今朝5:00に起床・・・.
ルターの独訳聖書を通読しました. 今日から,旧約聖書のサムエル記下にはいりました.サムエル記下もサムエル記上同様,激変期の時代のできごとが記されているのですね.まるで,映画のシーンをみているような場面が次から次へと出て来ます.
独和辞典をひもときながら,ルターの独訳聖書を読んでいますので, なかなか,途中でやめることができません. 次はどうなるのか,話しはどう展開していくのか,気になって, ついつい朝の聖書通読が3時間に及んでしまいました..
口語訳聖書や文語訳聖書, SRVやNSRVなどの英訳聖書を何度も通読してサムエル記の内容をよく知っているにも関わらず, ルターの独訳聖書を読話辞典をひきながら,ひとことひとこと確認しながら読んでいますと, これまであまり関心をもたなかった聖書のことばに関心をもつようになります.
イスラエルの初代の王・サウルの側近のひとりが,サウロの側妻と不倫関係に陥ったことをサウロの息子から非難されたその側近が,"イスラエルの国を守るために戦ってきた私を,たかがひとりの女と寝たことを非難してくるなんて!" と不満を騙る場面など, 現代の日本の政治家にも通底しているようなところがあります. 政治・行政の担当者だけでなく, 教育者などのセクハラについても,テレビのニュース画面やインターネットの画面で報道されない日はありません.
今日のサムエル記下には,ダビデが6人の妻をもち,6人の息子を持ったことが記されていますが, ダビデはさらに, サウルによって許婚として与えられたサウロの娘を取り戻すために,すでに結婚していいるその娘の婚姻を無効化させたりします. 権力者に, 自分の妻を強奪されたその夫の絶望した姿には心痛を覚えます.
聖書を読むとき, どのような視点・視角・視座で読めばいいのでしょうか? サウロやダビデのような権力者の立場から読んで,現代を生きている政治家や行政官が自分の行動を弁明するときの根拠にする,そんなことが許されていいものでしょうか? 現代は,男女共同参画社会・・・, その負の面を晒すごとく, 妻子ある部下を寝取る女性の市長・・・.
私のものの見方・考え方に大きく影響をあたえた哲学者に,法哲学のラートブルフがいます. その "法学入門" に最初に記された言葉は,聖書のことばです.
"わたしはまた,日の下におこなわれるすべてのしえたげを見た.見よ.しえたげられる者の涙を. 彼らを慰める者はない. しえたげられる者の手には権力がある. しかし彼らを慰める者はいない."(伝道の書4章1節以下)
ダビデの6人の妻たちは,ダビデによって "しえたげられる者" ではなく, 自らすすんでダビデの妻になった・・・, サムエル記下の言葉からそう判断せざるを得ないのですが,ダビデは,6人の妻を妻として愛したようで,誰も側妻にして差別することはなかったようです. そんなダビデの生き方を誤解して, 都合のいいように,自己の利益や権益をまもるために悪用することは,聖書の神のみことばに従うことにはなりません.
"聖戦" に関する解釈についても同じことが言えます. 権力者はしばしば聖書のことばに対する自分の解釈を正当化,その悪しき政治を正当化しようとします. 彼らの上に,ほんとうの,真の権力者である主なる神の存在を忘却したり,否定したりして・・・. 人間の歴史は,歴史の主である聖書の神のみてのなかにあることを忘れて・・・.
2025/11/18
朝5:00-8:00 ルターの独訳聖書を読む・・・
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