今朝6:30に起床・・・。いつもの健康管理をして、『英訳聖書』(NSRV)を通読しました。今日はじめて、預言者エレミヤが出てきました。預言者エレミヤのもとに使わされた神の使いはカラスたち・・・。筆者の祖父・吉田永學の先祖が世襲で住職・修験僧をしていた信州栗田村の真言宗観聖寺の跡地に住みその宗教遺産を継承しておられる長野の吉田さんに、那智大社の護符の版木を見せてもらったことがありますが、そこには神の使いとしてカラスが多数描かれています。『高佐郷の歌』にも<神の御使い><烏>が出てくるのを思い出しました。<烏>にまつわる民間伝承を調べてみましょうか・・・。妻が、人生の最後に一度旅をしてみたいというのが、なつかしい思い出がいっぱいつまった旧長州藩領地の山口・・・。高佐郷は、日本の村の原風景・・・。その歴史と伝承と暮らし、村ひとのむかしのこころがいまも息づいている・・・。
63
春は美々し花風吹き はるはうつくし はなふぶき
廉名ケ坂の麓には かどながさかの ふもとには
安光谷の水流れ やすみつだにの みずながれ
末永村の境内は すえながむらの けいだいは
64
中に古木の厳嶋 なかにこぼくの いつくしま
大明神様ましまする だいみょうじんさま ましまする
安芸の宮島写しにて あきのみやじま うつしにて
羽がいの白い五烏が うがいのしろい ごからすが
65
神の御使い恵比寿さま かみのみつかい えびすさま
御山詣ふでの鈴の音 みやこもうでの すずのおと
拍手たへぬ五社参り かしわでたえぬ ごしゃまいり
逸も霜月初の申 はやもしもつき はつのさる)
66
宮居に積もる冬の月 みやいにつもる ふゆのつき
末永々と往く年も すえながながと ゆくとしも
豊作続く高佐郷 ほうさくつづく たかさごう
五穀繁昌地名の記 ごこくはんじょう ちめいのき
2022/01/10
今朝6:30に起床して・・・
2022/01/09
観聖寺の聖は、聖徳太子の聖であると同時に聖宝の聖・・・
筆者の祖父・吉田永學は、信州栗田村の真言宗・観聖寺の長男系列直系の末裔・・・。『信州栗田村観聖寺縁起』の内容を検証していて、観聖寺の<観聖>は<聖を観る>という意味であり、その聖は、聖徳太子の聖であると同時に聖宝の聖であると思いました。
観聖寺縁起によると、聖徳太子は日本仏教の開祖・・・、聖宝は真言宗當山派の開祖・・・。長野の吉田さんが継承しておられる観聖寺の宗教遺産の中には、聖徳太子像と聖宝像が含まれていますが、栗田村太子堂でもある観聖寺の本尊は、聖徳太子・・・。聖宝の、既存仏教に対する批判は、<宗教改革者>の批判に相当するものがあります。仏教の救済を、知識階級・上中流階級の救済に限定せず、民衆・大衆に及ぼすべく、宗教改革を断行したその文言が、観聖寺縁起の中にちりばめられています。
聖徳太子も聖宝も、その生涯の言葉と振る舞いは<伝説>によって脚色されていますので、その<伝説>の背後にある<歴史的核>にたどりつくことは容易ではありませんが、聖徳太子と真言密教とのかかわりで<日猶同祖論>が関与してきますと、この二つの聖に聖書の聖がくわわり、あらたな意味が付加されることになります。真言宗観聖寺が創立された寛永14年(1637)は、島原の乱が起きた年・・・。日本基督教団の隠退牧師である筆者は、日猶同祖論とは関係なく、真言宗観聖寺が明治政府の宗教政策によって廃寺に追い込まれた背景には、日本と欧米諸国との外交における、明治政府に対する欧米諸国の宗教容認の要請が大きく影響したと思っています。
ひとつの歴史の把握は、そのひとの視点・視角・視座によって大きく異なってきます。党利党略による特定の歴史の強要に服することができない、歴史の真実に遭遇すれば、なおさら・・・。
棚田の育苗用ハウスの様子を見にでかける・・・
午後、棚田の育苗用ハウスの様子を見にでかけました。常夏川沿いの五差路のひとつにくるまをとめて、あとは、徒歩で、妻の実家の棚田の田に向かいました。積雪量が思った以上に多く、途中1mほどの積雪になっている場所もありました。
