸>なのです。
シモーヌ・ド・ボーヴォワール著『老い』の第二部の出てきた、『老人と海』の著者、ヘミングウエーの老後の生き方を読みながら、筆者、上のような<瞑想>をすることになりました。筆者は、ヘミングウエイのような生き方をすることはできません。なにしろ、筆者は、<無学歴・無資格>(Academic Outsider)でしかありませんから・・・。
『講座社会学』(全16巻)と『現代教育社会学講座』(全5巻)を通読することに・・・
無学歴・無資格(Academic Outsider)の筆者、『講座社会学』(全16巻)と『現代教育社会学講座』(全5巻)を通読することにしました。
山本登著『部落差別の社会学的研究』や岸衛・桜井厚著『差別の境界をゆく 生活世界のエスノグラフィー』、横島章著『部落差別の社会心理学的研究』、雑誌『部落』に掲載された各種同和教育・解放教育実践事例集を再読・精読するときの参考資料として、少しく視野を広げることにしました。
筆者が、Engliish Writing で執筆していることを予定している『部落学』(Research on Buraku Discrimination in Japan)の参考文献は、筆者が蔵書したものばかり・・・。
『講座社会学』(全16巻)と『現代教育社会学講座』(全5巻)は、いずれも、東京大学出版会から発行されたもの・・・。『岩波講座・現代社会学』は巻数も多く、全巻を入手するには、年金暮らしの筆者には、高すぎる古書価格なので、入手不可能・・・。雑誌『部落』は、京都大学大学院を出られた日本文化史研究者の方から無償で提供されたものです。田中智志・山名淳著『教育人間論のルーマン 人間は<教育>できるのか』(2004、勁草書房)をひもといたことで、筆者の読書にさざなみがたちはじめました。
家に戻ると、1時間ほど仮眠・・・
郡山の、国道4号線の温度表示は、11°C・・・。湖南まで戻ってきますと、2°Cになまで下がっていました。
郡山市街地と郡山市の西の最果ての地である湖南町赤津村とでは、9°Cの気温差があるようです。地方行政的には、湖南町赤津村は、<中通り>に属しますが、気象的には、<中通り>ではなく<会津地方>に属します。
郡山市街地は、幕末の維新戦争のとき、<官軍>の<備前藩>の駐屯地になった場所・・・。一方、郡山市湖南町は、<賊軍>の<会津藩>の駐屯地のひとつ・・・。古文書によると、<備前藩>の兵士たちは規律正しく、中通りの人々に歓迎されていたとか・・・。一方、湖南の<会津藩>の兵士たちは、夜な夜な、郡山にやってきて焼き討ち、闇討ち、強奪・強姦を繰り返していたとか・・・。それらを記録した古文書は、その子孫である、一世代前の湖南史談会の会員たちによって、闇から闇に葬り去られてしまったとか・・・。集めるだけ集めて、それらの史資料は行方不明に・・・。
年末のアジ探し・・・
妻が飼っている黒猫黒兵衛、山口にいるときから、魚のアジしか食べません。マグロやタイの刺身も、においをかいだだけで、舐めることもしません。もっぱら、生アジを焼いて、身を取り出したものだけを食べています。キバが2本なくなっているので、焼いたアジも、身だけをとりだして、ほぐしてやらないと、食べることができません。そのアジ、例年のことながら、年末年始には、スーパーの魚売り場に並ぶことはありません。しかし、今日、妻が、黒猫黒兵衛のためのアジ探しにでかけるというので、筆者も同行・・・。郡山と須賀川のスーパー5店舗を巡り歩きましたが、入手できたのは、Lサイズのアジ2匹だけ・・・。
午前10:30にでかけて、戻ってきたのが午後4:00・・・。
途中、ガソリンスタンドで、ガソリンを補給しましたが、価格は、1リットル150.8円でした。猪苗代では、1リットル173円しますので、国道4号線沿いのガソリンスタンドは、安く給油できそうです。徒労に終わったアジ探しですが、ガソリンを安価に入手できたのは、<不幸中の幸い>でした。
