『老い』の著者、シモーヌ・ド・ボーヴォワール・・・
その第Ⅱ部は、知識人・有名人の老いに対するパニックについて言及しているようですが、そこで紹介されている知識人・有名人は、実存哲学者、カール・ヤスパースのような医学者ではなさそうです。確かにそれぞれの分野の専門家であることに違いはないのですが、ひとつの専門分野に長けているからといって、他の多くの分野を自動的にマスターしているわけではありません。特に、高齢期における、自分自身の身体的老化とそれに対応して、老化対策をとりつつ老いの季節を生きるという発想をもっている人は少ないようです。
P.P.バラシュ著『エイジング 老いの発見』に、<われわれは年とともに鈍感になるのではなく、まさに時代遅れになっていくのだ。>とありました。老化にともない、知性・感性が精彩を欠いて鈍感になっていく老いの季節の前に、<時代遅れになっていく>季節がある・・・。<時代遅れ>は、まさに<老化>のしるしなのです。
日本基督教団の隠退牧師になり、副業の情報処理関連の仕事からもリタイアした筆者、妻の故郷・湖南の標高550の湖南高原の棚田と段々畑で有機・無農薬で、自給用に、コメと野菜を栽培していますが、それから、10年が経過して、やっと、筆者と妻は、老後の生き方を確立することができました。その代償として、筆者は、情報処理の世界から離脱、すっかり時代遅れになってしまいました。10年前は、最新鋭だったのですが、10年後の現在はすっかり時代遅れ・・・。ハードだけでなくソフト面においても・・・。
筆者の場合、時代遅れに拍車をかけているのが、新刊書ではなく、しかも1960~1980年代の古書・古本を、インターネットの日本の古本屋経由で安価に集めてきたこともあって、それらの本を通じて筆者が得ることができる情報そのものが時代遅れになってしまっています。1960~1980年代の老年学・老年医学の本が、2000~2020年代にどれほど通用するのか・・・。無学歴・無資格(Academic Outsider)の筆者にとっては、1960~1980年代の老年学・老年医学の本は、老いについて、あるいは老いを生きるための生き方について学ぶための豊富な情報源であり続けています。
2022/12/27
われわれは年とともに・・・
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