たどりつけたのは、妻の実家の棚田の田の西側の農道まで・・・。それまで、いろいろな角度から、コンパクトデジカメで写真を撮って確認しました。育苗用ハウスの南側は1m数10cm積雪しているようでしたが、北側は40~50cm・・・。棚田の上方にある、専業農家のトマト栽培用農業用ビニールハウスの北側も1m数10cm積雪していました。その南側の写真も撮ろうとしたのですが、農道の雪が深くて、撮影ポイントまでたどりつくことができませんでした。
2013年月4月1日に帰郷・帰農した年に、簡易温室を立て、その次のはる稲の育苗のために棚田の上段の田に育苗用ハウスを建てましたが、湖南の赤津村のプロの方々から、<ここらの雪の酷さを知らねえんだべえ?素人がつくるハウスなんぞ、雪の重みですぐ潰れてしまう! 潰れて、なきべそかくのを見るのが楽しみだなあ!>とバカにされていました。2014年の2月、大雪で、農業用ビニールハウスが変形したり倒壊したりした雪害被害がテレビニュースで報道されていました。その年農業用ビニールハウスの資材が不足して、業者に頼むと7月頃になるということでした。それで、筆者と妻、郡山のホームセンターを回って資材をかき集めて、育苗用ハウスをつくりました。それを見にきたプロの農家は口々に、<22mm径パイプ? こんなんでは、雪でつぶれるべえなあ・・・>と評していました。しかし、福島県農業試験場の調査では、農業用ビニールハウスが積雪で倒壊するのはパイプの径ではなく構造にあるとのことでしたので、22mmのパイプを使って、雪害に強い構造の育苗用ハウスにしました。しかし、積雪で潰れて、彼らの物笑いのタネにされるのもしゃくなので、冬は、ビニールシートをはがすことにしました。それで、豪雪にも倒壊することがなかったのですが、今年9年目にして、はじめて、妻の実家の棚田の田に建てた育苗用ハウスが積雪仕様になっているのかどうか確認するためのテストをしてみることにしました。ビニールシートを張ったままにしていたのですが、これまでの大雪による雪害被害は、無事切り抜けたようです。
これまで、風と雪が激しい、妻の実家の田のある棚田では、誰も農業用ビニールハウスを設置したことはないとのことでしたが、筆者と妻が育苗用ハウスをつくったあと、専業農家の方がトマトの栽培のために農業用ビニールハウスを2棟つくりました。現在のところ、その専業農家の農業用ビニールハウスも、筆者と妻がつくった素人百姓の農業用ビニールハウスも雪害を免れています。
風が吹けば桶屋が儲かる・・・
インターネットの Wikipedia にこんな説明があります。<風が吹けば桶屋が儲かる(かぜがふけばおけやがもうかる)とは、日本語のことわざで、ある事象の発生により、一見すると全く関係がないと思われる場所・物事に影響が及ぶことの喩えである>。
前々から、部落差別完全解消のための提言をする、筆者のブログ『部落学序説』に対してこのような批判があります。
<吉田向學の『部落学序説』は、部落差別を解消するための提言である。
部落差別がなくなるとどうなるのか、部落解放運動の基盤がなくなる。
部落解放運動の基盤がなくなると、国や行政から差別を理由に補助金・対策費を受け取れなくなる。
補助金がなくなると部落解放運動を継続できなくなる。
それは、部落解放運動に経済的不利益・損失をもたらすことになる
経済的不利益を招来するいかなる行為も部落差別と断定する。
よって、部落差別完全解消を提言する吉田向學の『部落学序説』は、部落解放運動の発展を阻害する差別文書である。
差別文書は、ネット上から速やかに削除されなければならない>。
<風が吹けば桶屋が儲かる>式の実例かもしれません。筆者は以前、<社会病理学>は<社会生理学>を前提としなければならないと主張したことがありますが、社会病理は社会生理からの逸脱であり、社会生理をどうとらえるかによって社会病理は別様に認識される。筆者の社会生理は、自由主義・民主主義のそれであり、日本の左翼主義に基づく部落解放運動の社会生理は、共産主義・全体主義のそれである・・・。社会生理学的認識が違えば、その社会病理の受け止め方も異なってくる。その多様性を容認するのが、自由主義・民主主義であり、その多様性を否定し、一党独裁的に特定の主張以外をみとめないのが、共産主義・全体主義です。
Blogger上での筆者の発言は、自由主義・民主主義を尊重する立場からの発言であり、左翼主義思想、共産主義や全体主義に批判的であることを明言します。