しかし、毎年のことながら、運転する女性ドライバーの乱暴なこと・・・。<ぶつかってもええ! 警察は女性の味方をしてくれる!悪いのは、女性の運転するくるまにぶつけられた方だ!>と言わんばかり・・・。バックで駐車しようとしているところに、すごいスピードでやってきてわりこんで先に駐車してしまう中年女性・・・。今日は何回急ブレーキを踏まされたことやら・・・。
シモーヌ・ド・ボーヴォワール著『老い』を読みながら<老い>について考える・・・
今朝6:00に起床・・・。いつもの健康管理をしたあと『英訳聖書』(NSRV)を通読、そのあとシモーヌ・ド・ボーヴォワール著『老い』の第二部の続きを読んでいました。
シモーヌ・ド・ボーヴォワール著『老い』を読みながら<老い>について考えていたのですが、筆者の読書・読書力にも<老い>の陰がしのびよってきているようです。
まず第一に、本を読む速度が遅くなったこと・・・、第二に、本を読むとき一言一句その意味を考えるようになったこと・・・、第三に、若いときは少しく障害があっても激流の流れのように岩に激突し乗り越えていったのに、年老いてからは、せせらぎの流れのように小石を避けて読むようになったこと・・・。
シモーヌ・ド・ボーヴォワール著『老い』を読みながら、筆者、筆者なりの<老い>のイメージをつくりあげることになりました。
2022/12/27
教師論と教育論、再考・・・
無学歴・無資格(Academic Outsider)の筆者、<教育学>とは無縁の存在です。
今日の夜、田中智志・山名淳著『教育人間論のルーマン 人間は<教育>できるのか』(2004、勁草書房)をひもといていましたら、おもしろそうなので、通読することにしました。ルーマンは、一貫して近代教育学を批判してきた社会学者であるようですが、この本を通じて、社会学者ルーマンの、教員批判、教育批判、教育学批判の方法を学びとることができるかもしれません。それを手掛かりにして、同和教育に携わる教員批判や同和教育批判の方法を、論理的に身に着けることができるかもしれません。
<はしがき>に、<日本の教育学者たちは、ごくわずかの研究者をのぞくなら、ルーマンにほとんど関心を示してこなかった>とありますが、<近代人間学に支えられてきた近代教育学の破たんが顕わになりつつあるこの時代において、人間を語る上での大切な言葉>である<自己生成>(自己創出)は、<新しい教育の実践理論>は、<「発達」概念によって十分に表現できない人間変容の特徴をあらわす概念>でもあるようです。
こんなことを書くと、またまた、教員を名乗る方から、<無学歴・無資格のあなたが、教育学の深遠な理論などわかるはずがない>と罵倒されることになるかもしれませんが、わかるか、わからないか、まずは読んでみなければ・・・。
午前10:30~午後3:00、猪苗代町へ買い物に・・・
今日は、妻とふたりで、猪苗代町へ買い物にでかけました。ホームセンター、スーパー、ドラッグストアに立ち寄って、日用品や医薬品、食品を購入して帰ってきました。
妻のふるさと・湖南には、ホームセンター、スーパー、ドラッグストアもありませんので、安価に、日用品・医薬品・食品を購入するには、東は郡山、西は会津若松、南は須賀川、北は猪苗代へ、くるまで片道40分ほど走らなければなりません。そのため、買い物は、必需品が欠品になることがないように、備蓄を考慮しながらの買い物になります。妻は、3~4日、6~7日の献立を考えながらの生鮮食品の買い物になります。筆者は、乾物や保存食品を在庫を考えながらの買い物になります。妻のカートにもっていって、買うか買わないかは妻が判断します。
家に戻ると、筆者は、軽トラで隣村のコイン精米所まで行って、今年収穫したひめのもちを10kgほど精米しました。妻は、今朝、電気もちつき器でもちをついていました。明日も餅つきをするようです。筆者と妻が栽培しているヒメノモチは、高齢者が食べてものどにつまりにくいお餅になります。
