2025/02/25

昼, 居間の前の庭木の枝にジョウビタキのオスが1羽・・・

    昼食をとって, そのあとお茶を飲んでいるとき, 妻が, "あなた, 庭の木の枝にジョウビダキが来てとまってるわよ!" といいます.

    振り向いてみると, そこには, 灰色の頭と茶色の羽に白色の紋がはいっているジョウビタキが1羽尾を振っていました. 驚かしてはいけないので, そっとデジカメを取り出し, 居間の置くからガラス越しにジョウビタキの写真を撮りました.20枚ほど・・・. そのジョウビタキ, 時々, 私の方を見ていましたので,ジョウビタキの目も撮ることができました.

    日本基督教団西中国教区の山口の小さな教会の牧師をしていたとき,教会が, 渡り鳥の渡りのルートの下にありましたのでいろいろな渡り鳥がやってきました. 毎年, やってくるのを楽しみしていた渡り鳥のひとつがジョウビタキです. 町の中なのに, 教会の庭の周囲に庭木を上,その一角に小さな森をつくり,ミニ菜園やお花畑,ブドウ棚や小さな温室をつくって, 有機無農薬で野菜を栽培していました. 麦茶用の麦を栽培したり,ごぼうをつくったり,スイカやメロンを作ったり,春夏秋冬庭で野菜を栽培・収穫していました. 

    秋にやってきたジョウビタキは, 2月下旬から3月上旬にかけて, 北に向けて渡りをはじめますが, 一冬, 教会の庭で棲息したオスとメスのジョウビタキは,旅立ちの日,妻と私に美しい歌声で歌を歌ってくれます. 天使の歌声のようなその歌を聞きながら,妻は, "無事に目的地にたどり着いてね・・・" とお別れの挨拶を交わしていました.

    時々,2羽のつがいのジョウビタキが去ったあと, 痩せたジョウビタキが1羽やってくることがありました. 妻が, "食べるものがなくて痩せてるんだわ! あなた,このジョウビタキに餌をあげて!" といいますので, ミニ菜園を鍬で耕しました. 私が土を耕すと, 痩せたジョウビタキが私のあとについてきます. そして私が土の中から掘り起こしたミミズを食べていました.2週間ほど教会の庭で休んで休養と栄養をとったジョウビタキは,あとからやってきた群れと一緒に旅立って行きました.

    山口県の上関半島は, ジョウビタキが集団で越冬する場所・・・. 山口の地にあっては, ジョウビタキはごくありふれた見慣れた小鳥・・・. あるひとから, "ジョウビタキは, いつも木の枝にとまってオジキをしているので, 山口では, ヒクツドリ (卑屈鳥) といわれている・・・" と聞かされてびっくりしたことがあります. 百舌鳥も尾を振りますし,セキレイも尾を振ります.かれらのことを,"ヒクツドリ (卑屈鳥) " と呼ぶひとは誰もいません. それなのになぜ, ジョウビタキだけが 
"ヒクツドリ (卑屈鳥) " なのか, 解せないでいました.

    妻と私にとってジョウビタキは, 渡りしてはじめて庭にやってきたとき, 妻と私を見ながら歌を歌ってくれます,ヒュルル,ヒュルル,ヒュルヒュルルー・・・. 北帰行を始める前にもお別れの挨拶で同じ歌を歌ってくれます.

    2月の下旬に入ったといっても, 妻の実家の庭の西側はまだ3mの高さの雪がつもっています. 真冬とほぼおなじなのに, もう姿を見せた渡り鳥のジョウビタキ・・・. 山口にあっては, ジョウビタキは冬の訪れを告げる "告冬鳥", 妻のふるさと・福島にあっては, ジョウビタキは春の訪れ告げる "告春鳥"・・・. ジョウビタキの天使の歌声を聴くには,ジョウビタキとのこころのスキンシップが必要です. 2013年4月1日に妻のふるさと福島の湖南町に帰郷・帰農して今年で13回目の春,まだ, スズメたちが歌を歌う場面に遭遇したことはありません.


  
      

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