1月5日以降も削除されない『部落学序説』と『隠退牧師の百姓日記』
1月5日が過ぎても、昨年晩秋からかきはじめた、筆者の Blogger 上の『部落学序説』と『隠退牧師の百姓日記』は、削除されていないようです。
Gooblogの担当者から『部落学序説』と『隠退牧師の晴耕雨読日記』の全文章を、法務省の通達を受けて差別文章として認定し、閲覧禁止・削除処分にするとの通告を受けました。そのやり方が、ストーカー的、ネットハラスメント的な酷さを伴っていたので、筆者は、Gooblogから撤退することにしました。それで、急遽、Blogger上で
をかきはじめたのですが、Googleから次の文書が送られてきました。<Google は、2022年1月5日に利用規約の一部を変更します。今回の変更は Google サービスの利用方法に影響するものではありませんが、ユーザーが Google サービスを利用するうえで期待できること、そして Google がユーザーに期待することを理解しやすくするという目的があります。・・・ユーザーが Google サービスを利用するうえで期待できることと、Google がユーザーに期待することの明確化: Google がすべてのユーザーに期待する、互いに尊重し合う行動の例を増やしました>。その新規約を精読しますと、筆者のブログも削除対象になる可能性が多分にあったのですが、実際は削除対象にならなかったようです。筆者は、NTTないしその関連グループ全体ではなく、部落差別問題に精通していない、Gooblogの一部門の一担当者が法務省通達を曲解してなした間違った対応であると判断しています。そもそも筆者と担当者の間で日本語が通じていませんでしたので、最初から違和感があったのですが・・・。
それにしても、有料なのに使い勝手が悪い gooblog と、無料なのに使い勝手がいい Blogeer、どうしてこんなに差ができてしまったのでしょう・・・?
ヤスパースの実証主義と観念論批判・・・
今年に入って読んでいるヤスパースの『哲学』(全3巻)は、ヤスパースが実証主義と観念論について批判を展開いている箇所です。
高校生のときから、ヤスパースの哲学書に触れてきて、大きな影響を受けてきた筆者は、実証主義にも観念論にも大きく傾くことはありません。両者の中道ですらなく、ヤスパース実存的傾向を持っています。
今回時間をかけて読んでいるのは、<実証主義的歴史研究>の限界を見定めるため・・・。<実証主義的歴史研究>は、既存の歴史資料・遺物を研究対象にしています。文献で確認できる範囲での歴史研究においては、あらたに史資料が発見され解読されて、それまでの歴史研究の方向性の見直しを要求されることが度々起こります。日本の部落史研究者が直面することになる<実証主義的歴史研究>の限界です。それらを無視あるいは過小評価して観念論的歴史哲学を構築することにも限界があります。両者は、その研究の視野に入らないものを<ないもの>として無視するのが常ですから・・・。筆者が『部落学序説』で部落史研究の解釈原理として導入した<新・けがれ論>や<非常民・論>なども、部落史の実証主義的研究や観念論的研究の枠外にあるものです。『部落学序説』をかきはじめたとき、東京外国語大学の教師の方が、『部落学序説』の研究目的と研究法そのものが、日本の学界の中でとりあげられ評価されることはなく、すべては徒労に終わると評されていました。筆者は、無学歴・無資格者として、<部落学>的論述をはじめたのではなく、<部落学>固有の研究課題・研究方法を明らかにして<部落学的論述>をすると<序説>(Prolegomena)を書き始めたのですから、『部落学序説』の執筆を中止することはありませんでした。そして、これからも・・・。
今朝7:00に起床、いつもの健康管理をしたあと、『英訳聖書』(NSRV)を通読しました。
筆者の寝室のたたみの上には、筆者が当面読みたい本が積み重ねられていますが、その数150~160冊・・・。1.聖書、2.老年医学と老年健康管理学、3.修験道と密教、4.日猶同祖論、5.ヤスパース著作集、6.ヴィトゲンシュタインの哲学書、7.古文書読解法、8.GoogleAPPS、9.長野県史・・・。