われわれは年とともに・・・
『老い』の著者、シモーヌ・ド・ボーヴォワール・・・
その第Ⅱ部は、知識人・有名人の老いに対するパニックについて言及しているようですが、そこで紹介されている知識人・有名人は、実存哲学者、カール・ヤスパースのような医学者ではなさそうです。確かにそれぞれの分野の専門家であることに違いはないのですが、ひとつの専門分野に長けているからといって、他の多くの分野を自動的にマスターしているわけではありません。特に、高齢期における、自分自身の身体的老化とそれに対応して、老化対策をとりつつ老いの季節を生きるという発想をもっている人は少ないようです。
P.P.バラシュ著『エイジング 老いの発見』に、<われわれは年とともに鈍感になるのではなく、まさに時代遅れになっていくのだ。>とありました。老化にともない、知性・感性が精彩を欠いて鈍感になっていく老いの季節の前に、<時代遅れになっていく>季節がある・・・。<時代遅れ>は、まさに<老化>のしるしなのです。
日本基督教団の隠退牧師になり、副業の情報処理関連の仕事からもリタイアした筆者、妻の故郷・湖南の標高550の湖南高原の棚田と段々畑で有機・無農薬で、自給用に、コメと野菜を栽培していますが、それから、10年が経過して、やっと、筆者と妻は、老後の生き方を確立することができました。その代償として、筆者は、情報処理の世界から離脱、すっかり時代遅れになってしまいました。10年前は、最新鋭だったのですが、10年後の現在はすっかり時代遅れ・・・。ハードだけでなくソフト面においても・・・。
筆者の場合、時代遅れに拍車をかけているのが、新刊書ではなく、しかも1960~1980年代の古書・古本を、インターネットの日本の古本屋経由で安価に集めてきたこともあって、それらの本を通じて筆者が得ることができる情報そのものが時代遅れになってしまっています。1960~1980年代の老年学・老年医学の本が、2000~2020年代にどれほど通用するのか・・・。無学歴・無資格(Academic Outsider)の筆者にとっては、1960~1980年代の老年学・老年医学の本は、老いについて、あるいは老いを生きるための生き方について学ぶための豊富な情報源であり続けています。
老年期のかまってほしい症候群・・・
今朝7:00に起床・・・。昨夜午前1:00まで読書してたので・・・。筆者の睡眠時間は、いつもきまって6時間です。早く寝れば早くおきて、遅く寝れば遅く起きることになります。6時間という睡眠時間がとれない場合は、日中に仮眠をとることになります。日中の仮眠は、いわば、睡眠の日常からの逸脱・・・、逸脱を繰り返すと、健康によくありません。夜遅くまで読んでいたのが、シモーヌ・ド・ボーヴォワール著『老い』の第二部というのですから・・・。
そこに、定年退職後の高齢者が陥ることになる<かまってほしい症候群>と表現していいようなことが描かれていまし。人は、定年退職を迎えて数年、現役時代のことが忘れられず、元つとめていた会社を訪ねたり、同僚にあって、その人が退職したあとの会社の状況を尋ねたりします。学校教員にあっては、定年退職後には、指導できる数十人の生徒はなく、空虚な空間に支配されることになります。定年退職後数年は、元の教え子が尋ねてきたりで、自分の教員生活の意義を確認することができます。しかし、数年後には、誰も訪ねてこなくなり、そこで直面することになるのが、<かまってほしい症候群>・・・。その<かまってほしい症候群>にかかりはじめますと、現役時代、その人に賛同してくれた人たちだけでなく、その人を批判、排除・疎外、無視した人々に対しても、なんらかのコンタクトをとろうとします。現役時代の影響力を、引退後の生き方の中にも及ぼそうとするのです。しかし、時は過ぎ去ってしまって、その時を取り戻すことなど誰にもできるわけではありません。結局、無視されることにつながり、ひとり、自分の膝を抱えて生きざるを得なくなります。その生き方、言動の節々から、<かまってほしい諸侯群>のオーラがもれてくるようになります。
