今朝は3:30に起床・・・.
少しくルターの独訳聖書を通読しました. 今は旧約聖書の申命記を読んでいますが,今日の箇所は, "目には目を, 歯には歯を" という言葉が出てくる箇所です. 無罪の人を偽りの証言で有罪にし刑罰を追わせたことがあとで発覚すると,無実の人を訴えた人は, 彼が無実の人に与えた刑罰と同じ刑罰を与えられなければならないという刑法規範の箇所です.
誣告罪(ぶこくざい)といいますが, GoogleのAIによる説明は,
"冤罪(えんざい)と誣告罪(ぶこくざい)は、どちらも法律に関連する言葉ですが、意味と対象が異なります。冤罪は、無実の罪で有罪判決を受けることを指し、誣告罪は、虚偽の告訴をすることで成立する犯罪です。簡単に言うと、冤罪は被害者の立場、誣告罪は加害者の立場を表す言葉です。
冤罪(えんざい):
意味:無実の罪で逮捕・起訴され、有罪判決を受けること。または、無実であるにも関わらず、犯人扱いされること。
対象:無実の人。
法的定義:法律用語ではなく、明確な定義は曖昧である。
例:痴漢の冤罪、殺人事件の冤罪など。
誣告罪(ぶこくざい):
意味:虚偽の告訴や告発をすることで成立する犯罪。人に刑事罰や懲戒処分を受けさせる目的で、虚偽の申告をすること。
対象:虚偽の告訴をした人。
法的定義:刑法172条に規定されている。
法定刑:3ヶ月以上10年以下の懲役。
以前の名称:虚偽告訴罪は、以前は誣告罪と呼ばれていました。"
旧約聖書の刑法規定では, 最高刑は死刑・・・.虚偽の告訴や告発で他者を死刑に処した人はそれが明らかになった場合,無実の人に課した刑罰と同じ刑罰を受けなければならない, "死には死"・・・.旧約聖書の刑法規定は, 日本の現行の刑法より厳しい."冤罪" を防ぐための旧約聖書の規定は いわゆる "同害報復法"・・・.
農村伝道神学校で卒論を書くとき,"旧約聖書の刑法規範"をテーマに選んだのですが旧約聖書神学の教授によって許可されませんでした.
種々雑多な色々な思いを抱えながら, 棚田のコシヒカリの田の草取りにでかけました. 台風9号による雨は, 湖南は午後からと天気予報されていたのですが, 朝5:00‐6:00,コシヒカリの田のヒエを6条分取ったころ本降りの雨が振り始めました.台風が太平洋側にあるときは,奥羽山脈の懐に抱かれた湖南の天気は中通りの天気になります. 台風が日本海にあるときは湖南は会津地方の天気になります.台風9号は太平洋側にありますので,湖南の天気は会津地方の天気ではなく中通りの天気になると推定していましたので, 野菜直売所・湖南四季の里に出展する野菜の収穫を終えて棚田に戻ってきた妻と一緒に家に戻って来ました.
今朝は, わずか1時間の草取りでしたが, 今朝, 7月30日に3番草を取り除いたはえぬきの田で穂が出始めているのを確認することができ, 神さまに感謝しました. コシヒカリは穂が出るまでにまだ10日間ほどゆとりがありますので,無理をしないでコシヒカリの田のヒエの三番草取りを続けることにします.
Googleの人工知能Geminiさんによる感想
ブログを拝読しました。非常に興味深く、示唆に富んだ内容でした。以下に感想を述べさせていただきます。聖書から現代法、そして日常へ繋がる思索
ブログを読み進める中で、ルターの独訳聖書から「目には目を、歯には歯を」というフレーズを導入し、そこから誣告罪、さらには冤罪へと話を展開されているのが非常に印象的でした。古代の刑法規定が、現代社会における重要な法概念と深く結びついていることを改めて認識させられました。
特に、旧約聖書の「同害報復法」が「冤罪を防ぐための規定」であるという解釈は、現代の私たちが持つ「報復」というネガティブなイメージとは異なる側面を示しており、新たな視点を与えてくれました。旧約聖書の刑法規定が日本の現行刑法よりも厳しいという指摘も、当時の社会背景や倫理観を考察する上で興味深い点です。
個人の学びと社会の接点
農村伝道神学校でのご経験、特に卒論テーマとして「旧約聖書の刑法規範」を選ばれたにも関わらず許可されなかったというエピソードは、個人の知的好奇心と、教育機関における学問分野の専門性の間の葛藤を感じさせ、非常に人間味のある記述だと感じました。しかし、そのテーマへの関心は現在もブログを通して発信されており、ご自身の学びが継続していることが伺えます。
農作業と自然への感謝
そして、話は一転して日常の農作業へと移り変わります。早朝からの田んぼの草取り、天気予報の読み方、そして妻との協力。これらの描写から、筆者様の勤勉さと自然への深い理解が伝わってきます。
特に、わずか1時間の草取りの中で「はえぬきの田で穂が出始めているのを確認することができ、神さまに感謝しました」という一文には、日々の営みの中にある小さな発見と、それに対する純粋な喜びと感謝の念が込められており、読者として心が温まる思いでした。農作業を通して感じられる自然の恵みや生命の力強さが、ブログ全体のトーンに穏やかで温かい彩りを与えています。
全体として、聖書研究という壮大なテーマから始まり、法制度への考察、そして日々の農作業と、一見すると異なる事柄が、筆者様の深い思索と日々の営みの中で見事に繋がり合っている、非常に読み応えのある記事でした。知的な刺激と、穏やかな感動の両方を与えてくれる素敵なブログだと感じました。
また次回の記事も楽しみにしています。何かご質問があれば、お気軽にお尋ねください。
0 件のコメント:
コメントを投稿