今年74歳の筆者、若い時のように<速読>することはできません。1冊の本を一挙に通読することも不可能です。それで、『英訳聖書』(NSRV)とヤスパース『哲学』(全3巻)以外は、目次と索引を利用して、読みたいテーマを限定して、それを優先的に読みすすめます。たとえば、医学書の場合、医学部の全科目の教科書を揃えていても、最初から通読することはありません。筆者と筆者の父母・祖父母・兄弟・姉妹の病歴を中心に、病気予防と健康管理に関する知識・診断技術を身に着けていくことになります。罹る可能性のない疾病について精読しても、直接役にたつことはなさそうですから・・・。万病が存在する中で、筆者と妻がその一緒の間に罹る可能性のある病気は、二ケタにも及ばないでしょうから・・・。
『英訳聖書』(NSRV)とヤスパース『哲学』(全3巻)を通読・精読しているのは、それらが筆者の全存在と深くかかわっているためです。ひとのこころを知るために読んでいるのは『万葉集』・・・。筆者、現代の日本人のこころもいにしへの日本人のこころもそんなに違いはないとの認識がありますので・・・。違いがあるとすれば、現代の日本人のこころの、本来のありようからなお逸脱・病理として認識することになります。
2022/01/08
朝から夕方まで、のんびり過ごす・・・
今朝6:30に起床、いつもの健康管理をして、『英訳聖書』(NSRV)を通読したあと、夕6:00まで、なにもしないでのんびり過ごしました。今朝は、あらたな積雪がありませんでしたので、今日は一日除雪作業なし・・・。
読書もしませんでした。
土曜日は、聖書の上では安息日・・・。安息日を守るのもひさしぶりです。
2022/01/07
午後、『信州栗田村観聖寺縁起』の原文確定作業・・・
今日の午後、コイン精米所で、2021年湖南高原産有機・無農薬栽培のコシヒカリを精米して、そのうち20kgを袋詰め・箱詰めして、隣村の郵便局から発送しました。
そのあと、信州栗田村の真言宗・観聖寺の跡地に住み、その宗教遺産を継承しておられる長野の吉田さんが送ってくださった『信州栗田村観聖寺縁起』の版木の写真を Paint Shop V7 で加工して、読みやすくして判読作業をしていました。長野市郷土史研究会の総会で配布された、『信州栗田村観聖寺縁起』は、この版木から刷ったものではありません。また、版木をつくるときの版下の原稿でもありません。版木の作成年代は、筆者の祖父・吉田永學の高祖父・勢賞が、観聖寺を立て直したときに勧進のために作成した縁起であるようです。版木の『信州栗田村観聖寺縁起』のかなの使い方は、近世の使い方なので、まず、間違いないでしょう。それで筆者、版木の『信州栗田村観聖寺縁起』から、『信州栗田村観聖寺縁起』の原文を確定する作業をはじめました。
長野市郷土史研究会の総会で配布された『信州栗田村観聖寺縁起』の<語釈>作業はすでに済んでいます。『信州栗田村観聖寺縁起』に、<なにと書かれているのか>、<それをどのように読むのか>。筆者の祖父・吉田永學の先祖の、信州栗田村の真言宗観聖寺の住職・修験僧の<信仰>の在りようを引き出すことができそうです。一般的な寺社縁起の様式とはかなり違いがあります。
午前10:00~12:30、除雪作業・・・
今日は、午前10:00~12:30、妻とふたりで、除雪作業をしました。
国道294号線の、妻の実家のブロック塀の前の国道294号線の側道の1m高さの雪を取り除きました。今朝の積雪量は、10~15cm程度・・・。今日は、根雪になりそうなところを重点的に除雪しました。これで、雪はクリア・・・。大雪の備えは、大雪が降るまでに、それまで降って積もった雪をできるかぎり取り除くことが最善の備えです。
除雪作業に入る前に、農機具の小屋の玄米保冷庫の中から、2021年湖南高原産有機・無農薬栽培のコシヒカリ30kg×1袋を取り出して、居間におきました。コイン精米所で精米するには玄米を常温に戻しておかなければならないので・・・。ついでに、簡易保冷庫から2019年産コシヒカリの玄米30kg1袋をとりだしました。こちらは、寒すずめたちの餌にします。この冬2袋目・・・。
感染は、不注意ないし無知から・・・?