Google翻訳で<かまってほしい>を英訳しますと、<I want you to pay attention.>と訳されました。<わたしのことをかまってほしい>を英訳しますと、<I want you to care about me.> つまり、<かまってほしい症候群>は、定年退職して高齢期に入ったひとが経験することになる老化の主要症状なのです。高齢者は、老化を、受容するか、拒否するか、無視するか、そのいずれかを選択して生きていくことになりますが、老化は、ひとそれぞれ・・・、どのような老年期を過ごすかは、すべて、そのひとが現役時代にどのような生き方をしてきたかにかかっています。
現代社会は、<かまってほしい症候群>におちいった高齢者に対して、社会的に、実にあたたかい対応をとります。それが、<Care>(介護)システムです。<Care System>が機能するのは、現代社会を生きる高齢者の<かまってほしい症候群>の緩和に動く個人がほとんどいないということにあるようです。家族・近親者でさえも・・・。
2022/12/26
雪のように白い野菜・・・
<plowman's foods>というものがるようです。
農夫・百姓の食べ物・・・、それは、パンとチーズと玉ねぎ・・・。パンとチーズとオニオンスープのことでしょうか・・・。農作業で忙しいとき、妻は、よく、<わたし、疲れたから、今日の昼食はパンでいい・・・?>と問いかけてきます。筆者、<いいよ>と答えるのみですが、そのときは、パンと、とろけるチーズと、オニオンスープかコーンスープ・・・。文字とおり、<plowman's foods>を食べているようです。
雪が降る前に収穫した野菜、雪のようにまっしろです。まずは、カブ・・・。千枚漬けにしていますが、毎朝、食卓に出てきます。次は、ダイコン・・・。ダイコンは、味噌汁の具・・・。そして、カリフラワー・・・。ほんとうに雪のような真っ白なカリフラワーです。茹でたあと、ドレッシングをかけて、サラダとして食べます。冬の白い野菜の三点セットです。
妻の故郷・湖南の赤津村は、高冷地・寒冷地なので、暖房していない、ストーブをつけていない部屋は、冷蔵庫の中より温度が低いので、野菜も果物も、部屋の中においていても冷蔵庫の中に保管しているのと同じ・・・。筆者と妻が栽培しているコメ・野菜・くだものは、自給用なので、物価変動には直接影響を受けません。このまえ、冬の食卓に色を添える、潮の香りのする瀬戸内海産のノリを入手・・・。妻は、山口の潮の香りをなつかしみながら、毎朝、ごはんにふりかけて食べています。
貧しくなられた主イエス・キリスト・・・
今朝5:30に起床, 7:30まで, ルターの独訳聖書を通読しました. 今朝読んだのは詩篇第20~22篇・・・. 難解な言葉に遭遇することなく, すっと読み進めることができました. 第22篇第24-25節にさしかかったとき, 読む速度が急に遅くなり, その...
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歌会始の歌を聞きながら, 私も1首・・・. 夢という言葉を使ってはいませんが・・・. 吉田 永學 ふりかえり 歩みし道に悔いはなし 主のみことばに 従い歩めば 子供の頃から, 歌心・詩心の少ない私は, 俳句・和歌・詩をつくることが大...
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この前,Amazonに注文していた, CASIOの電子辞書XD-SR9850が届きました. この電子辞書は, 大学の理工系学部の学生用・・・. 私が集めたCASIOの電子辞書は, 最初購入したドイツ語の電子辞書を除いて, すべて安価な中古の電子辞書です. ...