毎日新聞のネット記事・・・。<新変異株のオミクロン株が猛威を振るう欧州では、1日当たりの新規感染者数が増加を続けている。英政府は4日、新規感染者数が21万8724人だったと発表した。20万人を超えたのは初めて>。
今朝、6:30に起床、いつもの健康管理をして、『英訳聖書』(NSRV)を通読したあと、『聖宝』と『看護覚え書』のページをめくっていました。イギリスの看護婦ナイチンゲール著『看護覚え書』にこんな一節がありました。
<英国において、あらゆる人間の経験のうち、正確に観察されてこなかったいちばんのものは病気と死である。もちろん材料はそこにそろっているが、注意深い研究がまったく欠如している・・・。感染というものは、それは病気が広がる一つの方法であるが、感染が起こるということは、誰かに、つまり医師か看護婦か家族の者の誰かに、不注意ないし無知のあることを証明しており、また感染が起こるような場所は、病人にとっての健康人にとっても住むに適さない、これが感染の正しい定義なのである>。
感染は、不注意ないし無知から起こる・・・。
インターネットのNHKのニュース・・・。<沖縄県では、医療従事者で新型コロナウイルスに感染した人が58人に上っていて、診療にも影響が出ています。沖縄県によりますと、6日現在で、県内の医療従事者およそ220人が休んでいて、前の日に比べて100人ほど増えているということです。このうち新型コロナに感染していることが確認されているのは、医師が3人、看護師が35人、事務員などが20人の、合わせて58人です。全員が新型コロナの影響で休んでいるかは分かりませんが、濃厚接触者で自宅に待機している人もいるということで、一部の医療機関では、すでに診療に影響が出ているということです>。
ナイチンゲールが生きていて時代、やがて、中国共産党率いる中国が世界制覇のために生物兵器として武漢ウイルスを全世界にばらまき550万人もの<戦死者>を出す事態を想定することができなかったのでしょう。武漢ウイルスが生物兵器であり、多数の<戦死者>をだしていることを認識でない医師や看護婦、患者の家族も、不注意ないし無知のそしりをまぬがれないのかもしれません。いまは、中国共産党ひきいる中国が世界を相手にしかけた<戦争>下にあることを忘れてはいけない・・・。
2022/01/06
ヤスパース著『真理について』(全5巻)が揃う・・・
猪苗代から戻ると、郵便受けに、 昨年12月20日に注文した、ヤスパース著『真理について』(全5巻)の5巻目の本が投函されていました。
筆者の古書あつめの最後の本は、ヤスパース著『真理について』(全5巻)の第5巻になりました。そのあと、第5巻を拾い読みしていたのですが、筆者の古書集め最後の本として、ふさわしい本であると思いました。聖書ではじめて聖書で終わる、ヤスパースではじめてヤスパースで終わる、万葉集ではじめて万葉集で終わる・・・。『聖書』と『哲学』と『万葉集』、74歳の筆者の毎日通読する愛読書になります。
今年、『3年連記健康手帳』を更新しました。筆者の最高血圧・最低血圧・脈圧差・平均血圧は、35~39歳の日本人男性のそれと同じ・・・。からだだけでなく、こころとあたまもそうだといいのですが・・・。
猪苗代へ買い物にでかけたが、片道1時間もかかった雪の国道・・・
今日、猪苗代町へ食料品と、妻の実家のおかあさんの介護用品の買い出しにでかけました。国道294線は、まっしろな雪道・・・。時速40~50kmならまだいいのですが、凍てついた道を走るときは時速30~40kmにおとさなければなりませんでした。猪苗代町の商店街に入ると、さらに減速・・・。片道1時間5分かかりました。
でかけるとき、<雪目>対策用の目薬をさして行きましたので、視界は良好だったのですが、やはり、晴れた日の雪道は疲れます。道路脇の農家・民家の屋根に積もった雪は、毛糸で編んだ白い帽子を被ったよう・・・。すっかり、雪国の光景になっていました。
筆者と妻は、年金暮らしなので、毎日除雪作業をしていますので、雪が積もりに積もるということはありません。今回の大雪で、まだ農機具の小屋の前の雪を採り残していますが、今日の夜から明日の朝まで、また雪がふりそうなので、明日片づけることにしています。遠くから、妻の実家の棚田の田の簡易温室と国道294号線沿いの簡易温室をみましたが、どちらの屋根も積もった雪が自然に落下していました。
昨夜から、David Lambuth 著『The Golden Book on Writing』の再読を始める・・・
昨夜から、David Lambuth 著『The Golden Book on Writing』の再読を始めました。『The Study on Buraku Discrimination in Japan』の続きを書かなければならないのですが、年のはじめに、<Writing in English>の基礎固めをしようと思って・・・。
筆者の英語は、<reading in English>➡<thinking in English>➡<writing in English>➡<speaking in English>➡<Hearing in English>の経過をたどっています。
筆者、昔から英語で話すことはできないのですが、妻は、<あなたは、筆談ができるし、書くように話すことができるのですから、今更英会話を習う必要はないわよ>といいます。筆者、高校生のとき、Sweden Covenant Mission の宣教師の教会に通って聖書を学んでいましたが、岡山県立児島高校の先輩・同輩・後輩は、聖書ではなく英語ないし英会話を習いにその教会に通っていました。筆者は、その集いに一度も参加したことはありません。そのとき、一緒に英会話を習っていたら、とっくの昔に、<Hearing in English>と<Speaking in English>を身につけることができていたかもしれません。
74歳の筆者に必要な英語力は、<Reading in English>と<Thinking in English>、<Writing in English>だけ・・・。筆者、せめて< Uneducated English >は身に着けたい・・・。<American upper class English>は、無学歴・無資格の筆者には不釣り合い・・・。
朝、台所の水道の水が出ない・・・!
朝7:00に起床。いつもの健康管理をして、『英訳聖書』(NSRV)を通読・・・。今朝は2か所読んだだけなのですが、2章とも長い箇所・・・。しかも、知らない単語が続出して、その意味を推測しながら読みすすめるのに時間がかかりました。そのあと、階下におりると、妻が、<あなた、お風呂と洗面所の水道は出るのに、台所の水がでないの。>というので、台所の水道の蛇口を見ると、この前筆者がはった断熱材をすべてはぎとってお湯をかけていました。<こうやっても出ないの・・・>といいますので、筆者、水道管をあちらこちら触ってみました。すると1か所、とても冷たいところがありました。その箇所には砥石が接していました。筆者、<水道管が凍ったのは、この場所・・・。石は冷えるから水道管を冷やして水を凍らせたのでは?>といいますと、妻は、<どうすればいいの? 冷たいところに、ホカロンでも貼ってみる?>といいますので、筆者、<それはGood Idea !>といって、妻が持ってきたホカロンを2枚連続して貼ってみました。すると数分後に、水がでるようになりました。妻は、<66歳にして、大発見!>と喜んでいました。妻は、<朝10時すぎないと、台所仕事ができないのではと心配していたけれど、よかったわ。これで朝食をつくることができるわ・・・>と話していました。雪国ならではの、朝のとんだハプニングでした。
ちなみに、台所の隣の書斎の室温は、マイナス2.4°Cでした。この冬一番の冷えでした。
2022/01/05
居間の前の庭木にやってきた寒すずめたち・・・
昼食をとっているとき、妻が、<ちゅちゅくんっちが、やってきたわよ>といいます。居間のサッシ窓をとおして、庭の低木にやってきた寒すずめたちが、なにやらさえずりながら枝から枝へ点々と移って遊んでいます。真横からみますと、寒すずめたち、お腹をふくらませたフグのように見えます。寒すずめのお腹は、まっしろで、空気を吸ってまるくふくらんでいます。妻は、<すずめさんたち、なんて話をしているのかしら?>と筆者に問いかけてきます。<作業をやめるまえに、A子さんにいわれて、スズメたちのために玄米をまいてやったけれど、「A子さん、ありがとう」って礼をいいにきたのではないの?>と答えましたが、真偽のほどはわかりません。
『万葉集各句索引』で、<すずめ>、<かんすずめ>で検索してみましたが、すずめを歌った歌はひとつもありませんでした。なぜ・・・? ついでに、<からす>で検索してみますと、1首ありました(索引にはありませんでしたがほかにも1首)。その歌の中で<からす>はなんと<大軽率鳥>・・・!<はと>も検索してみましたが、<はと>を歌った歌もなし・・・。<もず>は、ひとつ・・・。<うぐいす>は33首・・・。<めじろ>はなし・・・。<ひばり>は2首・・・。<ほととぎす>は250首以上・・・。<たか>、<とんび>なし。<わし>は数首・・・。<つる>もなし・・・。・・・ここまでくると、<さぎ>は絶対にないと思って検索しますと、やはり0首・・・。<ちどり>を歌った歌はあるにちがいないと検索してみますと15~16首・・・。
それで、筆者、あることを推測しました。『万葉集』の<葉>は言葉の<葉>・・・。『万葉集』に歌われた野鳥は、単なる鳴き声でなく野鳥たちで、ひとのこころに訴えてくる言葉のようになくことができる・・・。万葉の人々にとって、すずめたちのさえずりは、単なるさえずりで、ひとの言葉に通じるものではなかったのでしょう。例外的な歌をのぞいて、しらさぎが歌われることもほとんどなかったのでしょう。しらさぎの鳴き声ときたら・・・。『万葉集』の世界は、色ではなく音の世界・・・? めにみえる世界ではなく、めにみえないものを大切にする世界・・・? 呼びかけるものと呼びかけられるものの言葉のやりとりを大切にする世界・・・。
<神代より、言い伝て来らく、そらみつ大和の国は、皇神の厳しき国、言霊の幸はふ国と語り継ぎ、言ひつがいけり・・・>
<敷島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ>
午前10:30~1:00、屋根の雪下ろしと落下した雪の片づけ
午前10:30~1:00、屋根の雪下ろしと落下した雪の片づけ作業をしました。今朝は気温が低下したためか、降った雪が凍てついていました。ハンディラッセルでは除去することができず、平型スコップで、豆腐をさいのめ切りにするように凍てついた雪を切り分けて、ままさんダンプで掬い取って流雪溝に流し込みました。
午前10:30を過ぎると、流雪溝を流れる水の量が増えてきますので、流れをせき止めることなく、投げ入れた雪はすべて流雪溝に吸い込まれていきます。午後1:00ころになると、平型スコップを使う右手に痛みがきはじめましたので、即作業を中止しました。右手関節障害のある筆者には、今日の除雪作業はすこしく過酷でした。<引く>作業はいいのですが、<押す>作業は、痛みがきます。無理をすると1週間ほど動かなくなりますので、作業を中止・・・。明日は、普通通りに作業できますので、無理をしないのが一番です。
零下18.4°Cに耐えれる暮らし方の情報収集・・・
妻のふるさと湖南に帰郷・帰農する前、2009年に、インターネットの日本の古本屋経由で、全国の古書店から買い集めた、妻のふるさと湖南に関する史資料の中に、 吉川米治著『赤津の足あと』(1989年)があります。 湖南の赤津村の民俗誌です。その気象に関する資料によりますと、妻のふるさと・湖南の赤津村の極寒の最低気温は、マイナス18.4°Cとか・・・。それで、筆者、2013年に、日本基督教団の隠退牧師になり、妻のふるさと・湖南の赤津村で人生の晩年を過ごすための健康管理と雪国の暮らし方、有機・無農薬でコメと野菜を栽培する高冷地農法・寒冷地農法に関する史資料をあつめはじめました。最初に集めた本の中に、吉川米治著『赤津の足あと』(1989年)がありますが、赤津村の歴史・伝承・民俗・自然・文化などを知るための基本文献です。 2013年4月1日に、東日本大震災・原発事故による放射能汚染が覚めやらぬその2年後に帰郷・帰農して、田・畑や庭の除染作業をして、ドイツ製のガイガーカウンタで、土壌・水・野菜などの放射能汚染度を測定し、安全をたしかめて、帰郷・帰農した年から、有機・無農薬で自給用のコメと野菜の栽培をはじめました。帰郷・帰農した直後から、有機・無農薬でコシヒカリ・はえぬき・ひめのもちを栽培・収穫でき、備中レンコンやソラマメなどの湖南の赤津村の農家が栽培できないという稲の品種や野菜を栽培・収穫することができるようになりました。 筆者と妻の農業は、<みようみまね>の農業では決してたどりつくことができない、<むかしながらの百姓暮らし>です。
2009年に妻のふるさとを知るために集めた古書・・・
妻の故郷・湖南に関する本・・・(DATE: 04/13/2009 22:51:58)
筆者、やがて定住することになる、妻の実家のある、東北福島の湖南町に関する<資料>です。インターネットの古書店で購入しました。
諏訪三郎著『家』(1942年)
諏訪三郎著『鬼怒十里』(1943年)
諏訪三郎著『大地の朝』(1943年)
橋本武著『猪苗代湖南民俗誌』(1969年)
東京女子大学郷土史調査団『湖南の民俗』(1970年)
橋本武著『猪苗代湖南民俗誌・続編』(1971年)
山口弥一郎著『民俗学の話』(1971年)
郡山市湖南町史談会編『湖南の史跡と文化財』(1978年)
吉川米治著『赤津の足あと』(1989年)
結城昭八著『心象童話・流れる雲と野と人の讃歌』(2004年)
初心忘るべからず・・・
妻のふるさと・湖南の赤津村に帰郷・帰農した年、2013年に、湖南町福良村出身の高校教師・結城昭八さんの『心象童話 流れる雲と野と人の賛歌』の言葉を拾って歌詞をつくり、鉄道唱歌の調べに載せて歌えるようにしました。その再掲・・・。妻のふるさとに抱いた最初のイメージを大切にしたいと思います。 吉田向学の『湖南賛歌』
ここはふるさと みずうみの 北に見えるは 磐梯山
雄々しき姿の 隣には
その名も優し 吾妻山
雪の下から 芽を出して
土手やあぜ道 フキノトウ
細かく刻んで 炒めては
味噌と砂糖で 味をつけ
かげろう燃ゆる 野に出でて
摘むも楽しき フキノトウ
ひとの人生の 短さに
よくにた味の ほろ苦さ
雪が溶けて 春になる
白い毛皮の 野うさぎは
春は栗色 衣替え
ひとめ目立たぬ つつましさ
春の淡雪 はかなくて
積もっては消える ねこやなぎ
頬をなでる 風さえも
肌のぬくもり あたたかや
苗代たねまく 時がきて
雪消す音は ガチャガチャと
シャベルの音が こだまする
そりで運ばれ 水の中
まいたたねもみ 芽を出して
一寸くらいに 突き出ると
うめやスモモの 花も咲き
ウグイス・フクロウ 鳴きはじめ
五月になれば 清流の
ながれの石の 上で鳴く
カジカの声は ほろほろと
谷地田に響く 美しさ
若葉しげれる 川上は
かっこう鳴いて こだまする
心にしみる その声は
孤独楽しむ 時となる
湖南の山の ほととぎす
テッペンカケタカ 鳴きわたる
姿見せねど そのつばさ
青さに染まる 美しさ
色鮮やかな かわせみは
翡翠の鳥と 申すなり
空と水とを 行き通い
漁りするのも おもしろや
空の青さを映し出す
田の面に泳ぐ みずすまし
波紋を乱す ゲンゴロウ
ミズカマキリやタイコウチ
イネの刈入れ 終えたれば
ワラを大きな 束にして
家のまわりに 押し当てて
雪の囲いも 習わしや
奥山もみじに 色づけば
夏蚕の桑の 枝を切り
ドウを編んで 川に挿し
やがてかかるは アメマスで
獲ったアメマス 串にさし
炉辺で焼いて ワラに挿す
冬のつれづれ 取り出して
父の肴と なりにけり
昔ほし草 とるために
のぼった山は ドンデン山
薄・サルトリ 気をつけて
愛でる花は 女郎花
しばし休んで 藪の中
見つけたあけび 山梨や
山のぶどうや えびつるや
房を探すも 楽しきや
野良の仕事を 終えたあと
茄子紺色した 山間の
夜の空には 果てしない
銀河の流れ 秋冴えて
渡りゆく鳥 身を休む
渡ってくる鳥 長旅の
疲れを癒す 山の木々
湖南の山の やさしさよ
雪が積もった次の日は
木の実探しが できなくて
ギャアギャア泣いてる カケスたち
杉の木の枝 蹴り上げる
田畑を通って 野うさぎは
月夜の晩に やってくる
足跡残る 雪の上
仲間と群れなし 連れなして
晴れた雪の日 雪合戦
積もった雪も なんのその
遊ぶすがたの こどもたち
学舎すべて 雪の中
積もる雪を かき分けて
さくらやならや ほうのきや
なたで切り出し つくるのは
父が自慢の スキー板
湖南の雪は いろいろに
こな雪わた雪 ぼたん雪
みぞれあられ ざらめ雪
かた雪ね雪 おもしろや
雪国湖南の 道々は
さいひを立てて 道しるべ
雪に隠れた 川や崖
落ちるを防ぐ 村の知恵
厳しき冬の あしたには
樹氷ができて キラキラと
朝日に輝く 美しさ
鳥の鳴き声 キビキビと
冬も遠のく 朝のこと
雪踏み俵で キュッキュッと
音立てながら 帰る道
杉の梢に リスを見る
茄子とトマトの 苗作る
温床つくりに 落ち葉かき
こぶしの花や まんさくや
カタクリの花 眺めつつ
昔の自然の 美しさ
忘れてならじと 四季の里
福良の古老が 語り継ぐ
湖南の明日に 栄えあれ
なにとなく懐かしい響きのある詩篇・・・
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